LMIによる大型アンテナの構造・制御システムの設計
概要
大型アンテナ・望遠鏡の駆動制御系では,その用途に伴って,高精度や低コストあるいは個別の仕様等がそれぞれに要求される場合があり,要求事項に対応して設計を行う必要がある.構造系の設計を先に固めた後に制御系の設計を行うことが多いが,構造・制御システムの同時設計で,より適切な解が得られれば,それが高精度や低コストにつながる可能性がある.アンテナ構造を高精度で駆動させるには,構造系の振動を抑えるため機械共振特性を考慮した制御ループの帯域を設定する必要があるが,機械共振特性を含めた構造系の設計を制御系設計と合わせて行うことにより,相反する要求を考慮した,より優れた設計を行える可能性がある.
従来の駆動制御系の設計は古典制御で行われており,制御ゲインの設定も経験に基づいて行っていることが多い.このように,実際に現代制御を適用するまでには至っておらず,海外では,現代制御である最適レギュレータ(LQG,Linear Quadratic Gaussian)を用いた例もあるが,今後さらに適用手法を見直して改善を図っていく余地があると思われる.
これらの背景を踏まえ,本研究では,近年制御系設計で注目を集めている線形行列不等式(LMI=Linear Matrix Inequality)を適用した.LMIはロバスト制御,多目的制御,ゲインスケジューリング制御の制御系設計問題や制御系を含む最適化問題(半正定値計画問題)に適用できる有効な設計手法であり,具体的な設計問題への展開として,本研究では,アンテナや望遠鏡にも用いられているトラス構造の振動特性を考慮した構造と制御の同時最適設計およびアンテナサーボ制御系のゲインスケジューリング制御や実際の制御系への機能拡張を行い,それぞれについて具体的なLMIによる設計方法の定式化とそれに伴う設計解の算出を行った.
本論文は,7章によって構成される.以下に,各章の構成と概要を示す.
第1章では,研究の背景と論文構成について述べた.
第2章では,トラス構造を対象として構造系の位相と形状および制御系のフィードバックゲインを設計変数とした構造系と制御系の同時最適設計を行うため,LMIの非共通解を用いた多目的制御系設計法を適用した.さらにトラス構造の位相を最適化するために,構造部材の有無を離散変数として取り扱い,混合整数計画問題として遺伝的アルゴリズムを組み合わせて,同時最適設計を行う方法を提案した.計算例として,3部材トラス構造の位相・形状と制御系の同時最適設計を行い,位相を含めた最適化による有効性を検証した.その結果,すべてのケースで評価関数値が改善し,全ケースを比較することで総合評価を得ることができた.3部材トラス構造から部材を削除して考えられる4ケースのうち最適な形態(位相)が得られるとともに,軽量化と振動抑圧特性を考慮した部材の断面積の最適解を得ることができた.
第3章では,第2章による結果を踏まえて,制御対象を節点が1つの単純な3部材トラス構造から節点が複数の一般的なトラス構造とするため,部材の有無や節点の有無を含めて,構造系の位相と形状,および制御系のフィードバックゲインを設計変数とした構造系と制御系の同時最適設計を一般的なトラス構造に拡張した.位相の最適化には離散的な変数を含めた組合せ最適化に有効であり,トラス構造の位相(形態)と形状の最適化問題でも有効と考えられる分枝限定法を適用した.大規模な構造の最適化を行うとその最適解から得られる特性や知見がわかりにくい場合があるため,モジュールレベルの比較的複雑な構造である6節点13部材トラスを設計対象として取り扱い,その適用可能性を確認するとともに,得られた最適構造形態の要因を分析し,構造形態(位相)や寸法(形状)を含めた制御系の同時最適化の有効性を検証した.結果として,比較的複雑なトラス構造へ適用可能であることを確認し,得られた最適構造形態について複数の面から評価を行い,最適化前後で改善されることを確認した.6節点13部材トラスについて検討を行い,荷重条件によっては,容易に類推できない最適形態が得られることを示した.
第4章以下では,第2~3章で得られた単純なトラス構造に対する結果を踏まえ,より実用的な大型アンテナの構造・制御システムの設計問題を考察した.大型アンテナや大型望遠鏡はAZ(Azimuth)軸とEL(Elevation)軸の2軸で構成され,それぞれ独立に駆動制御される.AZ軸の慣性モーメントはEL軸の角度状態により変化し,EL角度90deg付近の状態ではAZ軸の慣性モーメントが小さく駆動しやすいが,EL角度0deg付近ではAZ軸の慣性モーメントが大きく駆動しにくくなる.慣性モーメントが増加すると機械共振周波数が低下し,これに制約を受ける制御ループの帯域が小さくなり,制御性能が劣化する.従来の制御系設計では,慣性モーメントが最大となるパラメータで設計を行っているため,慣性モーメントが小さい領域では本来出せるはずの性能を有効に活用できていない.従来の制御系モデルは,駆動系のパラメータである慣性モーメントを固定値にした,線形時不変系として取り扱われてきたが,実際には,これは線形パラメータ変動(LPV=Linear Parameter-Varying)系であり,これを考慮した設計を行うことにより,制御系の高性能化が実現できた.このとき駆動軸の角度に対する特性変化が既知のため,ゲインスケジューリング制御を適用することにより,駆動軸の角度によらず制御系の特性を低下させることなく制御系を運用できることを示した.結果として,従来の古典制御方式と比較して,モーターの慣性モーメントよりアンテナの慣性モーメントが相対的に大きい場合の制御性能が大幅に改善された.現代制御の積分型サーボ系やゲインスケジューリング制御を大型アンテナ制御に適用した例は他では見られず,本研究の画期的成果と言える.
第5章では,第4章で適用したLPVシステムに対する積分型サーボ系の理論をランプ入力に対して定常偏差のないII型のサーボ系へ拡張して,非共通Lyapunov解に基づくゲインスケジューリング制御系の設計を行い,設計解の算出を行った.実際の制御系設計を考慮すると,これまで適用してきた積分型サーボ系は衛星や天体の追尾に必要なランプ入力に対して定常偏差が0にならないI型であり,静止衛星の追尾には適用できるが,衛星高度が低く速度が速い周回衛星や概ね一定速度で移動する天体の追尾には適用できない.この場合には,速度追従性を有するII型の制御系設計が必要になる.指令角度が一定速度となるランプ入力に対しても追従でき,従来の古典制御方式と比較して,モーターの慣性モーメントよりアンテナの慣性モーメントが相対的に大きい場合の制御性能が大幅に改善された.積分型サーボ系にII型の制御系を構築し,大型アンテナ制御に適用した例は他では見られず,本研究の画期的成果と言える.
第6章では,第4~5章で適用してきたLPVシステムに対する積分型サーボ系の理論においてフィードバックの種類・数による影響を検討するため,フィードバックゲインの特定成分だけを0に固定した状態において,フィードバックゲインとLyapunov解の双線形行列不等式(BMI=Bilinear Matrix Inequality)問題を解いて,逐次LMIを用いた設計解の算出を行った.これまで適用してきた積分型サーボ系では,モーターの角度と角速度,およびアンテナの角度と角速度の4種類のフィードバックが必要であったが,現場で用いられる実際の制御系では,モーターの角速度とアンテナの角度の2種類のフィードバックのみで,ある程度実用的な制御が可能となっている.センサやこれを制御装置で取り込む処理の追加を考慮すると,モーターの角速度とアンテナの角度の2種類のフィードバックだけで制御系が構成できることが望ましい.風圧トルクによる外乱抑圧特性に伴う誤差の評価を行い,2種類と4種類の状態フィードバックを用いたII型のサーボ系に適用し,逐次LMIを用いた共通Lyapunov解に基づくロバスト制御系および非共通Lyapunov解に基づくゲインスケジューリング制御系の設計計算を行い,両者の外乱抑圧特性の違いについて検討した.その結果,いずれの場合でも,LMIによる現代制御を用いた場合の外乱抑圧特性が古典制御の場合よりも大幅に改善された.
第7章では,結論と今後の課題を述べた.本研究の前半では,単純なトラス構造に対し,構造系と制御系の同時最適設計問題を考察し,その具体的方法論を提案するとともに提案法に基づく同時最適設計により,従来の構造のみの最適化では得られない最適構造が得られることを示した.本研究の後半では,前半の単純なトラス構造に対する結果を踏まえ,より実用的な大型アンテナの構造・制御システムの設計問題を考察した.AZ軸の慣性モーメントはEL軸の角度状態により大きく変化するにもかかわらず,従来の古典制御系では,この変化を適切に反映した制御系設計が行われていなかったが,本研究では,制御対象をLPVモデル表現し,現代制御の積分型サーボ系(I型・II型)を構築して,ゲインスケジューリング制御系を構成し,大幅な制御性能の改善を実現した.このような先進制御を大型アンテナの制御に適用した例は他にはなく,本研究の画期的成果と言える.本研究の今後の課題として,速度と加速度の制限(リミッタ)を含めたアンテナサーボ系を構築して,これに伴うロバスト制御系およびゲインスケジューリング制御系設計を行うことが挙げられる.リミッタを含めた設計によって,アクチュエータの物理的動作範囲を陽に考慮した制御ができるようになる.
本研究では,大型アンテナの構造・制御システムの設計にLMIを適用してその有効性を確認することができた.これに伴ってLMIを含む現代制御等による手法が実際の構造・制御システムに適用されて,性能の向上に貢献することが期待される.