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大学・研究所にある論文を検索できる 「工学応用に向けた環境中宇宙線ミュオンのエネルギースペクトル計測システム」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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工学応用に向けた環境中宇宙線ミュオンのエネルギースペクトル計測システム

佐藤, 光流 SATO, Hikaru サトウ, ヒカル 九州大学

2022.09.22

概要

近年、低エネルギーミュオンが重要な役割を担う、ミュオグラフィ分野や半導体ソフトエラー率評価などの素粒子工学分野の発展がめざましい。ミュオグラフィ技術には透過法と散乱法の2つの手法があるが、前者では数mから数kmを超えるほど大型な対象(火山やピラミッドなど)に吸収される低エネルギーミュオンの割合から内部構造や密度分布を非破壊で測定する。後者は測定対象入射前後のミュオン飛跡から対象によるミュオン散乱角を求め、大きく散乱される場合は対象に原子番号の大きい核物質などが秘匿されていると判断する技術だが、低いエネルギーのミュオンほど散乱角が大きく、高感度化において重要な存在となっている。また、半導体ソフトエラーは、素子の有感領域に環境中の放射線によって大きな電荷が付与された時に発生するが、宇宙線ミュオンによるソフトエラーの特徴として、高エネルギーミュオンはデバイスに付与する電荷が小さくソフトエラーを引き起こすのに必用な臨界電荷量を上回ることは少ない一方で、低エネルギーミュオンはその飛跡の末端部に直接電離や捕獲反応過程で生じた高エネルギー重荷電粒子によって大きな電荷が付与されることがあるということがあげられる。このように、ミュオグラフィ技術やソフトエラーの発生率はともに環境中に存在する低エネルギーのミュオンに影響されている。

しかしながら、過去のエネルギースペクトルの実測例については1GeV以上の領域で豊富に実測データが存在することとは対照的に、低エネルギー領域についてはほとんど計測されていこなかった。この原因は1999年にKremerらがPhysical Review Lettersで指摘しているように、従来計測に用いられてきた鉄磁石を用いた磁気スペクトロメータでは磁石内の飛跡からミュオンのエネルギーを求めているが、1GeV以下の領域では鉄による散乱の影響が現れ始め、正確な飛跡を得ることが困難になり計測ができないことが主要因であった。同論文で、彼らは散乱の影響をおさえるため、超電導磁気スペクトロメータを用いることで、大気中に高い磁束密度をかけ、計測可能なエネルギーの下限値を166MeVまで下げることに成功している。この下限値は、電荷がミュオンとおなじ電子や陽電子の磁気スペクトロメータ内の飛跡がオーバーラップしてしまい、両者を弁別できなくなるエネルギーで決まっている。同報告では、さらに地磁気の異なる2地点の計測を比較して、800MeV以下の領域は地磁気依存性が強く表れることも示唆している。しかしながら、超電導磁気スペクトロメータのような大型装置では地磁気のような、場所に依存する物理現象を系統的に調べることは不可能であった。

本研究ではこの問題を解決するため、以下を目的としている。
1.宇宙線ミュオン以外の荷電粒子の存在する場所において、宇宙線ミュオンを計測し、他の荷電粒子との弁別を可能で、様々な場所で計測を行うことができるよう可搬性がある検出器を開発する。
2.既往研究の計測可能な下限値をソフトエラー率の推定に使用可能な数十MeV領域まで下げること。
3.さらに検出器の信頼性確認のため、既存データの多く存在する300MeV以上まで計測可能な上限値を広げること。
4.既往研究の精度を超える15%以内の精度でミュオンスペクトルを決定し、既存の宇宙線スペクトル推定モデルによる結果と比較が可能な性能をもつこと。

第1章では、最先端技術である宇宙線ミュオグラフィや最新デバイスのソフトエラー率評価などに占める低エネルギーミュオン重要性について述べ、既往研究でそのエネルギースペクトルについて計測下限を応用上重要なエネルギー領域まで下げることが難しい理由について、環境中の宇宙線電子・陽電子(電子成分)の妨害が主要因であることを述べている。

第2章では、まずこれらの問題を解決するために開発した新たな検出器Full Absorption Muon Energy Spectrometer (FAMES)の体系および特徴について詳細に述べている。開発されたFAMESは3つのプラスチックシンチレータから成っており、主検出器は19cm×19cm×20cmの大きさのCenter検出器で、その上部に20cm×20cm×1cmのTop検出器を配置し、この2つの検出器のコインシデンス条件下において各々の信号強度を比較することで、ランダムに生じるノイズを除去しながら、ミュオンによるイベントを宇宙線電子成分によるものと識別できる設計となっている。さらに、Center検出器の下部に60cm×60cm×2cmのBottom検出器を配置し、Center検出器内部に一部しかエネルギーを付与せず検出器体系外に逃げるミュオンを捉えるようにしている。このイベントを除外することで、Center検出器に全ての運動エネルギーを吸収させて静止する「全エネルギー吸収イベント」を正確に弁別することが出来るようになっている(Normal mode)。さらに、最大20cmの厚みの鉛デグレーダを配置出来るようにしており、これを用いたDegrading modeによって最高で400MeVのミュオンまで効率的に全エネルギー吸収イベントを得られるように設計されている。

第3章は、データの解析手法についてまとめている。まず、Normal modeでは、計測下限値を下げるために計測データに混在するミュオンと宇宙線電子成分の弁別に「ΔE-E法」を用いることを述べている。これは、粒子の運動エネルギーと電荷が同じでも、その質量の違いによって阻止能が異なることを利用した粒子識別法である。この手法で識別されたミュオンイベントは、検出器配置の幾何学条件と運動エネルギーのみで一意に決まる検出効率の補正によって、フラックスの絶対値を得ることができる。Degrading mode計測では、鉛デグレーダによるランダムなクーロン散乱の影響で全エネルギー吸収イベントの付与エネルギーからミュオンの運動エネルギーを一意に求めることができない。また運動エネルギーが求められないことから、付与エネルギーから検出効率を推し測ることもできない。そこで、Center検出器への全エネルギー吸収イベントの付与エネルギーの分布から入射エネルギーの分布を推定するUnfolding法による解析が必要となる。Unfolding法では、単一エネルギーのミュオン1粒子あたりがCenter検出器に付与するエネルギーの分布を様々な入射エネルギーで求めたもの(応答関数)をもとに、実験で得られた付与エネルギー分布から入射エネルギースペクトルを推定する方法である。FAMESでは推定スペクトルのスムージングにより、最小二乗法に基づいた解スペクトルを安定的に推定可能なFORISTコードを用いており、その応答関数の導出方法及び、ユーザーパラメータの決定手法について定量的に述べている。

第4章では、FAMESを用いた計測の具体的な条件について述べている。計測は東経130.5度、北緯33.5度、海抜39mに位置する九州大学筑紫キャンパスの5階建てコンクリート建屋で実施した。5階にて環境中の低エネルギーミュオンスペクトルの測定を実施した。計測期間は各々約2週間である。

第5章では、まず5階での計測結果を示し、宇宙線ミュオンスペクトル測定のエネルギー下限値をソフトエラー率の評価で重要となる20MeVまで下げられていることを示し、得られた結果の不確かさについても評価している。不確かさは9%以内であり、目標としていた精度を上回る結果となった。得られたスペクトルは400MeV以上の既往研究の結果となめらかに繋がっており、その系統性が一致していることを示している。さらに、実測結果を宇宙線スペクトルの推定に用いられるPARMAモデルのスペクトルと比較することで、モデルの精度について検証を行っている。その結果、45MeV以上の領域ではPARMAモデルの実験再現性が高いことが示された一方で、ソフトエラー率の評価に重要なエネルギー範囲である20~45MeV領域では実験結果を不確かさの範囲を超えて過少評価していることがわかった。ソフトエラー率の評価においてPARMAモデルを用いた場合、実際にはより多くのエラーが生じてしまう危険性があることを世界で初めて指摘することができた。

第6章では、実際にデバイスがおかれる環境を模擬した建屋内でのミュオンスペクトルの測定を行った。まず、理論モデルPARMAを用いて5階建ての建屋の1階でのミュオンスペクトルを導出した。その結果、屋外でのスペクトルに対して低エネルギー側にシフトし、1階では低エネルギー領域では屋外の強度を上回ることが示された。これを確かめるため、5階建ての建屋の1階にて低エネルギーミュオンの測定を行った。その結果、PARMAと同様に低エネルギー領域ではその強度が屋外のそれよりも高いことがわかった。

第7章では、本研究を総括するとともに、結論と今後の展望について述べている。これらの結果についてNormal modeについては参考文献1-3,DegradingModeについては参考文献1にまとめられている。

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