ポリアミド薄膜複合ポリフッ化ビニリデン中空糸型正浸透膜の開発とその事業化戦略
概要
本論文は、ポリフッ化ビニリデン( PVDF) 多孔質中空糸膜を支持層としたポリアミド薄膜複合正浸透( FO) 膜の研究とその事業化戦略について纏めた。FO膜の性能を向上させるために、新たなPVDF中空糸膜を開発し、高いFO膜性能を実現した。また、FO膜を用いた事業戦略を検討した結果、FO膜製造からプラントまで一貫したバリューチェーンを構築し、排水ゼロ化(ZLD)市場に挑戦すれば商機があることが明らかになった。以下、各章の詳細を要約した。
■第一章
世界的な人口増加を背景に、深刻な水不足が懸念されており、水問題の解決は、世界的な共通課題の1つとなっている。
水の解決技術の 1 つとして、 逆浸透( RO ) 膜が利用されてきた。 しかし、 RO 膜の技術変遷、造水コストの推移を調査した結果、持続的なイノベーションによる造水コストの低減は、収束を始めていることが明らかになった。一方。ポンプ加圧を駆動力とするRO膜に対して、自然の浸透圧差を駆動力とするFO膜は、イノベーションを起こしえる新たな水処理技術として注目されているが、純水透過流束が低いという技術課題があることを明らかにした。
そこで、FO膜の技術変遷を調査し、FO膜の高性能化には、内部濃度分極抑制が可能な支持層に、ポリアミドを界面重合したポリアミド薄膜複合法が最も可能性が高いことを示した。
■第二章
本章では、PVDFを含む高分子多孔質膜の技術で、最も一般的使用されている高分子添加剤であるポリエチレングルコール(PEG)とポリビニルピロリドン(PVP)の熱誘起相分離(TIPS)過程における機能について、PVDF/ε-カプロラクトン/高分子添加剤のシステムを対象に研究した。
添加剤であるPEGとPVPの添加量を変更した場合で、下限臨界溶液温度( LCST)、上限臨海溶解温度( UCST)、結晶化温度( れ) を測定し、TIPS過程における相平衡図を作成した。その結果、PEGは、一相状態の領域を狭め、結晶化温度を高める効果があり、S-L型相分離を誘起することがわかった。一方で、PVPは、一相状態の領域を狭めるが、結晶化温度を下げる効果があることがわかり、L-L型相分離を誘起することがわかった。また、実際にキャスト膜を作製した場合、高分子添加剤によって、キャスト膜の表面構造が変化することも確認できた。
本研究では、高分子添加剤であるPEGとPVPの機能を明らかにし、高分子添加剤の選択によって、PVDFの相構造を制御できることを明らかにした。
■第三章
本章では、ポリビニルアルコール(PVA) diffusion法というPVDF中空糸膜を親水化する方法を研究した。この方法は、PVAを中空糸の芯側から外表面側に拡散させることで、PVDF中空糸膜全体を親水化することができる。この方法を使用して、PVA親水化PVDF中空糸膜と、PVA親水化ポリサルホン(PSF)中空糸膜を作製した。本研究では、これらの中空糸膜支持層に、ポリアミドを界面重合し、ポリアミド薄膜複合中空糸膜とし、支持層の構造と親水性がR0およびFO性能に与える影響について評価した。
親水化PVDF膜と親水化していないPVDF膜を支持層とした場合について、RO 性能と FO 性能を評価した結果、RO 性能では、親水化した支持層を用いた方が、塩除去性能が髙いことが明らかになった。FO性能では、親水化の有無によって、大きな性能差は観測されなかった。しかし、中空糸膜を乾燥してからF0性能を測定すると、親水化した支持層を用いたFO膜は、湿潤状態同等並みの性能を示したが、親水化していない支持層を用いたF0膜は、大幅に性能が低下することを明らかにした。これらの結果より、PVA diffusion!こよる親水化によって、湿潤状態、乾燥状態のいずれの状態でも同等並みのFO性能が得られることを明らかにした。
■第四章
HTR-NIPS法という新たなPVDF中空糸膜の製膜技術を研究した0HTR-NIPS法を用いて、共連続相構造を有するPVDF膜支持層を得るための条件を調査した結果、①原液はゲル化温度を持たない。②原液のUCSTよりも高い凝固浴温度で製造しなければならない。ということが明らかになった。これらの条件を満たす原液として、PVDF/γ-ブチロラクトン/PVPの原液を使用して、非常に大きな共連続構造を有するPVDF膜の製作に成功した。このPVDF膜の純水透過性能と強度は、過去のPVDF膜の報告と比べても高い水準であった。
このPVDF膜を支持層として、ポリアミド活性層を界面重合し、F0膜の製作を行った。
AL-FS条件にて、FO性能測定を行った結果、純水透過流束んは、支持層が薄膜化するほど増加する傾向を示した。また、構造パラメータSから推定される曲路率背が低いほど、Λが上昇する傾向が確認できた。これらの結果から、PVDF膜の共連続構造がFO膜性能向上の重要な因子であることを明らかにした。
■第五章
ZLD市場におけるFOB莫を用いたZLDシステムの事業化について研究を行った。
内部環境分析の結果、バリューチェーンの一貫性を高める戦略が効果的であることが明らかになった。また。FO膜の価格を下げることができれば、FO膜を用いたZLDシステムに経済合理性があることがわかった。外部環境分析の結果、ZLD市場では、非常に高い水処理コストにより経済合理性がないにも関わらず、政治的な規制強化を背景に導入が進んでいることがわかり、ZLD水処理コストの削減が望まれていることがわかった。しかし、ZLDの技術は、FO膜以外にも代替技術が多く、魅力的ではないことも明らかになったが、 FO膜によってZLD水処理コストを下げることができれば、業界構造が変わる可能性があることが示唆された。
FO膜によるZLDシステムで、社会に価値提供するには、ZLD水処理コストを削減することが重要である。そこで、想定価格をシミュレートした結果、RO膜並みの製造規模にできれば、FO膜モジュールのコストを半分以下に抑えることがで、ZLD水処理コストを低減でき、ZLD市場にて競争力を獲得できることを明らかにした。
FO膜を商品化して競争力を獲得していくには、ZLDシステムまで含めたバリューチェーンの拡大が重要である。そのためには、FO膜メーカーとプラントメーカーがビジネスパートナーとして、例えば、共同出資による合弁会社を設立するなどのビジネスモデルを構築すれば、競争挺位の獲得に役立っことを明らかにした。