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大学・研究所にある論文を検索できる 「Studies on historical biogeography of the Japanese avifauna and the evolutionary history of avian migration [an abstract of entire text]」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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Studies on historical biogeography of the Japanese avifauna and the evolutionary history of avian migration [an abstract of entire text]

青木, 大輔 北海道大学

2022.03.24

概要

現在の生物多様性は進化の過程によって生じたため、その理解には進化生物学的研究が重要である。進化生物学では、生物多様性の進化に果たした自然選択の役割が長きにわたり研究されてきた。一方、集団ごとに経験した歴史が進化的帰結に影響する過程、「歴史的偶然性」が生物多様性にもたらした影響は見過ごされてきた。進化の道筋は自然選択と歴史的偶然性の相互作用によって決まるため、歴史的偶然性の考慮は生物多様性の理解において必要不可欠である。

渡りは遠く離れた2地域を往復する生態形質であり、チョウからクジラまで多種多様な生物が渡りを獲得した。現在地球上には多様な地域を結ぶ渡り経路が無数に広がっている。多様な渡り経路の進化的背景の理解にも、特定の地域を通過するに至った自然選択と歴史的偶然性の役割を考慮する必要がある。生物進化と地理の歴史的関係を調べる歴史生物地理学がこれに有効である。生物地理学のモデルである島嶼の生物は、過去に大陸や本土から移住した生物の子孫であり、移住前後の歴史を復元するのに適している。そこで本研究の目的は、多種の渡り鳥を有する日本列島において、鳥類の生物地理学的研究によって歴史的シナリオを構築し、それに基づき、多様な渡り経路の進化に歴史的偶然性が果たした役割を明らかにすることである。

はじめに、カケスを対象に系統地理学的研究を行なった。非渡り性である本種の日本列島での進化史は、鳥類の基盤的な歴史的シナリオの構築を可能にする。環日本海地域の網羅的な 73 サンプルを用いたミトコンドリア DNA による系統解析の結果、哺乳類など非飛翔性の陸生動物と同じく、日本―大陸間に形成された陸橋に依存して移住した歴史を明らかにした。240 万年前の朝鮮半島から本州・九州への移住、十数万年前以降のサハリンから北海道への移住が明らかになった。一方、移住後の海峡形成は島集団を隔離させ、独自の進化的動態をもたらしたことが推察された。

次に、本州本土の集団から分岐したと考えられる佐渡島のカケス(サドカケス)において、島集団の隔離中に生じた自然選択における適応進化を検証した。ミトコンドリア DNA による系統学的解析の結果、本土からカケスが佐渡島に移住したのは陸橋が二つの島を繋いでいた 30 万年前であることが明らかになった。さらに、形態学的解析をこれに統合した結果、サドカケスは大きな体・嘴に特徴づけられることが明らかになり、島環境での自然選択の結果であることが示唆された。この適応形質は 2 万年前以降に生じた本土からのカケスの再移住以後も維持されたことが明らかになった。このことから、移住後の隔離が適応進化を駆動したことが推察された。

移住と隔離の歴史が進化に作用した過程を、長距離移動が可能な渡り性の鳥類でも調べるため、アカモズとモズを用いて研究を行なった。

アカモズの系統地理学的研究においては、ミトコンドリア DNA および核 DNA の系統解析の結果、陸橋は形成されなかったが東シナ海が縮小した年代に、長距離分散によって中国から日本へ移住したことが示され、氷期中の分布域推定と過去の分布を遡りうる渡り経路追跡結果によってもこれが支持された。東シナ海の拡大後に成立した日本列島のアカモズの独自性は、大陸集団との遺伝的交流にもかかわらず維持されてきたことも系統解析から推察された。

モズの集団遺伝学的研究では、過去 60 年以内に日本列島本土から離島(大東諸島・父島・喜界島)に移住した島集団と本土集団、486 個体を対象にしたマイクロサテライト 15 遺伝子座による集団遺伝解析を行なった。移住後 30 年以内に集団が絶滅してしまった父島では、集団定着以後に本土からの個体の移住が途絶えた結果、遺伝的多様性が低下したことを明らかにした。一方、60年近く長期存続している南大東島は現在まで定期的な移住が生じていることも明らかにした。さらに形態学的解析の結果、有害な形態的変化は南大東島より父島の方が大きい可能性が示唆された。また、翼の短い南大東島のモズに、本土から移住した翼の長い個体との交雑によって長い翼の個体が一定数存在することも分かった。これらの結果、移住が生じやすい地域ほど島集団は定着しやすい一方、隔離が大きい集団は形態の進化的変化が維持されやすいことが推察された。

これらの研究結果は、日本の鳥類は移住可能性の高い地域や年代に島に移住し、その後の地理的な隔離が島集団の進化を駆動した可能性を示唆した。この歴史的プロセスが多くの鳥類で共通しているかどうかを調べるため、日本の陸生鳥種 161 種網羅的な比較生物地理学的研究を行なった。全種においてデータベースに登録されたミトコンドリア DNA の配列を取得し、これらの種が大陸の近縁種から種分化した年代の動態を調べた。その結果、大陸と日本列島が接近していた氷期に多くの鳥種が日本へ移住し、間氷期の隔離が種分化を促したことを明らかにした。

以上より、日本列島の鳥類の歴史は氷期中の移住とその後の島内進化の2つに分けられることが判明した。つまり、日本に集団が形成された過程の歴史と、移住後の適応進化の2要因が渡り経路の進化に与えた影響を検証することで、渡り経路の進化における歴史的偶然性の相対的重要性を調べられる。日本の鳥種の歴史のうち、種ごとに異なる移住元の地理的分布に着目し、この地域に制約を受けた適応進化(歴史的偶然性あり)と、制約のない適応進化(歴史的偶然性なし)を想定した。風向きと餌資源をもとに二つの進化シナリオに基づく渡り経路をシミュレーションし、ノビタキとアカモズ(各長野・北海道の集団)計32 個体の渡り経路との類似性を調べ、歴史的偶然性の重要性を評価した。その結果、全種・集団において、秋の渡りは移住元への制約が大きく予測された一方、春の渡りは移住元への制約は秋よりも小さく予測された。自然選択による適応に拮抗した歴史的偶然性の進化への影響が明らかになった。

本研究は、日本列島の島嶼性を活かし、鳥類の歴史的進化シナリオを一から構築することで、鳥類の渡り経路の進化の新たな側面を見出すことに成功した。これまで、鳥類ではその分散能力の高さゆえ、大陸では過去から現在にかけての分布の歴史や、それに伴った進化を詳細に復元できなかった。本研究では日本列島が周期的に大陸と接近・乖離を繰り返したことを利用し、移住が生じた年代や移住元となった地域などの歴史、さらにその後生じた進化的変化を再現できた。このように歴史性が強い移住過程と、自然選択による適応進化過程を時空間的に分離できた日本列島は、進化にもたらした歴史的偶然性と自然選択の相対的影響を紐解くのに適したモデルシステムであるといえる。これ基づいて明らかにできた渡り経路の進化における歴史的偶然性の役割は、「渡り経路は柔軟に環境適応する」という主流の見解を問い直す重要な発見となった。

本学位論文にまとめられた一連の研究は、これまで見過ごされてきた東アジア、とくに日本列島の地史的・進化的特異性に着目することで実現できた。欧米で進められてきた生物地理学的研究に基づく生物の歴史や進化のシナリオが現在の世界普遍的な考え方となっている。しかし、地球は多様な地理環境から構成される。そのため、普遍的な生物多様性やその進化の理解には、多様な地域の特性に根ざした研究によって従来の理論を再検討し、更新していくことが重要である。渡り鳥の多様性が世界一高い、一方でその進化・多様性研究が進んでいない東アジア、そして日本列島を舞台に、渡りの多様性研究の新たな展開が生まれることを切に願っている。