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大学・研究所にある論文を検索できる 「赤外吸収スペクトルの理論解析手法の開発とタンパク質の静的・動的構造解析への応用」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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赤外吸収スペクトルの理論解析手法の開発とタンパク質の静的・動的構造解析への応用

宮田 大輔 東北大学

2021.03.25

概要

【序】
赤外吸収分光法は生命科学・材料科学の発展を支えてきた歴史ある測定方法である。固体、液体、線維など様々な状態で分子構造を測定することができ、また、pH、温度、圧力などの様々な外部摂動下でも実験ができる汎用性に優れた手法である。静的な分子構造だけではなく、動的な分子構造変化の追跡も行うことができる。しかし、得られる構造情報が NMR やX 線結晶構造解析、クライオ電子顕微鏡と比べて少なく、赤外吸収分光法から更なる構造情報が得られれば、非常に有用な構造解析手法になることは間違いない。そこで本研究では、非経験的分子軌道計算 (ab initio Molecular Orbital (MO)) または情報科学的手法の一つである二次元相関分光法を用いて、赤外吸収分光法から更なる分子情報を取り出す新しい解析方法を提案することを目的とした。Ab initio MO との組み合わせでは、ペプチドの二面角を決定できることを提案し 1,2、二次元相関分光法との組み合わせでは、大量の赤外吸収スペクトルの時間変化のデータから、各波数の時間変化の順番を一度に決定できることを提案した 3。

【1】
非経験的分子軌道計算を用いた二面角の決定赤外吸収を用いたタンパク質の構造決定では、アミド結合に由来する amide I バンドのピーク位置から二次構造が決定される。これは amide I バンドのピーク位置が、残基間での相互作用によって決定され、その相互作用の大きさが二つの残基間の配向に依存するためである。本研究では、ポリペプチドの連続した二残基に同位体を導入し、二残基のみの相互作用を amide I バンドの分裂として抽出することでアミド平面の成す角度である二面角 (, ) が得られることを示す。二残基を同位体置換したペプチドの赤外吸収スペクトルを測定し、ab initio MO 計算の一つである密度汎関数法によって得られたペプチド間の相互作用の大きさと、古典的な振動解析手法であるGF 行列法を組み合わせ、二面角を決定した。本研究ではモデルペプチドとしてポリプロリン六量体の二面角の決定を行った。同位体置換した二残基の赤外吸収スペクトルでは、二残基間の相互作用によって、amide I バンドが分裂する。この分裂の波数差と強度比は 15 cm-1、0.5 となった。得られた実測値を計算値に代入し、二面角の二次元プロットにおいて波数差と強度比が 15 と 0.5 である線の交点が二面角となる。本手法を用い、(− 11,, − 19°,) の二面角が得られた(図図 1. ポリプロリン二面角の二次元プロット。波線は波数差が 15 cm-1、実線は強度比が 0.5 の線を示す。星が本手法、三角が X 線結晶構造解析から得られた二面角を示す。1)。X 線結晶構造解析におけるポリプロリンの二面角は (− 93,, 151,) であった (Proteins2003, 50, 439)。は実測と良い一致を示しており、本手法が二面角の決定に有効であることが示された。しかし、は X 線結晶構造解析の結果とのずれが生じている。ポリプロリンのは揺らぎによる不確定性が大きいことが報告されており、溶液中と結晶中の二面角の違いであると考えている。

【2】
二次元相関分光法を用いた全波数順番決定法 1二次元相関分光法は、赤外吸収スペクトルの時間変化において、各赤外吸収バンドの時間変化の相関を概観できる統計解析手法であり、pH や温度等の外部刺激下でのタンパク質の動的構造変化の解析に用いられてきた。二次元相関の解析では、同時相関スペクトルと異時相関スペクトルの二つの二次元スペクトルが得られ、相関の僅かな違いから赤外吸収バンドの重なりを分離することができる(図 2)。さらに同時相関と異時相関の正負から二点の波数間での時間変化の順番が決定できる(野田の法則)。しかし、全ての波数域での時間変化の順番決定は、二点の順番を全て組み合わせる作業となり、実際はかなり困難である。そこで GPA(Global Phase Angle) と呼ばれる新たなパラメータを導入し、全波数での変化の順番を自動的に決定する手法を考案した。GPA は時間変化スペクトルにおいて、スペクトルのある一点を多次元空間上の点とし、同時相関と異時相関から構成される二次元平面に、二点を射影した時に生じる角度である。GPA の正負の符号は変化の順番に対応し、波数軸の点𝐼を基準とした時の、波数軸の点𝐽の GPA の値が正の場合、変化の順番は𝐼→𝐽になる。反対に GPA の値が負の場合、変化の順番は𝐽→𝐼になる。そこである基準となる点に対して GPA を計算し、その角度の符号に基づいて点を挿入する操作を連続して全ての図 2. タンパク質リゾチームの二次元相関解析の例。重水素交換に伴うリゾチームの赤外吸収スペクトルの時間変化について、同時相関(左)、異時相関(右)スペクトルを示す。二次元相関解析から、スペクトル内の各バンドが、重水素交換に伴い同時に変化するのか、またどの順番で変化するのか(どの順番で重水素交換されるのか)等が分かる。図 3. 変化の順番が B→A→C→E→D である Gauss 関数の時間変化シミュレーションスペクトル。点に行うことで、時間変化スペクトルの全波数域での変化の順番決定を行った。初めに Gauss 関数様に時間変化し、五つのピークの変化の順番が B→A→C→E→D である、3° 点の波数を持つシミュレーションスペクトルについて、順番決定を行った(図 3)。信号部分を取り出すために、順番決定は波数の分散の大きい順に行った。最初の 3 点を挿入する例を示す。まず分散が最も大きい波数[14]を選ぶ。次に分散の大きい波数 26 を基準とし、波数 14 に対する GPA の符号を計算する。GPA の符号について[+]が得られたため波数26 は波数 14 より遅いことになり、順番は[14 26]になる。同様に次に分散が大きい波数 1 を挿入する。波数 1 を基準とした波数 14、波数 26 の GPA の符号は[+]と[−]になる。そのため、波数 1 は波数 14 と波数 26 の間となり、順番は[14 1 26]になる。以降の手順は省略するが、上述の操作を全ての点に対してプログラムで実行することで、自動で全ての波数の時間変化の順番が決定できる。シミュレーションスペクトルの 3° 点について、得られた順番は[14(B) 13 15 12 16 11 19 10 ° 1(A) 9 6 5 4 3 2 1 11 1° 20(C) 21 22 3° 31 39 36 35 34 33 32(E) 31 3023 2° 24 21 25 29 26(D)] となり、五つのピークに対して順番が B→A→C→E→D であることから本手法が正しく機能することが確認された。さらに、本手法をリゾチームの H-D 交換時間分解赤外吸収スペクトルに応用し、1300~1950 cm-1 の 235 点の全点について時間変化の順番を決定した。特に帰属が明確である 12 点のピークに対して、得られた時間変化の順番を示す。減少傾向について1601 (CN3H5+vibrationof Arg) → 1616 (Amide I, β-turn) → 1560 (Amide II, α-helix) → 1513 (COO–of several amino acids)= 154° (Amide II) = 1514 (Ring vibration of Tyr)) → 1545 (Amide II, β-sheet) が得られた。また増加傾向について、1651 (Amide I’) → 1331 (Ring vibration of Trp) = 1454 (Amide II’) → 1404(COO–of several amino acids) = 1630 (Amide I’)) が得られた。減少傾向の順番に関して、β-turn→ α-helix → β-sheet の二次構造存性が見られた。これは二次構造ごとに H-D 交換の速度が異なることを示している。

【3】
二次元相関分光法を用いた全波数順番決定法 2結果 2 の手法は、理論的には厳密であるものの煩雑であり、得られた結果の解釈が容易ではない欠点があった。そこで全く新規のパラメータである「個数」と呼ばれる概念を二次元相関分光法に導入し、その個数を用いて全波数の時間変化の順番を決定する、新たな順番決定法を開発した。個数決定法では、野田の法則より得られる二点間の順番を行列形式で表記した順番行列を作成する。図 3 は五点 A、B、C、D、E について、順番が B→A→C→E→Dである順番行列を示す。行と列に対して、列の方が早ければ1、行の方が早い、または行と列が同じ速度の場合 0 とする。この作業は「時間変化の早さ」の情報だけを抽出したことに相当する。次に列の和を取ることで、時間変化の早さを示す 図 4. 個数決定法での順番行列。行列を作成した。この行列は順番行列における各列の 1 の数に対応するため個数行列と呼ぶ。図 3 の個数行列は、A、B、C、D、E について、[3 4 2 0 1]となり、B (4)→A (3)→C (2)→E (1)→D (0)と個数から順番が決定できることが分かる。個数の大きさは時間変化の順番の早さに対応するため、波数軸に対して個数をプロットした図(個数プロット)から全ての波数領域での時間変化の順番を決定し、またその変化を俯瞰できる。リゾチームの H-D 交換における時間分解赤外吸収スペクトル(図 4 (a) )を、個数プロット(図 4 (b) )を用いて解析した結果を示す。235 点の全ての点について、個数を用いて順番を決定できた。12 点のピークの順番については、GPA を用いた順番決定法による結果を再現し、個数決定法が順番決定に有用であることが示された。さらに個数プロットでは一次微分形や傾きが増大する点など、特徴的な形が複数存在した。これらはピークシフトや増減の重なりに対応し、個数決定法は時間変化の順番だけではなく、時間変化の様々な特徴を抽出できることが示された。

【結論と展望】
本研究では、赤外吸収スペクトルから更なる構造情報を得るために、ab initio MO 計算や統計解析を用いた新しい方法論を開発した。提案した手法を生体分子の構造を理解するための新しいツールとして深化させていきたい。例えば二面角決定法の応用例の一つとして、神経変性疾患関連タンパク質の凝集過程のリアルタイム観測がある。Amyloid-β は溶液中ではrandom 構造であるが、膜中で α-helix を取り、その後 β-sheet 構造を経て凝集体を形成することが報告されており、本手法を用いることで、凝集メカニズムを二面角レベルで解析できる。順番決定法は生細胞のラマンイメージングの時間変化解析に応用できる可能性がある。例えば、アポトーシスによる細胞内のダイナミクスについて、その成分の時間変化の順番を各場所について網羅的に解析することが考えられる。

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