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大学・研究所にある論文を検索できる 「量子コンピュータの歴史と現状そして未来(特集量子情報)」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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書き出し

量子コンピュータの歴史と現状そして未来(特集量子情報)

髙柳 英明 Takayanagi Hideaki 東京理科大学

2020.04

概要

特集

量子情報

量子コンピュータの歴史と現状
そして未来
髙柳 英明

東京理科大学 研究推進機構 総合研究院 教授 

 量子力学における量子重ね合わせや量子も

 我々が日常使うネットでの買い物や銀行と

つれといった基本原理を基にした量子コンピ

のデータ通信,さらには企業間通信などには

ュータ研究は近年ますます盛んになっていま

必ず暗号が使われていますが,それらはすべ

す。読者の皆さんもたびたび,新聞雑誌やテ

て RAS 公開鍵暗号方式に基づいています。

レビ報道などで,目にする機会があると思い

RAS 暗号とは,大きな桁数の合成数の素因

ます。ここでは量子コンピュータの動作原理

数分解が極めて困難であることを安全性の根

には触れることなく,その歴史や研究開発の

拠とした暗号方式のことです。ですから,上

現状,そして考えられる未来像についてお話

述のように量子コンピュータが実現される

ししたいと思います。動作原理の一端は,本

と,すべての暗号があっという間に解かれて

特集の蔡兆申氏の超伝導量子ビットの解説記

しまい,現在のインターネット社会に大きな

事にありますので,参照してください。

衝撃を与えることになります。このような強

量子コンピュータのショートストーリー

 量子計算の可能性に最初に言及したのは,

い否定的な意味合いから,量子コンピュータ
が大きな注目を浴びるようになりました。実
は,量子コンピュータに対する現代インター

量子電磁力学で著名な R. ファイマンです。

ネット社会の脆 弱 性を避ける手段として,

1982 年のことです。実はファイマンは来日

量子力学の原理に基づいた量子暗号方式があ

した折にもこの可逆計算器について講演して

りますが,ここではこれ以上量子暗号には触

いて,話題になりました。しかし,当時はご

れないで,別の機会に譲ることにします。

く一部のいわばマニアックな人たちに注目さ

 量子コンピュータの動作単位となる素子の

れただけでした。この状況を劇的に破ったの

ことを,従来のビットになぞらえて,量子ビ

が,AT&T の研究者だった P. ショーが提案

ットと呼びます。この量子ビット動作が初め

し た 素 因 数 分 解 ア ル ゴ リ ズ ム で す(1994

て確認されたのは,1998 年になってからで

年)
。彼は,もし量子コンピュータが存在す

す。IBM の I. チ ャ ン が,分 子 系 を 用 い た

れば,例えば 200 桁の整数の素因数分解を瞬

NMR(核磁気共鳴)量子コンピュータ動作を

く間に実行してしまうことを示したのです。

成 功 さ せ た の で す。こ れ に 続 い て,当 時

ある簡単な仮定のもとでは,現在我々が使用

NEC にいた中村泰信氏と蔡氏が,1999 年に,

しているコンピュータでは数十億年かかる計

超伝導体を用いた固体量子ビットの動作に成

算になりますが,これが量子コンピュータだ

功しました。

と,たった数分で求まってしまいます。この

 筆者も今も鮮明に記憶していますが,この

こと自体が大変刺激的ですが,実はもっと大

固体量子ビットの動作確認は,たとえ 1 量子

きな問題が背景に横たわっています。

ビットとはいえ,将来の量子コンピュータ実

8

理大 科学フォーラム 2020(4)

特集
現に向けての大きな第一歩として,学界にセ

tems 社のマシンが活躍することが期待され

ンセーショナルな旋風を巻き起こしました。

ているわけです。

1999 年という,正に 20 世紀と 21 世紀の境

 D-Wave Systems 社のマシンは初期型か

界での出来事というのも,何か象徴めいたも

らさらに発展して,D-Wave 2X というマシ

のを感じます。20 世紀が量子力学が生まれ

ンでは,何と 1000 量子ビットから構成され

た世紀とすれば,21 世紀はこの量子力学を

るまでになっています。このマシンで使われ

真に応用するいわば量子工学の世紀と言える

る量子ビットは,超伝導磁束量子ビットと呼

のではないでしょうか。

ばれる,中村氏らが開発した超伝導量子ビッ

現在の量子コンピュータ研究

 現在の量子コンピュータ研究が活況を呈す
る契機となったのは,カナダの D-Wave Systems 社が 2011 年にいきなり超伝導アニーリ
ングマシンを販売開始したことでした。研究
開発というより,いきなりの商用化でしたか
ら,この発表も世間の度肝を抜きました。た
だよく調べてみると,それは汎用量子コンピ
ュータではなくて,最適化問題を解くのに適
した,量子アニーリングという手法を用いた
やや特殊な量子コンピュータでした。量子ア

トと基本的に同じものです。この D-Wave
Systems 社 の マ シ ン に 刺 激 を 受 け て,
Google や Northlop Grumann 社などが開発
競争に参入し,日本でも産業技術総合研究所
を中心に大きな研究プロジェクトが動き始め
ています。
 ところで,今まで述べてきた量子ビット
は,ほとんどが超伝導を用いたものでした。
そして後述するように,現在もこれからも超
伝導素子が量子ビットの最右翼であることは
ほぼ間違いないでしょう。それは将来の実用
化された量子コンピュータは,100 万量子ビ

ニーリングというのは,多数の量子ビットを

ットもの多数のビットから構成されるはず

制御して,同時に複数の状態を取る量子ビッ

で,そうなると集積性,操作性という観点か

トが,自分から最もエネルギーの低い状態に

ら,超伝導素子が最も適していると考えられ

達する現象を利用した手法のことで,1998

るからです。

年に西森秀稔氏と門脇正史氏が考案・提唱し

 しかし,超伝導量子ビットにも問題点があ

ました。

ります。それは量子重ね合わせ状態の寿命,

 この D-Wave Systems 社の超伝導アニー

つまりコヒーレンス時間がまだまだ短いとい

リングマシンに対しては,その動作が本当に

う点です。量子ビットの研究の初期から,超

量子状態を使っているかという疑問が提示さ

伝導以外の物理システム,例えば,光とかイ

れ ま し た が,そ れ と は 裏 腹 に Google や

オン,冷却原子,半導体といったものが研究

NASA などで採用され,最適化問題への応

されてきました。そして現在では,それぞれ

用が試されるなど,世界中で注目されるよう

のシステムが量子ビット動作をしており,超

になりました。近年の工業や IT 産業では,

伝導量子ビットにない特性を活かした量子ビ

例えば,ある商品や生産物を決めるのに,あ

ット回路が提案されています。超伝導量子ビ

まりにも選択肢が多すぎて,もはや人間が最

ットが最右翼とは言っても,まだまだ最終候

適な解を求めるのは不可能になりつつありま

補に残ったわけではなくて,しばらくは他の

す。例えば,航空機の運航を司るプログラム

量子ビット研究も継続されると思われます。

のバグ探しや,スマホの低消費電力化のため

 D-Wave Systems 社のアニーリングマシン

の最適アルゴリズム設計などです。このよう

が牽引役となって量子コンピュータ開発を引

な最適化問題の解決に,この D-Wave Sys-

っ張っていますが,前述のように,このマシ

理大 科学フォーラム 2020(4)

9

カの企業群が一歩抜
きんでていますが,

量子版ムーアの法則
(集積度)

量子ビット数/チップ

1000000

これにアメリカ政府

実用化

超伝導量子プロセッサ

誤り耐性
万能量子コンピュータ

も後押しする形で,
国として国家量子イ

10000
Google

100

1
1990

NEC
1996

NEC
2002

IBM
Google

2009 2015


ニシアチブ法の下,

NISQ

IBM
2022

2019 年 よ り 5 年 間

Noisy Intermediate
Scale 量子コンピュータ

Intel

で,約 1,400 億 円 の
研究費の投入を決め

2028

2035

ています。対するヨ
ーロッパは,EU と

2035 年頃に 100 万量子ビット??2050 年頃に 1 億量子ビット?? 多くの技術課題

図 量子版ムーアの法則 産業技術総合研究所 川畑史郎氏の提供

して 2018 年より 10
年間で約 1,200 億円
の研究費を投資しま

ンは最適化問題には向いていますが,いわゆ

す。最 も 恐 るべ き は 中 国で,現 在,約 1 兆

る汎用量子コンピュータではありません。汎

1,600 億円をかけて「量子情報科学国家実験

用タイプとしては,アニーリングに対して,

室」を建設中で,2020 年完成予定です。国

ゲートタイプマシンと呼ばれる量子コンピュ

家実験室では,量子コンピュータだけでな

ータがあります。このタイプの研究も量子ビ

く,衛星通信を用いた量子暗号など広く量子

ット研究の初期から行われており,現在最も

情報技術の開発が行われる予定です。この国

活況を呈しているのが,IBM, Google, Intel

家実験室が動き出すと,中国はアメリカの研

などのアメリカ勢です。これらの企業では,

究開発力を抜いて,やがては世界一になるの

数十超伝導量子ビットの集積に成功していま

ではないでしょうか。そこで日本ですが,前

す。

述のように量子コンピュータ研究の初期段階

 先ごろ Google が量子超越性を達成したと

では,世界トップクラスの成果を出してきま

いう大きなニュースがありました。これは

した。しかしその後の研究開発では,アメリ

53 の超伝導量子ビットを用いて,スーパー

カ,EU,中国に比べて,ヒト・カネのリソ

コンピュータで 1 万年かかる計算をわずか

ースで後れをとり,ややもすると周回遅れの

200 秒で達成したというものです。しかしこ

状況にあります。そこで国としても,数十億

れには IBM が反論していて,スパコンの計

円をかける Q-LEAP(Quantum Leap,光・量

算時間の見積もりが間違っていて,実際は

子飛躍フラッグシッププログラム)を立ち上

2.5 日に過ぎないとしています。しかしそれ
でも量子コンピュータの優位性を示したこと
には変わりなく,この結果は日本を含めた各

げ,2020 年度から立ち上がるムーンショッ
ト型研究開発制度で,5 年で約 100 億円を投
資する計画です。我々としてはこれらの国家

国の政府,研究機関,研究者にゲートタイプ

プロジェクトに期待したいところですが,研

の量子コンピュータの開発研究の重要性を改

究者数,研究費ともに一桁見劣りする状況に

めて認識させる結果となりました。

一抹の不安を覚えます。

量子コンピュータ研究のこれから

 量子コンピュータ研究では,確かにアメリ
10

 では,これら各国のプロジェクトでは,量
子コンピュータに対してどのような将来見通
しを持っているのでしょうか。図は,量子版
理大 科学フォーラム 2020(4)

特集
ムーアの法則とでも呼ぶべきものです。これ

冗長性を持たせるために,必要とする量子

によると,現在の量子ビットの集積度がその

ビット数は巨大になり,現在のアイデアをそ

まま進行すると,2035 年頃には 100 万量子

のまま踏襲すると,1 億量子ビットにもなっ

ビットの量子コンピュータが実現できること

てしまうと言われています。

になります。ムーンショットプロジェクトで

 量子ビット数を減らしても誤り耐性のある

も,2035 年頃に小・中規模で雑音を含む量

量子回路の研究はまだこれからで,2050 年

子コンピュータの実現を,2050 年までに誤

ころの真の実用化を目指した研究にはまだ多

り耐性型量子コンピュータを予想していま

くの越えなければならない山があります。

す。したがって,本当に実用性のある量子コ

 以上述べたように,量子コンピュータの研

ンピュータの実現はまだだいぶ先のようです

究開発は世界中で活性化しています。我が国

が,少なくとも 2035 年頃までには,その実

でも状況は同じですが,日本には少ない研究

現可能性がはっきりすると考えられます。

費という問題とともに,より深刻な問題があ

 ここで,雑音を含む量子コンピュータと

ります。それは量子情報の研究者が少ないと

か,誤り耐性型という言葉が出てきたので,

いう問題です。特に,これからの研究を担う

量子コンピュータにおける誤りについて,少

若手研究者不足は深刻で,この特集を読まれ

しお話しします。

た若い読者の中から,多くの量子情報研究者

 従来の古典的半導体回路と同じように,量

が生まれることを願ってやみません。

子ビット回路にもエラー(誤り)が発生しま

 理科大もこのような世界の趨勢に遅れを取

す。これは外部雑音によって,量子ビットの

るわけにはいきません。そこで 2020 年 4 月

量子重ね合わせ状態(俗に言う猫状態)が壊

に,総合研究院にナノ量子情報研究部門を新

れてしまうためであり,デコヒーレンス現象

たに立ち上げます。構成員としては,本特集

と呼ばれます。外部雑音を極力減らす雑音フ

号に寄稿している先生方に加えて,東京大

ィルターの開発などを通して,コヒーレンス

学,NEC,NTT,理化学研究所,情報通信

状態の寿命は長くなりつつありますが,量子

研究機構の先鋭的研究者の方々に参加してい

力学における観測問題とも絡んで,デコヒー

ただきます。この研究部門の主要テーマの一

レンス現象そのものは,根本的な解決は不可

つが量子コンピュータですが,これに限らず

能と考えられます。

ナノテクノロジー技術を活かした,量子物

 そこで図にもありますように,まずは多少

理,量子情報研究も展開する予定です。本研

雑音が存在しても量子コンピュータとして動

究部門が日本の研究拠点の一つとなれるよ

作し,結果の出せる NISQ(雑音を含む中規

う,構成員一同頑張りますので,読者の方々

模量子コンピュータ) の実用化が,2030 年こ

のご支援の程よろしくお願いいたします。

ろまでに実行されようとしています。
 しかし,本当に実用化という意味で量子コ
ンピュータと呼ばれるシステムは,このよう
な誤りに対する耐性を持ったシステムと考え
られます。誤りがあってもきちんと動作する
量子回路の提案はいくつかありますが,いず
れも冗長性を持たせることによって,誤り耐
性を持たせようというアイデアです。ただま
だアイデア止まりで,実験はこれからです。 ...

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