Development and optimization of CRISPR-Cas9-based artificial transcription activator systems
概要
ゲノム編集の派生技術として知られる人工転写活性化システムは、幹細胞のリプログラミングや、がんをはじめとする疾患の治療およびモデリングヘの応用が期待されており、特にCRISPR-Cas9に基づいたツールの高効率化が進んでいる。最初に報告されたCRISPRベースの人工転写活性化システムでは、転写活性化因子であるVP64を、ヌクレアーゼ不活性型Cas9(dCas9)に直接連結する手法がとられたが、強くサイレンシングされた遺伝子への効果は不十分であった。これを解決すべく、dCas9-VPR、SAM、dCas9-SunTagに代表される、第二世代型のシステムが相次いで開発された。これらの共通点として、複数種類または多数分子の転写活性化ドメインを動員可能であることが挙げられる。しかしながら、SAMが比較的安定して高い効果を示すものの、最も効果的なシステムは、生物種、細胞種、標的遺伝子等の要因に強く依存することが示されており、人工転写活性化システムにはさらなる改善の余地が残されていると考えられた。そこで本研究では、より強力な転写活性化ツールの確立を目指して新規のシステムを構築すると共に、最適化に向けた検討を実施した。第一章では、因子のより高度な集積を狙い、SAMとSun Tagを組み合わせた新規のシステムを開発した。SAMがRNA結合ドメイン-因子連結(RBD effector)型の集積システムであることに対し、本システムはRNA結合ドメイン-タンパク質タグ連結(RBD-tag)型であり、1)標的とするDNA領域に結合するdCas9-VP64および改変型sgRNAの複合体、2)sgRNAに付与した2ヶ所のMS2配列に、それぞれ二量体として結合するMS2コートタンパク質(MCP)に改変型のSun Tag(22sTag)を連結した融合タンパク質、3)集積した22sTagの各GCN4エピトープに結合するscFv抗体に転写活性化因子を連結した融合タンパク質、の3要素からなる。本システムを、「Three-component Repurposed technology for Enhanced Expression(TREE)」と命名し、主にRBD effector型との比較を実施した。はじめに、ヒト膵臓がん由来のMIA-PaCa2細胞において、がん抑制遺伝子として知られるCDH1の転写、およびこの遺伝子がコードするE-カドヘリンタンパク質の発現量を、TREEではRBD-effector型よりも強く誘導することを示した。次に、HEK293T細胞におけるRANKL遺伝子の転写誘導においても同様の結果となり、TREEが細胞種・標的遺伝子非依存的に高い活性を有することが示唆された。第二章では、人工転写活性化システムのさらなる最適化のために、RNA-タンパク質結合システムを4種類(MS2、PP7、box B、com)、タンパク質タグシステムを3種類(22sTag、sfGFP11tag、Moon Tag)に拡張した。これにより、4通りのRBD-effector型、および12通りのRBD-tag型による因子の集積を比較可能にした。この一連のシステム群を「Effectors Accumulated by RNA sand Tags for High activity(EARTH)」コレクションと命名し、レポーターアッセイによる機能性の確認を経て、内在遺伝子座での活性比較を実施した。はじめにHEK293T細胞を使用し、RANKL、MMP9、CTCFL遺伝子座を標的に、p65-HSF1をEARTHコレクションの各システムで集積した場合の活性を比較した。効果の大小関係は、標的遺伝子座によって異なる傾向を示し、最適化のために多数のシステムを比較する意義が見出された。また、効果は集積する因子にも依存しており、p65-HSF1からVPRに変更すると、異なる傾向が見られた。次に、HEK293TおよびMCF-7細胞を使用し、安定して高い活性を示したシステムに絞って従来の第二世代型システムと比較すると、各細胞株・標的遺伝子座において、少なくとも1種類のEARTHコレクションのシステムが第二世代型を有意に上回り、本コレクションが転写活性化の最適化に有用であることが示唆された。以上、本研究では、はじめにRBD-tag型の新規の人工転写活性化システム「TREE」を構築し、従来のRBD-effectorに対する優位性を示した。より強力な転写活性化が可能になったことにより、エピゲノム異常による疾患の治療や、ゲノムワイドな活性化スクリーニングにおける効率の向上が期待される。次に、様々な種類のRBD-effectorおよびRBD-tagを揃えた「EARTH」コレクションを構築し、使用細胞株・標的遺伝子座に応じた転写活性化システムの最適化を可能にした。本技術は、転写の抑制、エピゲノム改変、染色体領域の可視化の最適化への応用や、これらの同時制御への利用可能性も見込まれ、バイオテクノロジーの進歩に大きく貢献することが期待される。