Studies on utilization of tetraploid wheat (Triticum turgidum L.) as genetic resources and improvement of breeding efficiency by novel techniques for detecting nucleotide polymorphisms
概要
コムギ(Triticum spp.)は世界の三大作物の一つであり、その育種においては更なる収量増加とともに安定生産が求められる。その際、開花期の遺伝的な最適化は収量および品質の安定化に資することから、開花期に関する多様な遺伝子素材を同定することは極めて重要である。この点において、広く栽培されているフツウコムギ(T. aestivum L.)の祖先である四倍体コムギ(T. turgidum L.)は遺伝的に多様性が認められ、未利用の遺伝資源を含む重要な研究対象である。そこで、本研究では、四倍体コムギに潜在する未知の開花関連遺伝子を同定するとともに、遺伝子同定や系統育成の効率化を可能とする次世代シーケンサー(NGS)を用いた新規のゲノム配列解析技術を開発し、その実用性の実証研究を行うことを目的とした。
四倍体のエンマーコムギ系統TN26(T. turgidum L. ssp. dicoccum)は、Ppd-A1座に晩生アレルを保有するにもかかわらず同座に早生アレルを保有する四倍体コムギ系統TN28(T. turgidum L. ssp. durum)より早く出穂することから、自然日長条件下でPpd-A1の効果を上回る早生遺伝子を保有することが示唆された。第1章では、TN26が保有するPpd-A1の早生化作用を超える遺伝子の同定、機能の解析および分布の調査を目的とした。TN26およびTN28の交雑集団を用いた出穂期に関するQTL解析の結果、TN26はシロイヌナズナのFLOWERING LOCUS TのオルソログであるVRN-A3の早生アレルを保有し、そのプロモーター領域に挿入多型が存在することを明らかにした。さらに、遺伝子発現解析の結果、短日条件においてVRN-A3の発現量にVRN-A3のアレル間で有意差が認められることを明らかにした。また、栽培種、野生種を含む多様なコムギ系統を供試しVRN-A3のアレルの分布の調査を行った結果、早生化作用の確認できたVRN-A3アレルであるVrn-A3a-h1およびVrn-A3a-h2は、インドおよびエチオピアのエンマーコムギに主に分布し、主要な栽培種であるパンコムギおよびマカロニコムギには分布していないことを明らかにした。これらの結果から、VRN-A3早生アレルが主要な栽培種の早生化育種に利用できる可能性が示唆され、四倍体コムギの遺伝資源としての有用性が再確認された。
第2章では、コムギの遺伝子探索および育種の更なる効率化のために、NGSによる遺伝子型決定を簡便に行う技術の開発を進めた。生態学の研究に広く用いられているMIG-seq(Suyama and Matsuki 2015)はライブラリー構築が容易であるという利点があることに着目し、コムギにおけるMIG-seqの多型検出の有効性を確認するために、コムギを含む複数の作物種に対してMIG-seqによる多型検出効率の検証を行った。MIG-seqによって配列決定可能な領域数とゲノムサイズには正の相関が認められ、コムギにおいては比較的多くの多型を検出できることを見出した。また、四倍体コムギの交雑集団にMIG-seqを適用し、QTL解析を行ったところ、既報と齟齬のない位置に開花期に関するQTLが検出され、MIG-seqがコムギの遺伝解析に有効であることを示した。さらに実用的な多型検出法の開発を目指し、MIG-seqの操作の簡便さとddRAD-seqの検出領域数の可変性を併せ持つ新手法、degenerate oligonucleotide primer MIG-seq(dpMIG-seq)法を開発し、コムギにおける活用法の検討を行った。dpMIG-seqは151bppairedendで0.3Gbのデータ量の場合、多様な作物種において検出できる多型数が増えたにも関わらず、コムギにおいてはMIG-seqよりも検出できる多型数が増えなかった。しかし、コムギにおいても2Gb以上にデータ量を増やした場合、MIG-seqよりも多くの多型が検出できることが明らかとなった。これらの実験を通して、コムギの迅速な多型検出の基盤が確立された。
第3章では、1章で同定したVRN-A3早生アレルと2章で開発した遺伝解析技術を用いて、迅速な系統育成の実証実験を行った。日本のマカロニコムギ品種は栽培適地が瀬戸内地域に限られているセトデュールのみであり、より早生の形質を保有し幅広い地域において栽培できるマカロニコムギ品種の開発が求められているため、MIG-seqおよびdpMIG-seqの適用によって、TN26のVRN-A3の染色体領域以外の領域が全てセトデュール型のNILsの構築を効率的に実施すること試みた。セトデュールを反復親として戻し交雑を進め、VRN-A3領域がヘテロのBC4F1個体の後代BC4F216個体についてMIG-seqによって得たグラフィカルジェノタイプをもとに、TN26型ホモ領域が認められない個体を選抜した。その次代BC4F339個体から、残存ヘテロ領域がセトデュール型に概ね置き換わっていると考えられる個体に対して、MIG-seqおよびdpMIG-seqを適用することによって、VRN-A3以外の領域がセトデュール型に置き換わっていることを確認した。これらの操作を通して、NILs選抜の際の高精度な遺伝的背景の確認のために、MIG-seqおよびdpMIG-seqを適用することの有用性が実証された。
以上より、本研究は四倍体コムギの遺伝資源としての有用性を示すとともに、生態学研究に利用の限られていたMIG-seqのコムギにおける新たな利用法の開発およびその改良を行ったものであり、コムギだけではなく幅広い作物育種に貢献する重要な知見を示した。