Clinical implication of changes in respiratory instability following transcatheter aortic valve replacement
概要
【背景と⽬的】
⼼不全患者において⼼不全の悪化により呼吸安定性が変化することが知られている。⼼不全患者に⾒られる⾮周期的な不規則な呼吸変動やチェーンストークス呼吸に代表される規則的な呼吸変動を定量化する呼吸安定時間(Respiratory Stability Time: RST)が H.Asanoi らにより提唱された。夜間就寝中に測定された呼吸曲線に周波数解析を⾏い、呼吸に含まれるすべての周波数成分を抽出し、0.1〜0.5Hz の呼吸成分のピーク値の 10%以上のパワーを持つ周波数成分と、50%以上のパワーをもつ 0.008~0.039Hz の超低周波成分の周波数帯域のばらつきを標準偏差で定量し、その逆数を RST と定義している。RST は周波数の逆数であるため時間(Sec)という単位をもち、同じ呼吸パターンが繰り返される時間に相当する。鬱⾎兆候を⽰す慢性⼼不全患者の病態を鋭敏に反映するサロゲートマーカーとなることが報告されている。
⼀⽅ AS 患者においても呼吸様式の変動が頻繁に⽣じていることが知られているが、それが治療後予後に与える影響については明確ではない。近年⼤動脈弁狭窄症(Aortic Stenosis: AS)に対する治療法として経カテーテル⼤動脈弁置換術(Transcatheter Aortic Valve Replacement: TAVR)が確⽴された。本研究では AS 患者における呼吸不安定性を RST により定量化し、 TAVR による呼吸安定性への影響を評価した。また RST の予後予測因⼦としての有⽤性を評価した。
【対象と⽅法】
2017 年 4 ⽉から 2020 年 5 ⽉に TAVR を施⾏した重症⼤動脈弁狭窄症患者を対象とした。重症⼤動脈弁狭窄症は最⼤⾎流速度(maximum velocity: Vmax)≧4.0m/sec、平均圧較差(mean pressure gradient: mPG)≧40mmHg、弁⼝⾯積≦1.0cm2 と定義した。TAVR は本邦で承認のあるバルーン拡張型⽣体弁(Sapien XT および Sapien 3, Edwards Lifesciences 社)および⾃⼰拡張型⽣体弁(Corevalve および Evolut R, Medtronic 社)により⾏い、TAVR の適応および術式・⽣体弁の選択はハートチームにより検討し決定した。TAVR の 2 ⽇前及び 7 ⽇後に睡眠ポリグラフ検査(Polysomnography: PSG)を実施し呼吸圧曲線を得た。PSG は夜間就寝中 23:00-5:00に呼吸監視装置(Morpheus R, Teijin 社)により⾏い、得られた呼吸曲線へ周波数解析を実施し RST を算出した。術前⼊院時の⾎⾏動態検査および TAVR 施⾏前 1 週間以内の⾎液検査と⼼エコー検査をベースラインの患者特性とし、また退院後の⼼不全再⼊院の有無を追跡した。
【結果】
対象期間に TAVR ⾏い術前後で RST を測定したのは 71 ⼈であり、年齢の中央値 86 歳で 35%が男性であった。⼤動脈弁の Vmax は 4.41[3.99, 4.77]m/s、mPG は 46[36, 55]mmHg であった。術前の RST の中央値は 34[26, 37]sec で、⾎漿脳性ナトリウム利尿ペプチド(brain natriuretic peptide: BNP)(p <0.001)と左室駆出分画(left ventricular ejection fraction: LVEF)(p = 0.011)、⼼係数(p = 0.012)と相関していた。TAVR により Vmax、mPG は改善された(p<0.01)。術後の RST は中央値 36[33, 38]へ有意に改善した(p<0.001)。71 例中 37 例が術前 RST33sec以上であり、37 例中 36 例が術後も⾼い値を維持し、術前 RST が 33sec より低値であった 34 例中 17 例が術後 RST33sec 以上に改善した。退院後 2 年間の観察期間において 5 回の⼼不全再⼊院があり、Receiver operating characteristics(ROC)分析による感度 0.77、特異度 0.60で⼼不全再⼊院を予測する術後 RST のカットオフ値は 33sec であった。術後の RST 33sec により 2 年間の⼼不全再⼊院の累積発⽣率は有意に層別化された(low-RST 群 21%、high-RST群 8%, p=0.039)。術後 RST <33 の⼼不全再⼊院のハザード⽐は 5.47(p= 0.065, 95%信頼区間 0.90-33.2)であった。
【考察】
これまで AS 症例における呼吸様式の異常の機序を詳細に説明する研究は無いが、 AS 患者においても⼼不全患者と類似した病態が想定される。⼼不全患者において、⼼拍出量の低下と交感神経活動の亢進は CO2 化学受容器感受性を亢進させ Cheyne-Stokes 呼吸に代表される周期性呼吸を誘発する。⼀⽅、肺鬱⾎すなわち中⼼体液量の増加は換気⾯積を減らし、浅く速い呼吸を惹起する。また同時に、肺⽑細管圧の上昇や間質浮腫が肺の伸展受容器を刺激し反射性に⾮周期的な不安定呼吸を引き起こすと考えられている。本研究においても術前の RST は BNP や EF、CI といった⼼拍出量と中⼼体液量を⽰す指標との相関を認めた。 TAVR により交感神経の過活動が改善されることが知られている。TAVR により RST が増加、すなわち呼吸不安定性の改善を認めたが、これは AS の解除による交感神経活動亢進の改善と TAVR による過剰体液の是正に寄与すると考えられる。
TAVR により AS が解除されたのにも関わらず低いままの RST は、⼼不全再⼊院と関連があった。呼吸不安定性が AS だけではなく、左室収縮予備能の低下や他の併存疾患にも起因している場合は TAVR による AS の解除だけでは呼吸不安定性は改善しないと考えられる。そういった症例では術後も⼼不全⼊院を繰り返すことが予測され、TAVR 後も厳重な管理を要し呼吸不安定性への介⼊が課題となる。
【結論】
呼吸安定性を定量的に評価する指標である RST は、AS 症例における⼼不全の病態を反映していた。TAVR による AS の解除により呼吸の不安定性が改善し、RST の増加を認めた。しかしながら TAVR 後も RST が低いまま、すなわち呼吸不安定性が改善されなかった場合は⼼不全の再発と関連していた。