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大学・研究所にある論文を検索できる 「ペアトレーディング戦略とその周辺に関する研究」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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ペアトレーディング戦略とその周辺に関する研究

東出 卓朗 中央大学

2021.10.28

概要

オルタナティブデータと深層学習や機械学習の台頭により,これまで以上に資産運用手法の多様化が進んでいる.このような状況において日本の運用会社の取り組みは欧米諸国と比べて遅れており,これらを用いることで獲得が期待できる情報が欠落してしまうことから,運用パフォーマンスの劣後,ひいては日本から欧米諸国への資金流出などの可能性もある.資産運用技術を高位に保ち,安定した運用パフォーマンスを獲得し続けるためには,オルタナティブデータ,深層学習や機械学習の資産運用領域での活用を研究することは重要である.

ところで,運用手法を運用パフォーマンスに結び付ける手段は,主にはポートフォリオ構築とトレーディング戦略の 2 種類ある.これまでの資産運用業界にはポートフォリオ構築を実現するための最適化問題の設定方法に重点を置く風潮があった.勿論,ポートフォリオの構築に関連する研究は実務家,研究者問わず今でも盛んであるものの,最近ではトレーディングに重点を置く実務家も多くなってきた.トレーディング戦略に重点を置く投資家の増加傾向の背景には,緩やかでグローバルな低金利環境の継続がある.グローバル金利は十年来低下傾向が続き,日本や欧州では中央銀行がマイナス金利政策を導入している.2020 年現在世界的脅威をもたらしている新型コロナウイルスの影響も一時的には一段とグローバルな金利低下圧力に拍車をかけている.その結果,資金受託時に顧客と取り交わした運用パフォーマンスの提供が困難になる.このような環境においては,運用パフォーマンス向上のために,“相場のあや”をリターンの源泉とする必要が出てくる.“相場のあや”とは,例えばある危険資産価格の確率過程が幾何ブラウン運動に従っていると仮定すると,ブラウン運動項の影響により,時としてドリフト方向と逆に動く時があり,この局面を指す.“相場のあや”からリターンを獲得するためには売買頻度を高める必要がある.しかし,“相場のあや”を生み出すブラウン運動の動きを予測することが困難であることは,ギャンブラーの富過程がマルチンゲールであることを思い出せば明らかであり,投資家は何かしらの価格変動特性を拠り所とするトレーディング戦略を研究し実行する必要がある.したがって,トレーディング戦略を研究することは重要である.トレーディング戦略のなかでも馴染み深い戦略であるペアトレーディング戦略は 1980 年代頃からウォール街で広まった金融市場における投機的トレーディング戦略の一つである.この戦略では,異なる 2 銘柄の株式の価格差(スプレッド)が長期的にある値に収束することが期待される性質を用いる.長期的には平均値近傍を推移しているスプレッドが市場イベントなどの原因で一時的に平均値から乖離したタイミングを裁定機会と捉え,ペアトレーディング開始の閾値とし,平均値近傍に戻ったタイミングで利益を確定させる.ペアトレーディング戦略は,⃝1 投資対象銘柄に対するスクリーニングチェックを行い,⃝2 投資適格と判定した銘柄群に対して,ペアトレーディング戦略を実行した際に奏功する見込みが高い共変動する銘柄の組合わせを探索,⃝3 売買執行タイミングの規則などを決定したうえで実行する運びとなる.安定的なパフォーマンスを獲得するためには,いずれの工程に対しても精度を向上させることは重要である.

以上を背景に,本論文はペアトレーディング戦略とその周辺を研究対象とする.特にペアトレーディング戦略については,戦略実行するうえで必要となる一部の工程に対して精度を向上させる方法を提案するとともに,時間の概念を取り入れたポートフォリオの定式化を提案するなど,網羅的に纏めた.また研究の一部で深層学習と機械学習を用い,これらの手法が高い有効性を発揮することも述べた.

本論文は 7 つの章で構成されており,序論では,本研究の背景と位置づけ及び本論文の構成を述べた.
2 章以降の内容と成果は以下の通りである.

2 章では,ペアトレーディングに関する既存研究を網羅的に纏めるとともに,[1] に倣い,日本株式市場に対してペアトレーディング戦略の有効性を検証することで,ペアトレーディング戦略の一連の流れを纏めた.実証分析の結果は,[1] の方法では年々リターンは減少傾向にあるとの既存研究の結果と整合的であった.加えて,日本銀行の日本株式購入額が PT 戦略に与える影響を分析したところ,ペアトレーディング戦略は最も大規模な経済主体の一つである日本銀行の影響は受けず,環境依存しない戦略であることを確認した.また,高頻度な時間粒度におけるペアトレーディング戦略の既存研究は殆どなく,今後取り組むべき分野の一つであることを述べるとともに高頻度データの取り扱いの際の留意点などについて纏めた.

3 章では,VAR(1) モデルに従う複数のスプレッドに投資する状況を想定し,初到達時間を用いたペアポートフォリオ最適化問題を新しく定式化した.最大の特徴は,ペアポートフォリオ最適化問題を考えるにあたり,スプレッドが閾値から平均値に回帰するまでの時間の期待値と分散を直接的に最適化の対象とした点である.この時間は小さければ小さいほど好ましい量であるため,この期待値も小さいほど好ましい.またその期待値の確実性は高ければ高いほど望ましい.そこでこの不確実性を回帰するまでの時間の分散で捉え,これらを総合し,本章では初到達時間に関する平均分散ポートフォリオモデルを考え,2 次計画問題に帰着されることを示した.これによりペア組成のタイミングに付随するモデリングの困難を回避したポートフォリオの組成が可能となり,既存研究が提案する定式化,例えば [2] では捉えきれない価格過程に対しても,ペアトレーディング戦略のエッセンスを取り込みつつ,複数のペアトレーディング可能な組に対する最適投資比率を求解出来るようになった.求解にあたり必要となるスプレッドが閾値から平均値に回帰するまでの時間の期待値と分散及び共分散を計算する方法を理論的に示すとともに,数値実験におけるアルゴリズム方法についても詳細に記した.数値例では,3 変量 VAR(1) 過程に従っているとする 3 種類のスプレッドが存在していることを想定して,定式化した最適化問題によって組成されるペアポートフォリオのふるまいを,シミュレーションにより検証した.本章で提示した初到達時間をベースにした平均分散ポートフォリオ選択モデルで得られたフロンティアは,累積収益に基づく平均分散基準とも整合性が取れることを確認し,頑健性についても簡易的に検証を行った.単一のペアトレーディング戦略を行う場合に比べ分散投資によるリスク減少を実現できる他,収益の標準偏差や期待値の推定の安定にも寄与が期待できるなど,数値実験を通じて確認し実務的な観点からも好ましい特徴の示唆を得た.今後の課題として,スプレッドの平均値を中心とする上下それぞれの領域で異なる確率過程を導入する必要性や,実運用を目指す上で考慮するべき条件などを挙げた.

4 章では,ランダムフォレスト [3] と企業の財務データを用いて,企業の倒産確率を予測するシステマティックな方法を紹介するとともに,産業の脆弱性を評価するうえで有効な枠組みを提案する.あらゆるトレーディング戦略において倒産確率や脆弱性に関するスクリーニングチェックは重要である.ペアトレーディング戦略の奏功する見込みが高いスプレッドを発見できたとしても,倒産してしまっては株券はただの紙切れとなり,資産として無価値同然となる.また倒産確率が安定しなければ安定的なパフォーマンスを獲得することは難しい.したがって,スクリーニングチェックの中でも,倒産確率を可能な限り高い精度で測定することは重要である.ランダムフォレストは,いくつかの望ましい性質を有するアンサンブル学習の一種であり,回帰問題や分類問題に利用できる機械学習モデルである.本章が提案する方法はシンプルであるものの,強力な予測精度を有し,ビッグデータに適用可能で,大規模な説明変数群を簡単に扱うことことが可能である.本章では提案したモデルに基づき,2 種類の実験を通じて提案モデルの有用性を示した.実験 1 では,10,000 社以上の日本企業の財務データをもとにモデルを構築し,各業種の脆弱性を測定するとともに,このモデルに基づく様々な応用方法を紹介した.倒産確率予測については,ロジスティックモデルや決定木のような従来の方法と比較して,モデルの方が優れた精度を有していることを確認した.また,脆弱な産業を検知及びリスク管理への応用方法を示したとともに,CDS 市場の価格予測においても提案モデルに基づき得られた倒産確率は有益な情報であることを示した.実験 2 では,OECD 上場企業,非上場企業含め 66,000 社以上を用いて業種ごとに倒産モデルを構築し,脆弱性を測定するとともに,潜在的期待損失というリスク測度を導入し,国家間で脆弱性を比較した.66,000 社以上の企業を分析することによりモデルの精度を検証し,ランダムフォレストがロジスティック,LDA,またニューラルネットワークのような従来の方法よりも優れていることを見出した.また,予測倒産確率と企業情報を用いて得られる“潜在的期待損失”と呼ばれる新しい概念を導入して各業種の経済活動の脆弱性分析を行うことを提案した.本章の提案の枠組みは非常にシンプルで規模の拡大が可能で,最も包括的な業種脆弱性分析であり,各業種の健全性と安定性について信頼できる指標となることを示した.今後の展望として,本章の提案を用いることでより緻密なペア銘柄の選定を行うことが可能となるうえ,業種リスクを加味した PT 戦略を講じることが可能となることを述べた.更に,実験 2 の枠組みを用いれば,ペア銘柄の対象候補を同国内に限定することなくグローバルに拡張することが出来るため,より幅広い PT 戦略の実行が可能となることを述べた.

5 章では,ダイナミックプログラミングを利用した多期間最適化問題の枠組みにおけるペアトレーディング戦略を紹介した.ペアトレーディング戦略を多期間最適化問題の枠組で取り扱う既存研究は幅広い.[4] は連続時間の共和分モデルに基礎を置き,実確率測度 P のもとで共和分関係にある 2 つの危険資産と 1 つの安全資産を用いてペアトレーディング戦略を実行するためのモデルを構築し,Hamilton Jacobi Bellman 方程式を解くことで各時点の最適投資枚数に対する閉形式解を与えた.本章では,共和分ランクが 1 となる 3 つの危険資産の組に対する戦略として [4] を拡張し,各時点における最適投資枚数の閉形式解を導出した.具体的には,共和分関係にある危険資産で駆動する富過程を代表的個人の効用関数の引数として用い,代表的個人の期待効用を多期間において最大化する問題を解くことで,最適投資枚数に対する閉形式解を導出した.[4] では計算過程の詳細が記載されておらず,本章では詳細に纏めた.

6 章では,ペアトレーディング戦略以外のトレーディング戦略を 2 種類紹介した.これら 2 種類のトレーディング戦略はペアトレーディング戦略とは異なるものの,裁定機会を捉えるという主旨では同じ分野に属する戦略である.一つ目の戦略は,双方向 Recurrent Neural Network を用いた双方向テイラー・ルールに基づく金融政策予測の提案を行い,推定精度や有用性などについて検討するとともに,為替トレーディング戦略への応用方法を提案した.双方向テイラー・ルールモデルは,経済時系列データを双方向 Recurrent Neural Network に入力し,その出力と貸し出しスプレッドを回帰層に入力.この出力結果に名目均衡金利を加算して政策金利を導出する.また,中央銀行は政策変更を行ううえで常に一定のルールに従うわけではなく,テイラー・ルールが考慮しない情報も踏まえて,意思決定していると考えるのが自然である.なにかしらのルールが示唆する政策金利水準からの逸脱を,いわゆるタカ派・ハト派スタンスと解釈することもでき,このようなニュアンスは MPC 議事録に残されている可能性がある.そこで,Doc2Vec を用いて各議事録の分散表現を獲得し,先の双方向テイラー・ルールが示唆する水準と実際の政策金利を考慮して,政策変更を予想する分類器を構築した.これらの提案モデルを用いて,オーストラリア中央銀行を対象として実証分析を行ったところ,提案モデルは,ベースラインモデルよりも精度が高いモデルであることを示した.さらに,提案モデルにもとづくオーストラリアドルに対する為替トレーディング戦略では,シャープレシオ 4 を上回る結果を出し,エコノミスト情報も加味したモデルではシャープレシオ 9 を上回る結果となった.今後は,提案モデルの枠組みがどの程度他国に適用できるか,実証分析を通じて確認していくことなどを課題に挙げた.二つ目の戦略は,米国金利という単一の時系列データに対して,経済指標やその他市場価格データを用いて回帰を行い,残差部分が大きくなったタイミングを裁定機会と捉え,再び残差が縮小する方向にベットするというものである.回帰には,主成分回帰と部分最小二乗回帰を用いた.この結果,ベンチマークである Citi WGBI US 10-15 年を安定的に上回っていることを確認できた.またパフォーマンス分析においてもシャープレシオ 2 を上回る良好な結果となった.今後は,機械学習を用いてより客観的な変数選択を行うことなどを今後の課題として挙げた.

最終章では,各章での主要結果を纏めた.本論文で提案した手法を融合するとともに,新たな方法を研究し続け,ペアトレーディング戦略の研究領域を拡張させていきたい.

参考文献

[1] Gatev, E. , Goetzmann, W. N. & Rouwenhorst, K. G. (2006). Pairs trading: Performance of a relative-value arbitrage rule. The Review of Financial Studies, 19, 797–827.

[2] 山田雄二 & Primbs, J. A. (2012). 共和分性に基づく最適ペアトレード. ジャフィー・ジャーナル: 金融工学と市場計量分析, 11, 125–152.

[3] Breiman, L. (2001). Random forests. Machine Learning. 45, 5–32.

[4] Tourin, A. & Yan, R. (2013). Dynamic pairs trading using the stochastic control approach. Journal of Economic Dynamics and Control, 37, 1972–1981.

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