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大学3年生の研究室訪問のときに光る生き物を見て、「きれいだな」と心を動かされたことがきっかけで、発光生物の研究にのめり込んでいった別所-上原学先生。2024年4月には、従来の説を大幅に塗り替え八放サンゴが光り始めたのは5億4千万年前という研究結果を、海外の研究機関との共同研究によって発表しました。これは定説を覆した研究成果です。東北大学の別所-上原学助教にお話を聞きました。
「キンメモドキ」はなぜ光る? ウミホタルから酵素を奪う盗タンパク質の仕組みとは
── 大学3年生からこれまで、ホタル、キンメモドキ、深海生物、クラゲなどさまざまな発光生物の研究に携わってこられた別所-上原先生ですが、これまでの研究のなかでとりわけユニークだと思われた発光生物といえば何ですか?
別所-上原:キンメモドキですね。この魚が光る仕組みは、非常にユニークです。多くの発光生物は、ルシフェリンという化合物とルシフェラーゼという酵素を反応させて光を放ちます。この反応は「ルシフェリン-ルシフェラーゼ反応」と呼ばれます。しかし、キンメモドキは自分自身では固有のルシフェリンとルシフェラーゼを作ることができないことがわかりました。では、なぜキンメモドキは光ることができるのかというと、ウミホタルを捕食し、ウミホタルのルシフェリンとルシフェラーゼを体内に蓄え、それを使っているのです。
── 普通は体内に取り込むと化合物や酵素は分解されて、食べたからといって光ることはできませんよね?
別所-上原:そのとおりです。私たちがホタルイカを食べても光らないのは、ホタルイカのルシフェラーゼが体内でアミノ酸に分解されてしまうからです。ところが、キンメモドキがウミホタルを食べても、ルシフェラーゼは分解されません。海の生き物でルシフェラーゼが分解されないのはとても珍しく、キンメモドキ以外の生き物ではほぼ見られない現象です。進化の過程で「どうしても光りたい」というモチベーションがあったのかどうか今のところわかりませんが、分解せずに体内に蓄えて使うという仕組みをキンメモドキは独自に獲得したのです。このユニークな現象を「盗(とう)タンパク質」と名づけました。
── キンメモドキは光りたくて光っているわけではなく、ウミホタルを食べてしまったばっかりに偶然、光っているということは考えられますか?
別所-上原:どうでしょう。進化の歴史を考えると、最初はキンメモドキも何も知らずにウミホタルを食べ、口や胃の中で明るく光るので、「え、なんか俺、光ってる?」みたいになったかもしれませんね(笑)。ただそれはいわば「盗タンパク質」の第1ステップで、ポイントはむしろ光ることよりも、やがてキンメモドキがそれを制御できるようになったことです。つまり、ウミホタルを食べてもむやみに光らなくなったのです。さらに、発光物質を蓄える能力、光りたい方向だけに光を向ける、オン・オフの調節ができるなど、徐々に進化していって、今のキンメモドキが生まれたのだろうと推察をしています。たとえ偶然から始まっていたとしても、途中からは光る能力の制御がキンメモドキの進化の方向性を決定づける駆動力となった可能性は高いと考えています。
── キンメモドキはどんなときに光るのですか?
別所-上原:自分の影を消し、捕食者から身を隠すために光っていると考えられます。キンメモドキのような夜行性の魚が海の中を泳いでいると、上からの月明かりを浴びて自分の影ができてしまいます。この影が下を泳いでいる捕食者に見つかると、捕食されてしまいます。ですから、自分の影を発光によって打ち消して、下から見えないようにしているのではないかと考えています。これは「カウンターイルミネーション」と呼ばれる役割で、キンメモドキ以外にも同様の行動を示す、光る魚やイカがたくさんいます。
サンゴが光り始めたのは5億4千万年前。生き物が眼を持ったから?
── 先生の研究グループが発表された、八放(はっぽう)サンゴの生物発光の起源に関する新発見についてお聞かせください。
別所-上原:私たちの研究が解明しようとしたのは、八放サンゴの生物発光の仕組みがどのように進化してきたのかについてでした。サンゴやイソギンチャク、クラゲなどは刺胞(しほう)動物に分類されます。その中で、クラゲ以外のグループを花虫(かちゅう)類と呼びます。サンゴに代表されるこの花虫類の仲間には、発光生物が生命の樹の上でまばらに存在するのですが、それらまばらに存在する生物が発光する仕組みが、祖先に由来する共通のものなのか、あるいはそれぞれの発光生物が独立して獲得していったものなのかは、ほとんどわかっていませんでした。
── それは興味深い謎ですね。
別所-上原:先行研究として、私が2020年にアメリカの深海研究所で研究していた時に、深海のサンゴを対象に、サンゴの仲間の生物発光の仕組みが共通しているかどうかを調べました。サンゴの仲間も大きく2つに分けることができ、触手が6の倍数でサンゴ礁をつくるタイプの六放サンゴと、ヤギ類やソフトコーラルと呼ばれる、触手が8本の八放サンゴとに分かれますが、その研究の結果、いくつかの八放サンゴ類の生物発光において、発光の分子的な仕組みが共通していることが判明しました。ただ、その時点ではあくまで数種類のサンゴで共通していることがわかっただけだったので、八放サンゴ全体で共通しているのかどうかは不確定でした。いわばスナップショットしか撮れておらず全体像としては確定できなかったのです。なぜ確定できなかったかというと、当時は7,000種いる花虫類の進化を示す正確な系統樹がなかったからです。正確な系統樹があれば発光生物がどう分岐していったのかがわかりますし、逆にそれをさかのぼることで進化の起源を推定することもできるのですが、それがありませんでした。
系統樹を作るには、系統解析といって、DNAやRNA、タンパク質の配列情報(いわゆるゲノム情報)を元に生物間の進化の関係を推定する技術を使いますが、7,000種の花虫類のゲノム情報を網羅的に取得する必要があります。
── そのような状況の中で、先生の研究グループはどうやって研究の次の一手を進めることができたのですか?
別所-上原:大きな転機は、深海生物学会という国際学会で訪れました。そこで、スミソニアン博物館のサンゴ研究チームが、サンゴの大規模な進化解析に関する研究成果を発表したのです。その発表に感銘を受けた私は、すぐに発表者に話しかけました。それがきっかけで、スミソニアン博物館、フロリダ国際大学、モントレー湾水族館研究所、そしてハーヴェイ・マッド大学との共同研究が実現しました。大規模な系統解析を自分たちだけで行うのは非常に困難だと思っていたところに、頼もしい共同研究者たちが現れ、まさに渡りに船でした。私たちは生物発光の進化に強い関心を持ち、彼らはサンゴの進化に興味を持っていました。互いの知見を共有しながら研究を進めることで、花虫類という大きなグループの中で、発光能力がいつ、どのように進化してきたのかを解明することができると考え、共同研究を進めました。
── 共同研究の結果、どんな成果が得られましたか?
別所-上原:彼らは数百種類のサンゴのゲノムデータを所有していました。私たちはそれぞれの種に対して、自分たちのデータや過去文献を参考にしながら「このサンゴは光る、光らない」とマッピングしていきました。これにより、確度の高い系統関係が明らかになってきました。私たちが使用した方法は「祖先形質推定(※注)」というものですが、それぞれのサンゴの祖先が光っていたかどうかを確率的に推定することができます。この結果、八放サンゴの共通祖先が光る仕組みを持っていたことが推定できました。
※注)祖先形質推定法(Ancestral state reconstruction):既知の種の形質(特徴)と系統樹を基に、共通の祖先が持っていたと推定される形質を推測する方法。この解析手法により、進化の過程でいつどのような特徴が現れたかを推定することができる。
── すごいです。そしてそれによって発光生物の起源の推定にもつながったのですね?
別所-上原:はい、そうです。系統樹を作成する際に化石記録を利用することで、サンゴの進化の歴史、特に、種が分かれていった年代をより正確に推定することができました。この解析の結果、八放サンゴの共通祖先が出現し、サンゴが光り始めた年代が約5億4千万年前までにさかのぼることがわかりました。これは、従来一番古い発光生物として知られていたナマコやウミホタルの仲間が光り始めたとされる2億6千万年前よりも、2倍以上も前の時代です。
── その結果をご覧になって、驚かれましたか?
別所-上原:もちろん驚き、興奮もしました。この成果をまとめた論文の第一著者であるフロリダ国際大学の深海生物学者のダニエル・デレオさんに、失礼を承知で「この解析結果、本当に間違っていませんよね?」と何度も念押ししたほどです。しかしどんなモデルで解析し直しても同じ結果になるので、今出せるベストな答えだと自信を持つことができました。何度も再解析してもらったダニエルさんには心苦しかったですが、感謝しています。
── 5億4千万年前の地球といえば、どのような時代ですか?
別所-上原:カンブリア紀です。生き物が爆発的に増えたと言われるカンブリア爆発が起こったタイミングと重なります。
── カンブリア爆発と発光生物の誕生に、何か関わりが考えられるのでしょうか?
別所-上原:あくまで仮説のひとつですが、カンブリア爆発のきっかけについて「光スイッチ説」という興味深い考えがあります。この仮説は、一部の生き物が進化によって光を感じるセンサー、つまり「眼」を持つようになったことが爆発の引き金になったというものです。ある生き物が、眼を持つようになったことで、視覚を使って餌を捕食する能力が飛躍的に向上させました。するとこれに対抗して、捕食される側の生き物は硬い外骨格を発達させ、捕まりにくくなるように進化しました。このような捕食と防御との攻防の連鎖が、生物全体の急速な進化を促進したというのが「光スイッチ説」です。この考え方に則り視覚の進化が生態系に大きな影響を与えたとすれば、それは発光生物の進化にも大きく関係している可能性があると考えられます。
── おもしろいですね。具体的にどのような関係が考えられそうでしょうか?
別所-上原:これはつまり八放サンゴがなんのために光るのかという理由の話につながりますが、「警報器仮説」というユニークな考えがあります。捕食者がサンゴを食べにくると、サンゴはそれを嫌がって光ります。と言っても、光ったところで食べにきた一次捕食者には直接の効果はありません。しかし、その光で一次捕食者を食べる二次捕食者を呼んでいるのではないかと考えることができます。やってきた二次捕食者が一次捕食者を食べたり、追い払ったりすることでサンゴは助かります。サンゴなど逃げることが不得意な生物の発光には警報器仮説と呼ばれるこのような役割があるのではないかと考えています。
── 仮説とのことではありますが、サンゴが他の生物を呼び寄せるために光を使うとは、驚くべき戦略ですね。本当に自然界は不思議に満ちています。
別所-上原:そうですね。いずれにせよ、サンゴは眼を持っている生き物がいることが前提で光っているのはほぼ間違いないだろうと思います。光スイッチ説を拡張した言い方をすれば、眼の登場は、被捕食者の外骨格だけではなく、生物発光をも進化させたのだとも言えるかもしれません。
日本は発光生物研究の楽園。その理由は全国にある「あの施設」
── 今後、研究を続けるなかで、先生が究極的に成し遂げたいことは何ですか?
別所-上原:光る生き物すべての発光の進化を明らかにした「発光全史」をまとめたいです。ただ、発光生物は系統樹で見ると100系統くらいあります。つまり、発光能力に関して100回くらい独立した進化を遂げているということです。100通りの別の進化の道筋があるという考え方ができるわけで、それぞれがユニークな発光の仕組みを持っているので、ゲノムを読むだけではなかなか答えにたどり着きません。それがこの研究の難しさでもあり、おもしろさでもあるのですが、やはり自分で飼育し、卵から成体まで観察して、個々の生物についてより深く知ることが、発光生物の進化を明らかにするためには必要です。
── 発光生物の飼育は面白そうですが、難しそうです。
別所-上原:おっしゃる通りです。発光生物はその大部分が深海の生き物ですからね。また、生物多様性保全に関わるさまざまな条約の問題もありますので、研究のために対象の生物を手に入れることが非常に難しいという点も課題のひとつです。
── 現在はどのようなアプローチで課題に向き合われているのですか?
別所-上原:たとえばひとつには、各地の水族館に協力をいただいています。日本中の水族館を巡って「こういう生き物を探しているのですが、見つけたら教えてください」と草の根活動のようにお願いしています。
── なるほど! たしかに水族館は心強い味方ですね。
別所-上原:はい。特に日本は各都道府県に最低でも1箇所以上、全国で100箇所以上も水族館がある、世界的にも珍しい国です。太平洋や日本海といった異なる海域、さらには黒潮や親潮といった異なる海流の影響により、周辺に多様な海洋生物が生息しています。それゆえ水族館も充実しており、多様な生物を収集し展示しているため、発光生物を含む研究対象を見つけるのに非常に役立っています。このように、実は日本という国は発光生物の研究にはとても恵まれた環境だと言えると思います。
── 発光生物の研究を続けていく上で、他にも課題になることはありますか?
別所-上原:課題と言いますか、発光生物を含む海洋生物学者全体が懸念していることとして、海底開発が挙げられます。地上のレアメタルやレアアースを掘り尽くした次は海を掘ろうという考えがあるのですが、発光生物に関して言うと、海底掘削によって巻き上げられた泥が光のシグナルを遮り、5億年も続いてきたいわば光の文化のようなものが撹乱される可能性があります。生態系への影響は計り知れません。世界中のより多くの人に発光生物や生態系について理解してもらうことを通じて、環境保全と豊かな暮らしを両立できる形で持続可能な自然や社会の実現に貢献したいと考えています。
他の人があまりやっていない分野は発見の宝庫
── 最後に、理系の大学生や若手の研究者にメッセージをいただけますか。
別所-上原:生物発光の基礎研究は、その可能性に反して研究者が非常に少ないブルーオーシャンな分野だと思っています。発光生物の研究は、オワンクラゲの緑色蛍光タンパク質(GFP)や蛍のルシフェラーゼが生命科学や医療の分野で革命的な役割を果たすことがわかって以降(※注)、それらを用いた応用的かつ実用的な技術開発の方にアカデミアのリソースのほとんどが割かれています。その一方で、基礎研究、つまり発光生物そのものの起源や進化、生態に関する根源的な問いに取り組む研究は非常に少ないのが現状です。
※注)発光生物が持つ蛍光タンパク質を生き物に導入することで目的のタンパク質を光らせ、動きや位置をリアルタイムで観察することができる。生命科学研究において不可欠な技術となっている。
── 研究者が少ないということは、チャンスが多いということでもありますね!
別所-上原:そうですね。生物発光の研究は、現在進行形でおもしろい発見がいくつも見つかる宝箱のような領域だと私としては思います。ピュアな好奇心に従って愚直に研究を深掘りしていけば、その先にサイエンスの世界全体にインパクトを与えるような発見が待っていると信じています。私自身もとても研究を楽しんでいますし、もっと多くの研究者がこの分野に挑戦してくれるようになると嬉しいです。
別所-上原 学(べっしょ うえはら まなぶ)
東北大学学際科学フロンティア研究所、助教。
愛知県名古屋市生まれ。名古屋大学出身。博士号を取得後、モントレー湾水族館研究所(MBARI)で博士研究員を2年間経験。帰国後、名古屋大学高等研究院の特任助教を経て、2024年より現職。ホタルや土中のトビムシ、磯のゴカイ、深海のサンゴなど様々な環境に生息する発光生物を研究対象とし、新たな発光生物の発見や未知の発光メカニズムの解明、発光生物の進化の謎の解明に力を注いでいる。妻は東北大学大学院生命科学研究科助教の別所-上原奏子氏で、別所-上原という姓は夫婦の姓を対等に併記した研究者としての通称。
(※所属などはすべて掲載当時の情報です。)
論文情報:
タイトル:Evolution of bioluminescence in Anthozoa with emphasis on Octocorallia
著者:Danielle M. DeLeo, Manabu Bessho-Uehara (現 東北大学), Steven H.D. Haddock, Catherine S. McFadden and Andrea M. Quattrini
掲載誌:Proceedings of the Royal Society B
DOI:10.1098/rspb.2023.2626
URL: https://doi.org/10.1098/rspb.2023.2626
プレスリリース:
名古屋大学
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2024/04/post-655.html
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リケラボ編集部より
発光生物の世界をもっと詳しく知りたい方に、ぜひご注目いただきたい書籍『発光生物のはなし ―ホタル、キノコ、深海魚……世界は光る生き物でイッパイだ―』が2024年10月1日に発売予定です。
本書は、リケラボにご登場いただいた中部大学応用生物科学科の大場裕一先生が編集を担当し、今回お話を伺った別所-上原先生が第8章「深海探査のはなし」、第13章「海底で光る生き物のはなし」、第15章「光る魚のはなし」を執筆されています。未知なる発光生物の魅力が詰まった一冊です。ぜひお手に取ってお楽しみください!