子供の頃からの「宿題」
概要
9歳の頃のこと、父親が『宇宙がわかるデータブック』という本を買ってきた。宇宙のはじまりや素粒子、星の生死、生命の起源などについて、鮮やかな写真やイラストを使って説明されている本にすっかり魅了された。本の説明の中で、特に印象に残っていることが2つ。1つは、物質をつくる基本的な構成要素はクォークとレプトンと呼ばれる素粒子たちで、現在の宇宙にはどういう訳かクォークが単体では存在しないということ。もう1つは、宇宙はもともと空間のない無の状態から、泡のように突然有限の大きさの状態に遷移して誕生したかもしれないということ。しかし、当時は、それが何を意味しているのか、何故そう考える必要があるのか、理解することができなかった。この「宇宙の無からの創成」というアイデアは、ソ連生まれの物理学者ビレンキンが提唱した説ということで、世の中には想像を絶するようなことを考える人がいるものだと思った。宇宙のことに限らず、何かそういう自然界の根源的な問題について探求し、理解しうるということがたいへん魅力的に映ったものである。
さて、それから四半世紀以上たった一昨年(2018年)9月、スウェーデンでのある研究会に参加した。参加者にはそれぞれオフィスが与えられたのだが、自分と同じオフィスにいたのは、あのビレンキンだった!ちょうど自分が講演する日に彼が帰国する予定とのことだったので、最近自分の書いた超新星爆発に関する論文について、オフィスで議論してもらった(もちろん、自分が子供の頃に読んだ本のことも話した)。まさか自分とビレンキンの世界線が交わり、自分のアイデアを直接話せる日が来るとは、当時は思ってもいなかった。
子供の頃から現在に至るまで、世の中には“役に立つ”ものがかなり増えたように見えて、また様々な分野が流行を伴って発展してきたように見えて、宇宙や物質の成り立ちに関するそれ以前からの積年の問題の多くは解明されないままだ。それでも、この間に着実な進展もある。この宇宙の年齢が約138億年であることが明らかとなり、素粒子の質量の起源となるヒッグス場の存在が実験的に確認され、最近、ついにブラックホールや中性子星同士の合体からの重力波が検出された。重力波については、アインシュタインが理論的に予言してから直接観測されるまでに、約100年もの時を経ている。このような人間のスケールをはるかに超えたことまで、長いタイムスパンで科学的に突き止めてしまうのだから、純粋に人類は凄すごいと思う。
確かにそこに存在しているけれども、今はまだ誰にも見えていない自然の普遍的な仕組みを明らかにしていくことに、自分も少しでも貢献できたらと思うし、若い人たちにも一時的な流行だけにとらわれず関心をもってもらえたらと考えている。そして、様々な方向性でそういう根源的な問題に挑戦することの意義について、理解のある社会であってほしいと願っている。