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不老不死は人類が長らく求めてきた永遠の願いの1つ。
ギリシャ神話から日本の古事記に至るまで、不老不死にまつわる様々なエピソードが残されていますし、「若返り」は今でも人類が探求してやみません。
しかし、他の生物に目を向けると、すでに「若返り」を達成している生物がいます。
それは・・・「ベニクラゲ」です。
他のクラゲはいつか死を迎える一方、ベニクラゲは死ぬ前に若返り、成長を繰り返していきます。
ベニクラゲの不老不死の秘密は何なのでしょう。人類に応用することはできるのでしょうか。今回は、ベニクラゲの不老不死の遺伝子の秘密について、最新の論文から読み解いていきます。
ベニクラゲは理論上「不老不死」
通常、クラゲはどのような一生をとげるのでしょう。
実は、クラゲは様々な生活史がありますが、主に「プラヌラ」「ポリプ」「ストロビラ」「エフィラ」「メデューサ」の5つの形態があります。
プラヌラとは受精卵から孵化した最初の姿。体は楕円形で、体表の繊毛で遊泳します。プラヌラが海底の岩などにたどり着くと、そこにくっついて「ポリプ」になります。
ポリプは、岩にくっついた後のイソギンチャクに似た姿の形態のこと。数㎜程度の大きさで、触手を伸ばしてプランクトンを食べて成長します。その後、水温が下がるのをきっかけに、触手の付け根にくびれが出現。くびれが体の下のほうに向かって数が増えていくようになり、「ストロビラ」になります。
ストロビラは、4日くらいかけてどんどんくびれの数を増やし、くびれの1枚1枚が「エフィラ」という幼生となって動き出し、海の中に漂うようになります。そのエフィラが変身を繰り返して「メデューサ」と呼ばれる、皆さんが目にするクラゲの姿になるのです。
メデューサにまでなったクラゲは寿命が尽きると、体が分解されて海の中で一生を終えます。
しかし、ベニクラゲはメデューサの状態から寿命が尽きることがわかると、「ポリプ」の状態まで戻り、同じように変身を繰り返します。これが、ベニクラゲの「若返り」です。
さらに、ストロビラから新しいエフィラが複数体つくられるので、若返るたびにベニクラゲの数は増えていくのです。
つまり、ベニクラゲは若返りを繰り返しながら数を増やすので、理論上は死ぬことはありません。まさに「不老不死」ですね。ただし、実際には他の海洋生物に食べられてしまうため、ベニクラゲの数が増え続けることはありません。
しかし、どうしてこのようなことがベニクラゲだけに起こるのでしょうか。2022年にベニクラゲの遺伝子配列に着目した論文が発表されました。
若返るベニクラゲは遺伝子的に他のクラゲと何が違う?
論文では、 ベニクラゲの一種であるT. dohrniiに遺伝子配列と、近縁種ですが成熟段階で若返ることができないT. rubraの遺伝子配列を比較しています。
若返るベニクラゲの特徴
・細胞の修復や保護に関わる遺伝子が2倍
・DNA修復に重要な遺伝子コードの発現量が多い
・テロメアが破壊されるのを防ぐための遺伝子変異がある
すると、若返りの性質をもつT. dohrniiは、近縁種で若返りの性質を持たないT. rubraに比べて、細胞の修復や保護にかかわる遺伝子の数が2倍も多いことが判明したのです。
例えばT. dohrniiでは、DNAポリメラーゼをコードする遺伝子である「POLD1」や「POLA2」の発現量が多いことが明らかとなりました。DNAポリメラーゼはDNAやRNAからDNAを合成する酵素であるため、これらの遺伝子の発現量が多いということは、DNAの複製能力が高いということが示唆されます。
またT. dohrniiでは、「XRCC5」「GEN1」「RAD51C」「MSH2」など、DNA修復に重要な遺伝子の発現量も多いことがわかりました。
これらの結果より、T. dohrniiはT. rubraよりも効率的なDNA複製メカニズムと修復システムを持っている可能性があることが分かります。
さらに、テロメアが破壊されるのを防ぐための遺伝子変異も、T. dohrniiでみられました。テロメアはもともと染色体の末端を保護する役割を持っている構造体です 。テロメアが破壊されると、DNAがむき出しになるので、徐々に老化が進行することがわかっています。テロメアが破壊されるのを防ぐということは、その分老化の進行を止められるということになります。
このように、若返りの性質をもつT. dohrniiは、DNAの複製や修復、テロメアを介した老化防止の面において特異的な遺伝子の性質を持つことがわかったのです。
ベニクラゲの各成長段階における遺伝子発現にも注目
さらに同研究チームは、ベニクラゲにストレスを与えて若返りのプロセスを詳しく見ています。特に、成体のクラゲが小さな塊になり、ポリプに戻って再び若いクラゲになる各段階で、どの遺伝子が働いているかを調べました。
すると、成体クラゲの「DNA保存に関わる遺伝子」の働きが変化していることが分かったのです。成体ではDNAの保存にかかわる遺伝子が活発に働いていましたが、ポリプに戻る過程では、その働きが静かになりました。DNAからタンパク質が作られるレベルは、クラゲが塊状(エフィラ)の段階で最も低くなりました。
一方、「細胞がさまざまな形態に成長する能力に関連する遺伝子」は、「DNA保存にかかわる遺伝子」と逆の変化を示しました。
事実、「さまざまな形態に成長する遺伝子」は成体では活動が低かったのですが、クラゲが体を分解し再構築を始めると活発に働き始め、成体に近づくにつれてまた静かになったのです。
こうした遺伝子の働きは、とても理にかなっています。つまり、体が発達していない段階では「いかに子孫を残すか」よりも「いかに早く成長するか」の方が大切です。そのため、成長にかかわる遺伝子の方がDNA保存にかかわる遺伝子よりも活発に働きます。
一方、成体になれば自身の成長そのものよりも「いかにDNA保存をして次世代に残すか」の方が大切ですので、各成長段階で発現する遺伝子が変わるのも理解しやすいでしょう。
今回の研究結果は、別の研究チームからも報告されており、クラゲの若返りに関与しているDNA修復と保護の遺伝子が発見されています。
※下記、The New York Times. This Jellyfish Can Live Forever. Its Genes May Tell Us How.を参考
人類にベニクラゲの「若返り」を応用できる?
では、こうしたベニクラゲの「若返り」の性質を人類に応用することはできるのでしょうか。結論からいうと、残念ながらすぐに応用することはできません。
そもそも刺胞動物であるクラゲと哺乳類のヒトでは遺伝子的にも大きなへだたりがありますし、何より生活環境も大きく異なります。
実際、研究主任の一人である海洋生物学者のマリア・パスクアル・トルネル (Maria Pascual Torner)氏も「私たちの発見は、老化の過程をよりよく理解するのに役立ちますが、ベニクラゲと同じアンチエイジング機構を人間に適用することは不可能です」と語っています。
ただし、老化やDNA修復の発現の仕方について重要な知見が得られたことは間違いありません。今後のアンチエイジングの研究にも期待が高まりますね。
ベニクラゲの「若返り」の秘密についてのまとめ
ベニクラゲの「若返り」の秘密について、最新の論文から解説していきました。まとめると
⚫︎通常クラゲは順に「プラヌラ」「ポリプ」「ストロビラ」「エフィラ」「メデューサ」の5つの形態を経ながら一生を終えるが、ベニクラゲでは「メデューサ」から「ポリプ」に若返ることで不老不死を手に入れている。
⚫︎実際、若返りの性質をもつT. dohrniiと持たないクラゲであるT. rubraの遺伝子配列を比べると、T. dohrnii ではDNAの複製や修復に関する遺伝子の発現量の増加や、テロメア保護に関する遺伝子の変異がみられることが分かった。
ということになります。まだ、人間に応用するのには時間がかかるものの、「若返り」は人類最高の夢の1つ。今後の研究も目が離せません。
<参考サイト>
Maria Pascual-Torner et al, Comparative genomics of mortal and immortal cnidarians unveils novel keys behind rejuvenation, Proceedings of the National Academy of Sciences (2022). DOI: 10.1073/pnas.2118763119
PHYS ORG「Genetic study of immortal jellyfish may help explain its longevity」
Researchers zoom in on why the “immortal jellyfish” just keeps on living forever
The New York Times. This Jellyfish Can Live Forever. Its Genes May Tell Us How.
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