ICST 法により誘発された細胞質流動によるマウスMII 卵のミトコンドリア再分布および初期発生能の検討
概要
(目的)
近年、生殖補助医療 (assisted reproductive technology; ART) は急速に普及している。しかしながら、ART を行っても生児を得られないことも少なくはなく、ART の成績向上は患者および携わる医療者の願いである。ART における生児獲得率は年齢の上昇に伴い低下する。生殖年齢後半の女性における妊孕性低下は、主に卵子の質の低下 (卵子の老化) に起因するが、卵子の質に対する明確な評価法はまだない。
私たちの研究室では、卵子のミトコンドリアの三次元分布が妊孕性維持に重要であることを明らかにし報告した。また、妊孕性の低下した卵子に対する紡錘体移植の研究を行う過程で、ミトコンドリアが細胞質内で動く現象が観察され、卵子の細胞質流動はミトコンドリアの分布と関連する可能性があると考えられた。
そこで本研究ではマウスをモデルとして卵子の細胞質流動に着目し、MII 卵における細胞質流動がミトコンドリアの分布および卵子の初期発生能に与える影響を明らかにすることを目的とした。
(方法)
B6D2F1 マウスに過排卵処置を行い、MII 卵を採卵した。細胞質流動をミトコンドリアの動態として観察するため、MitoTracker® Green FM にて蛍光染色した。
ICST (intracytoplasmic spindle translocation) 法による細胞質流動の誘発
細胞質流動を誘発し観察するため、MII 卵の紡錘体を卵子細胞質内でマイクロインジェクションピペットにて対極へ移動させる、ICST 法を構築した。ICST 法を行ったMII 卵を37.0 ℃、5 % CO2下で 5 時間にわたって撮影し、誘発された細胞質流動をミトコンドリアの動態として観察した。
実験 1
新鮮 MII 卵 (採卵後 1.5 時間) と 1-day-old 卵 (採卵後 24 時間) において、ICST 法を行い、ミトコンドリア動態を観察した。新鮮 MII 卵は細胞質流動が誘発された群 (A 群) と誘発されなかった群 (B 群) に分類し、A 群、B 群、1-day-old 卵におけるミトコンドリアの分布を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
実験 2
A 群とB 群、1-day-old 卵の初期発生能を単為発生で比較した。ICST 法を行った 6.5 時間後から、SrCl2 を含む活性化溶液にて活性化し、拡張胚盤胞および脱出胚盤胞に達したものを初期発生能良好と判定した。
実験3
新鮮MII 卵にてICST 法を行い、アクチン重合阻害剤であるcytochalasin B (CB)を含む培養液中で、ミトコンドリア動態を観察した。対照として、新鮮MII 卵においてICST 法を行い、CB を含まない培養液中で同時に観察した。実験2と同様に、単為発生にてCB 存在下と非存在下のMII 卵における初期発生能を比較した。
(結果)
実験 1
新鮮 MII 卵の 84.0 % (299/356) で細胞質流動は誘発された。一方、1-day-old 卵では細胞質流動は誘発されなかった。ミトコンドリアの分布は、細胞質流動が誘発された新鮮 MII 卵 (A 群) では、紡錘体を中心に細胞質全体へ均一に広がる正常の分布を示したが、細胞質流動が誘発されなかった MII 卵 (B 群)、1-day-old 卵では不均一に凝集する異常分布を示した。
実験 2
A 群、B 群、1-day-old 卵における発生能を単為発生で比較した。A 群では、40.5 % (121/299)が拡張胚盤胞に到達した。一方、B 群では拡張胚盤胞に到達したのは 15.8 % (9/57) で、初期発生能は低下していた (p<0.01)。1-day-old 卵は単為発生で 2 細胞期にも至らなかった。
実験 3
CB の存在下で培養したMII 卵では細胞質流動は誘発されなかった。ミトコンドリアは粗大な顆粒状に凝集し、異常分布を呈した。単為発生では 19.3 % (36/187) が拡張胚盤胞に達したが、CB 非存在下にて培養した対照の MII 卵 (40.9 % (52/127)) と比較し初期発生能は不良であった (p<0.01) 。
(考察)
今回構築したICST 法では、紡錘体を移動させて細胞質内の細胞骨格を一度壊し、再構築を促すことで細胞質流動を誘発している。細胞質流動が誘発されなかった新鮮 MII 卵、1-day-old 卵、CBを作用させた MII 卵においてミトコンドリアは異常分布を示した。細胞質流動はミトコンドリアの分布を正常に配置させるために必要なものと考えられる。
続いて、誘発された細胞質流動の有無による単為発生後の初期発生能を比較したところ、新鮮 MII 卵であっても、細胞質流動が誘発されなかったものでは初期発生能が低いことが示された。また、CB 存在下で培養した MII 卵でも初期発生能は低下した。このように ICST 法により細胞質流動が誘発されない MII 卵では、新鮮卵であってもミトコンドリアの分布異常をきたし、その結果初期発生能が低下したものと推測される。
(結論)
本研究ではマウス MII 卵 における細胞質流動とミトコンドリアの分布および卵子の発生性との関連を ICST 法により誘発された細胞質流動を通して明らかにした。細胞質流動はミトコンドリアの分布を本来の位置に配置させる役割を担い、妊孕性の維持に必要なものと考えられる。今後、細胞質流動を制御する機構を解明することで、細胞質流動の障害に起因する不妊症の治療につながることが期待される。