人間への工学的なアプローチ
概要
「ハドソン川の奇跡」という映画をご覧になったでしょうか。2009年、USエアウェイズ1549便がニューヨークの空港を離した直後にバードストライクに遭い、両エンジンが停止したものの、機長がその時の臨機な判断と高い操縦技量で機体をハドソン川に着水させ、乗員乗客全員が無事に生還したという実話に基づいた映画です。
実話映画ですから、もう少しだけネタバレを許してもらうとして…、機長と副操縦士は、その後の調査を行った国家運輸安全委員会(NISB)から、川に着水するような危険な意思決定をせず、セオリー通り、離した空港に戻るか、あるいは近隣の空港に代替着陸すべきだったのではないかと、そうすることが物理的には可能であることを示すコンピュータシミュレーションのデータも示しながら指摘されます。しかしそこで機長のサレンバーガーを演じるトム・ハンクスは、はっきりと言います。「そのシミュレーションには、ヒューマンファクターが考慮されていない」と。
人は、常に現実の状況の中を生きていて、いま五感で得た情報、過去の経験、自分に対する評価、また信念や価値観など、多くの要因を複合的に勘案して、次の一瞬の意思決定に臨みます。そこには当然、時間がかかるし、そしてまた良し悪しの確率も事後から見たものとは違う…。
科学技術の発展によって、個々の信号の測定技術や、測定されたものをパラメーターとして知りたい何かを予測したり評価したりする手法が著しく進化しています。でも、逆読みすると、世界は現時点で測ることができる要素だけで評価されているかもしれない。とりわけ人間が本当は何を思い何をしているのかについては、アリモノ(既在)のものさしではほとんど表せていないのかもしれない。パイロットの臨機な意思決定も、私たちの日常のささいな選択行動も。
どういうものさしを使ってヒューマンファクターをとらえ、どうやって今こうして動いている人間社会に活かしていくのか、自動化システムや AIが活躍しつつある今だからこそ、生身の人間に工学的な観点からアプローチすることへの新たな使命がまた拡がってきているようにも思います。