A heterozygous SERPINB7 mutation is a possible modifying factor for epidermolytic palmoplantar keratoderma
概要
【緒言】
掌蹠角化症(palmoplantar keratoderma, PPK)は、遺伝性に手掌や足底に高度な過角化を来す疾患の総称である。臨床像や遺伝形式により以下をはじめとした複数の病型に分類されている。
長島型掌蹠角化症(Nagashima-type PPK, NPPK)は、本邦で最も頻度の高い PPK の病型であり、SERPINB7 の機能喪失変異による常染色体劣性遺伝形式の疾患である。 serpin B7 蛋白は表皮角層と顆粒層に局在しており、詳細な機能は未だ不明であるが、細胞間プロテアーゼ活性の制御を担っていると考えられている。NPPK は、臨床的特徴として、掌蹠のびまん性角化に加え、transgrediens と呼ばれる手指背、足趾背などへの皮疹の進展を示す。また、病変部を 10 分間浸水すると、病変部が白色スポンジ様に変化する現象も NPPK に特徴的である。
表皮融解性掌蹠角化症(epidermolytic PPK, EPPK)は、KRT9 あるいは KRT1 の変異による常染色体優性遺伝形式の疾患である。EPPK は、掌蹠に限局したびまん性の黄色調過角化を特徴とし、transgrediens を示さない。病理組織学的には、角層の著明な過角化、表皮肥厚、ケラトヒアリン顆粒の粗大化、棘融解を特徴とする。
線状掌蹠角化症(striate PPK, SPPK)は、主に DSG1 の機能喪失変異による常染色体優性遺伝性の疾患である。掌蹠の限局的な線状、円形角化を特徴とし、transgrediens は認めない。
厳密には PPK ではないが、掌蹠を含めた全身性角化を来す疾患として表皮融解性魚鱗癬(epidermolytic ichthyosis, EI)がある。EI は、KRT1 あるいは KRT10 の変異で発症する常染色体優性遺伝形式の疾患である。
この様に臨床像は多彩であるが、PPK の各病型には特徴があり、多くの PPK 症例では、臨床像、病理組織学像から病型分類が可能である。しかし、日常診療において、臨床的に PPK が疑わしいものの、いずれの病型にも合致しない症例を診ることがある。その様な症例について、本研究では次世代シークエンシング技術を活用した遺伝学的解析と臨床的、病理組織学的解析などから検討を行った。
【方法】
今回我々は、臨床的に PPK が疑われる2症例(case 1、case 2)において、臨床像、病理組織学像の詳細な検討を行った。さらに、ゲノム DNA の全エクソーム解析を行い、PPK に関与する病因遺伝子変異を検索した。また、この 2 症例に加え、先に全エクソーム解析により病因遺伝子変異の同定されている、SPPK、EI、各1例の足底皮膚組織についても、serpin B7 蛋白発現を評価した。この SPPK 患者は、先に全エクソーム解析がなされ、DSG1 変異と SERPINB7 変異を共にヘテロ接合体で有し、臨床的に transgrediens を示していた。EI 患者についても、既に KRT1に病因変異が同定されていた。
【結果】
case 1、case 2、共に掌蹠にびまん性の過角化を認めたが、case 2 の掌蹠の角化は、case 1 より重症であった(Fig. 1a,b)。また、case 2 は掌蹠のびまん性角化のみならず、手指背、足趾背、手関節部に transgrediens を認めた(Fig. 1c,d)。さらに、case 2 の両手を 10分間浸水させると、全ての病変部が白色、スポンジ様に変化した(Fig.1e-h)。case 2 の足底皮膚の病理組織像では、著明な過角化、棘融解に加えて、真皮浅層におけるリンパ球を主体とした激しい炎症細胞浸潤を認めた(Fig. 2a-c)。
全エクソーム解析を用いて、KRT9 に、case 1 で c.488G>A (p.Arg163Gln)、case 2 で c.487C>T (p.Arg163Trp)の既報告変異をそれぞれヘテロ接合体で同定した。加えて、case 2 では、SERPINB7 に、c.522dupT (p.Val175Cysfs*46)の既報告変異をヘテロ接合体で同定した。これらの変異は、サンガーシークエンス法でも確認した。その他に、PPK に関連する病因遺伝子変異は認められなかった。
rabbit polyclonal anti-serpin B7 抗体を用いた免疫組織学的染色で、case 2 の足底皮膚組織における serpin B7 蛋白の発現を評価した。対照として、DSG1 変異と SERPINB7変異を共にヘテロ接合体で有する SPPK 患者と KRT1 変異による EI 患者の足底皮膚組織検体を用いた。case 2 と SPPK の検体では、正常足底皮膚組織と比し、角層と顆粒層において serpin B7 蛋白の染色性が減弱していた(Fig. 2d-f)。また、SERPINB7 変異を持たない KRT1 変異による EI 患者の足底皮膚組織では、角層、顆粒層において正常足底組織と比較して、同等か、若干の低下はあるものの、case 2、SPPK 患者より明らかに強い serpin B7 蛋白の染色性がみられた。
【考察】
case 1 は、KRT9 変異を有する、臨床的に典型的な EPPK といえる。一方、case 2 は EPPK の臨床像、病理組織学像に加え、NPPK の特徴である transgrediens と浸水試験陽性所見、真皮浅層の激しい炎症細胞浸潤を認めた。すなわち、case 2 は EPPK と NPPKを複合した所見を有しており、臨床像、病理組織学像のみで病型分類することは困難であった。全エクソーム解析結果から、KRT9 変異による EPPK と判明したが、同時に SERPINB7 変異をヘテロ接合体で有しており、この SERPINB7 変異の、非典型的臨床像への何らかの関与が考えられた。
keratin 9 蛋白は掌蹠に局在しているため、KRT9 変異による EPPK の病変も掌蹠に限られる。他方、serpin B7 蛋白は掌蹠外にも発現している。したがって、case 2 における手指背、足趾背、手関節部病変には、同部位の serpin B7 蛋白の減少が関与している可能性がある。また、serpin B7 蛋白は角化細胞への水分透過性を担う機能もあると考えられており、浸水試験が陽性となったことは、serpin B7 蛋白機能低下により、細胞内への過剰な水分の浸透が起きていることを示唆する。
免疫組織学的染色では、共に SERPINB7 変異をヘテロ接合体で所持する、case 2 と SPPK 患者の皮膚検体においてのみ、角層、顆粒層での serpin B7 蛋白の発現が有意に低下していた。これまで、SERPINB7 変異のホモ接合体、あるいは、複合ヘテロ接合体による NPPK 患者の過角化を示す足底皮膚組織において、顆粒層での serpin B7 蛋白発現が低下することは報告されていたが、本研究では SERPINB7 変異をヘテロ接合体で持つ PPK 患者の病変部皮膚組織においても、serpin B7 蛋白発現の低下が示された。
【結語】
本研究の結果から、ヘテロ接合体の SERPINB7 変異が、EPPK、SPPK において修飾因子として働き、現行の病型分類上のどの病型にも合致しない非典型的臨床像を呈する可能性が示唆された。本邦における多くの NPPK 症例の病因である SERPINB7 の創始者変異、c.796C>T は、日本人での保有率が 0.9%であり、1000 人ゲノムデータベースではアジア人の約 2.8%がこの変異を有しており、頻度の高い変異である。したがって、他の病型の PPK 患者でも、各病型固有の病因遺伝子変異に加えて、修飾因子として、この SERPINB7 変異を有することにより、非典型的臨床像を呈する可能性があると考えられた。