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大学・研究所にある論文を検索できる 「心臓組織マクロファージの機械的ストレス応答機構の解析」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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心臓組織マクロファージの機械的ストレス応答機構の解析

松田, 淳 東京大学 DOI:10.15083/0002002418

2021.10.13

概要

【背景】
 1997年以降、心疾患は本邦における死因順位第2位を占めており、1996年の138, 229人(人口10万人対110.8人)から2016年には198, 006人(人口10万人対158.4人)へと現在でも死亡者数は増加、死亡率は上昇傾向にある。2016年の死因病名簡単分類では、そのうち73, 545人(人口10万人対58.8人)を心不全が占めており、急性心筋梗塞とその他の虚血性心疾患を合わせた数(70, 460人、人口10万人対56.3人)を押さえて最多となっている。
 心不全の発症リスク、あるいは死亡や再入院のリスクは数多く報告されているが、その中に加齢や高血圧も挙げられる。加齢と心不全の関連は単独の因子では説明できないものと思われるが、一因子として通算心拍数が挙げられることがある。高血圧との関連も含め、心不全においては心臓への直接的・物理的なストレスが発症や増悪に関与しているのではないかと考えられる。

 従来、これらの心疾患ならびに心不全に関する細胞生物学的/分子生物学的な研究の多くは心筋細胞や血管内皮細胞を主な解析対象としてきたが、近年になって非心筋細胞も一定の機能を果たすことが分かってきており、その中でも重要な役割を果たす細胞として心臓組織マクロファージがしばしば挙げられる。当研究室ではこの心臓組織マクロファージのストレス応答機構に着目し、横行大動脈結紮(Transverse aortic constriction: TAC)マウスにおいて心臓組織マクロファージによって上皮成長因子受容体(Epidermal growth factor receptor: EGFR)のリガンドの一つであるAmphiregulin(AREG: AR)が分泌されることが心筋の代償性肥大に必須であることを既報で示している。Amphiregulinが純粋な圧負荷モデルであるTACによって分泌されることから、心臓組織マクロファージの機械的刺激に対する応答機構を解析することを考えた。

【実験方法・結果】
 まず、マクロファージの機械的刺激応答の評価系を作成した。シリコンエラストマー製のチャンバーを親水処理し、コラーゲンとファイブロネクチンでコーティングしたうえで、BALB/cマウスのマクロファージに準ずるcelllineとして知られるRAW264.7細胞を撒き、翌日から37℃, 5%CO2で110%stretch、60回/分のcyclic stretchを24時間行ってnegative controlの細胞とのmRNA発現の相違を定量的リアルタイムPCR法で評価すると、cyclic stretchを行った細胞ではAregのmRNAの転写が有意に亢進していた。
 次いで、一般に機械的刺激受容体として知られている陽イオンチャネルを広く阻害する塩化ガドリニウム(III)、ヘミチャネルを阻害する物質A、アクチン線維の重合を阻害するcytochalasin D、微小管の重合を阻害するcolchicineなどの薬剤を負荷して同様の実験を行った。塩化ガドリニウムはcyclic stretchに伴うAregのmRNAの転写量の変化に有意な影響を与えなかったが、物質A, cytochalasin D, colchicineはいずれもbaseline, stretch後双方でAregのmRNAの転写が有意に増大していた。

 文献的考察から、A.機械的刺激受容分子であり、B.物質A感受性を持ち、C.組織マクロファージでの発現が報告されており、D.マクロファージ様細胞においてアクチンと微小管双方と共役して発現しており、E.過剰発現やノックアウトにおける心臓の表現型変化が報告されているがこれまでの報告では評価が一定していない、分子Xがここまでの実験結果を説明しうる分子として挙がり、マクロファージの機械的刺激応答機構における分子Xの役割を解析していくこととした。

 RAW264.7細胞にelectroporation法で遺伝子Xに対するsiRNAを導入し、同遺伝子をノックダウンすると、AregのmRNAの転写は有意に抑制された。さらに、cyclic stretchを行った場合のAregのmRNAの転写も有意に抑制されていた。
 Cre-loxp系を用いて骨髄球由来細胞特異的に遺伝子Xをノックアウトしたマウス、Xflox/flox; LysMCreを作成し、同マウスから作成した骨髄由来マクロファージのDNAを採取すると、78.1%の切断効率が確認された。このマウスはXの全身ノックアウトマウスで報告されているような離乳前の大量死や生存例の低体重といった表現型は示さなかったが、Vevo2100を用いた心エコー検査では、8週齢時点でlittermate controlに比して左室内腔の有意な拡大が観察された。
 分子Xは単球・マクロファージの運動能に関与するという報告があるため、心筋組織に心臓組織マクロファージが到達していない可能性も考えられ、C57BL/6JマウスとXflox/flox; LysMCreマウスそれぞれの心臓から採取した細胞をフローサイトメトリーで解析したが、心臓組織マクロファージの数については有意な差は確認されなかった。一方で、この際同時に採取した心臓組織から抽出したRNAからは、Atp2a2, Nppa, Nppb, Mef2a, Gata4, Nkx2-5などの、一般に心不全時に発現が亢進するとされるmRNAの転写の増大が確認された。

【考察】
 まず、マクロファージの機械的刺激応答を、一般的に知られる機械的刺激受容体のインヒビターを用いて探索したが、これらのインヒビターはRAW264.7におけるcyclic stretch後のAregの発現上昇を抑制できず、むしろ亢進させるものが主であった。
 一方で、GdCl3や物質Aは単一分子に対するインヒビターとは言いがたいため、これらの実験結果を統一的に解釈しうる分子がないか入念に文献的考察を行った。マクロファージの機械的刺激に対する応答はアクチン線維、微小管の双方と協働することが実験結果から示唆されたため、マクロファージにおける両者の協働する場についての既報を検証していくと、機械的刺激を受容するオルガネラBについての報告が散見された。このオルガネラに発現することが報告されている分子Xは、機械的刺激受容機能を持ち、物質Aによって作用が増強することが報告されていた。GdCl3がRAW264.7細胞のstretch reactionに影響していないように見える点のみが合わなかったが、それ以外の点では当初の実験結果を比較的説明しやすい分子と思われた。
 本分子が心臓組織マクロファージでも機械的刺激を受容し、圧負荷などの病的ストレスが生じた際にAmphiregulinの分泌を介して心保護的作用を示すのではないか、という仮説のもとに骨髄球由来細胞特異的Xノックアウトマウスを作成し、TACなどの圧負荷ストレスをかけることを企図していたが、実際には負荷前の定常状態の時点で心拡大と心不全関連遺伝子の発現亢進が観察された。Xがマクロファージの運動能にも関与することから、当初は心臓組織マクロファージの絶対量が減少することによりこのような表現型を呈する可能性も考えられたが、フローサイトメトリーで解析すると心臓組織マクロファージの数自体はC57BL/6Jマウスと変わりなく、この現象は心臓組織マクロファージの質的変化に由来するものと思われた。

 A. このメカニズムが心臓組織マクロファージにおいても発現しているのか、B. Xの活性化はいかなる経路でAregを発現させるのか、C. 平時における心臓組織マクロファージの恒常性維持を担っているのはストレス負荷時と同様にAmphiregulinなのか、それとも別個の経路が存在するのか、D. XcKOマウスは経時的に観察することで心不全を発症するのか、E. 心臓組織マクロファージに介入することで臨床的な心不全、あるいは前心不全を予防・改善する方策は存在しうるのか、といった点については依然として未解明であり、今後さらなる実験を行っていく予定である。