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大学・研究所にある論文を検索できる 「山地斜面における人為的な侵食加速の定量的評価と履歴復元:森林資源の収奪に対する応答としての土層の存続性変化と流域環境の遷移」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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山地斜面における人為的な侵食加速の定量的評価と履歴復元:森林資源の収奪に対する応答としての土層の存続性変化と流域環境の遷移

太田, 凌嘉 京都大学 DOI:10.14989/doctor.k24170

2022.09.26

概要

温暖湿潤気候下にある山地の大部分は,基盤岩石の風化生成物である風化岩と土層からなるレゴリスに覆われ,斜面には,それを生存基盤とする森林生態系が成立している.こうした流域の環境は,外的な営力に対する植生とレゴリスの緩衝機能によって恒常性を保っているが,地球表層環境に人間活動が大きな影響を及ぼすようになった人新世において,植生の更新を上回るペースで人為的な森林資源の消費が進むと斜面の侵食が加速し,土層が流亡して風化岩が露出した状態へと変貌することがある.いわゆるハゲ山の出現である.本研究では,造岩鉱物中に蓄積する宇宙線生成核種のひとつである10Beを用いて,ハゲ山が成立する過程で人為影響により削剥された斜面構成物質の厚みを定量化し,流域の環境遷移の履歴を復元した.また,森林植生被覆地と無植生の裸地という対照的な地表状態が現存する小流域をとりあげ,斜面を覆う土層の厚みと,その水理・力学的な性質を調査したうえ,10Beの分析により土層の生成速度を推定するとともに,植物根系による土層保持機能を定量的に評価した.これらのデータに基づき,人為影響により植生が消失すると,斜面では土層の生成と除去の量的なバランスが崩れて風化岩が露出し,それまでとは異なる機構と過程でレゴリスが削剥される別の状態へと遷移してしまうことを論証した.

本研究で対象としたのは,花崗岩を基盤とする滋賀県・田上山地である.ここでは継続的な森林資源の収奪により,土層が完全に喪失した履歴を持つ荒廃流域と,人為影響を免れて土層が斜面上に維持されている保存流域とが隣接して存在する.土層の発達程度と植被状態が異なる複数の小流域で渓流堆砂を採集し,石英中の10Be濃度を加速器質量分析によって測定した.その値から,保存流域における長期的な空間平均削剥速度は,200±39gm−2yr−1と求められた.荒廃流域では,保存流域に比べて系統的に小さな10Be濃度が得られ,その差分から,流域ごとに差異はあるものの,斜面上に存在する土層の厚み相当か,それよりもやや厚い0.3‒1.8m程度のレゴリスが,人為影響により流亡したことが明らかとなった.

対照的な流域環境の成立要因を検討するために,現存する荒廃流域と,代表的な保存流域において,土層の性状分析と植物根系の機能評価を行った.両流域を比較すると,荒廃流域の斜面は,粗粒で無機質な非粘着質の土層にごく薄く覆われているのに対し,保存流域の斜面では,細粒分に富み,相対的に粘着質な土層が,凸形尾根型斜面では比較的薄く,凹形谷型斜面では比較的厚く分布していた.また,保存流域の土層中では,樹木根系が深さ50−60cmまで顕著に分布しており,それによって発揮される付加的な粘着力の大きさは最大102kPa程度で,土層の厚みの関数として表現されうることが明らかとなった.保存流域における風化岩の10Be分析に基づき土層の生成速度を求めたところ,144±49gm−2yr−1の値が得られた.これは保存流域の削剥速度の範囲と重なっており,田上山地では元来,基盤岩石の風化による土砂の生産と削剥によるその除去とが,おおむね釣り合った状態にあったことを示唆している.

人為的な侵食加速に伴って流出した土砂は,いわゆるレガシーセディメントとして山麓の低地に堆積しており,流域の削剥履歴を記録しているものと考えられる.著しく荒廃した履歴をもつ田上山地北麓の流域下流部において堆積物をコアリングし,石英に含まれる10Beおよび埋没有機物中の14Cを分析したところ,谷底を埋積して低位段丘を形成しているレガシーセディメント中の10Be濃度は,浅部に向かって小さくなり,保存流域で得られた渓流堆砂中の10Be濃度に近い値から,荒廃流域のそれへと,過去300年の間に変化したことが明らかとなった.レガシーセディメント中に取り込まれた炭化物の年代は,数百年から四千年程度の範囲に分散しており,数千年スケールの滞留時間をもって斜面上に存在していた土層が,人為影響により短期間に流亡して,流域内の広い範囲が風化岩の露出した状態へと急激に変化したことが明らかとなった.この環境遷移のタイミングは,近隣で人口の急増した江戸時代初期以降に,森林資源の収奪が植生回復の速度を凌駕して行われ,治水において土砂流出の影響が顕在化したとする当地域の歴史記録とも整合的である.

総合すると,花崗岩のように,非粘着質な風化生成物をつくる岩石が基盤を構成する地質条件では,人間活動による過度な森林利用の継続に伴い,樹木根系による付加的粘着力が失われ,土層の性状が変化すると,斜面上に存在可能な土層の厚みが著しく減少してしまうことにより,植生とレゴリスによる被覆の状態が著しく異なる対極的な流域環境が成立しうることが示された.ひとたびそのような環境遷移が生じると,土層が失われたことによって植生が容易に回帰できず,元の状態への回復が難しくなるものと推察される.