抗MRSA薬の個別化投与設計に資するクリニカルファーマコメトリクスの応用
概要
【研究の目的】
本研究では、抗メチシリン耐性黄色ブドウ球菌 (MRSA) 薬について実際の患者治療に応用可能なファーマコメトリクスモデルを構築し、至適な個別化投与設計手法を探索した。
【第一章 テイコプラニン (TEIC) のファーマコメトリクス解析】(1)
TEIC を投与された 237 名の患者を対象に、TEIC の薬物血中濃度および有効性の指標である C-反応性タンパク (CRP) 濃度の変動を予測する母集団薬物動態・薬力学 (popPKPD)モデルを構築した。
最終的な popPKPD モデルを Table 1 に示す。モデルは、目的関数値を用いたカイニ乗検定の結果に基づき構築した。2-コンパートメントモデルでは 1-コンパートメントモデルと比較してデータへの当てはまりに有意な改善が認められたことから (p < 0.05)、TEIC の薬物動態 (PK) モデルとして 2-コンパートメントモデルを採用した。各 PK パラメータに対する体格の影響を、生物の基礎代謝が体重の 3/4 乗に比例するアロメトリー理論に基づき組み込んだ (Table 1 Equation [1₋4])。体格の指標として、各薬剤の PK に対する体組成の影響を考慮することが可能な normal fat mass を用いた (2)。また、TEIC のクリアランス (CL) に対する有意な共変量として腎機能が組み込まれた (p < 0.05)。血中の CRP 濃度は感染による炎症反応の惹起により増加し、TEIC 投与により感染が抑制されることで減少する。そこで、CRP 濃度の変動を TEIC が CRP の生成を阻害する間接反応 Imax モデルで表現した (Table 1 Equation [5, 6])。Imax モデルは最大阻害効果を 1 とするシグモイドモデル(ミカエリスメンテン様モデル)で表され、TEIC による阻害効果が最大の際に CRP の生成速度が 0 mg/dL/h となるように組み込んだ。最大阻害効果の 1/2 の効果を呈する時の TEIC 濃度 (IC50) は、2.66 mg/L と推定された。また、IC50 の個体間変動は 178%と大きく、症例によっては十分な治療効果を得るために平均血中濃度 50.0 mg/L 以上が必要であると示された。 popPKPD モデルによる TEIC および CRP 濃度の予測精度をvisual predictive check により視覚的に評価したところ、実測値および予測値は近似した推移を示しており、予測精度が良好であると示された。
構築した TEIC の popPKPD モデルでは、患者の体格、体組成、および腎機能の影響が考慮されており、幅広い患者層における TEIC および CRP 濃度の経時的な変動を予測することが可能である。
【第二章 小児感染症患者におけるリネゾリド(LZD) の薬物動態解析】(3)
日本人小児患者 15 名を対象に popPK 解析を実施し、小児患者におけるLZD のPK、LZDによる副作用および治療効果を評価した。
患者数 15 名と限られた症例数のデータであったことから、LZD のPK モデルは 1-コンパートメントモデルのみを検討した。成長に伴う体重および薬剤排泄機能 (CL) における成熟度の変動が LZD の PK に対する有意な共変量として組み込まれた(p < 0.05)。成熟度は成人の CL を 1 とするシグモイドモデルを用いて影響を評価した。LZD の CL が成人の半分の機能に達する出生後年齢は 2.06 か月であると推定された。この値は、LZD の CL が乳幼児期において年齢とともに著しく増加するため、成熟に伴う CL の大きな変動を考慮すべきであることを示している。LZD の主要な副作用である血小板減少症は 21.4%の患者で発現し、これらの患者における最小血中濃度 (Cmin) は発現しなかった群と比較して有意に高値を示した (p < 0.05)。また、CRP 濃度は全ての患者において治療開始時と比較して 50.0%以上の減少が認められた。
小児患者における LZD の PK に対する有意な共変量として、体格および成熟度が PK モデルに組み込まれた。また、小児患者では体重に基づく投与量調節が行われているのにも関わらず 21.4%の患者で血小板減少症が発現し、血小板減少症発現と Cmin に相関が認められた。
【第三章 LZD のファーマコメトリクスモデルにおける外部評価および投与設計支援ソフトウェアの開発】(4)
LZD の薬物血中濃度および血小板数の変動を予測する既報 3 つの popPKPD モデル (Model A, Sasaki et al. (5); model B, Boak et al. (6); model C, Tsuji et al. (7)) について、外部データを用いて予測精度を評価した。外部評価の結果に基づき、投与設計支援ソフトウェアを開発した。
外部評価用のデータとして、27 名の患者から LZD 濃度 93 ポイントおよび血小板数 401ポイントが得られた。予測精度は、絶対平均誤差 (MAE) および二乗平均平方根誤差 (RMSE) を用いて評価した。これらの値は、実測値と予測値がどの程度乖離しているかを表す値であり、値が 0 に近いほど予測精度が良いことを示す。LZD 薬物血中濃度の予測において、母集団平均法ではmodel C のMAE および RMSE が最も低値であり、3 つのモデルで最も予測精度が高いと示された。血小板数の予測においても model C の MAE および RMSE が最も低値を示した。この結果をもとに、予測精度の最も高い model C を用いて投与設計支援ソフトウェア Pycsim を開発した。
3 つの popPKPD モデルについて外部評価を実施したところ、LZD 薬物血中濃度の予測精度において model C が最も高い予測精度を示した。血小板数の予測においては 3 つのモデルにおいて大きな差は認められなかった。また、model C を基に開発した投与設計支援ソフトウェアは、簡便なデータ入力で LZD の薬物血中濃度および血小板数を予測することが可能であり、LZD の個別化投与設計を推進する上で有用なツールになると期待される。
【結論】
本研究では、抗MRSA 薬の個別化投与設計にファーマコメトリクスを応用することで、 TEIC および LZD の至適投与量や投与設計支援ツールを提案・提供することが可能となった。一方で、解析に用いるデータサイズやデータの質が本研究を遂行する上での難点であった。機械学習などを活用した医療データにおけるデータハンドリング技術や、医療現場において自動でデータを収集・管理するシステムを開発することが今後の課題である。