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大学・研究所にある論文を検索できる 「太平洋外洋域漂泳生態系における窒素および炭素安定同位体比の分布と変動要因」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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太平洋外洋域漂泳生態系における窒素および炭素安定同位体比の分布と変動要因

堀井, 幸子 東京大学 DOI:10.15083/0002002286

2021.10.13

概要

窒素は海洋一次生産の主要律速要因であり、その供給過程の違いは海域の生産性や食物連鎖構造に影響を与える。従来この窒素供給過程として深層の硝酸塩が重要であると考えられてきたが、近年、窒素固定や人間活動に由来する窒素の寄与が大きい海域の存在が指摘されている。しかし窒素供給過程の地理的分布の把握は難しく、そのため生食連鎖を通じた魚類生産への寄与も十分に理解されていない。海洋環境の変動が魚類生産や物質循環に与える影響を理解する為には、窒素供給過程と食物網構造の違いを海盆スケールで把握する手法が必要である。窒素および炭素安定同位体比を用いたダイヤグラムは、餌料源や栄養段階の推定手段として生態学で広く用いられている解析法であるが、外洋域では低次生産者の同位体比の分布や変動要因、栄養段階毎の濃縮係数など、基礎的な知見が十分に蓄積されておらず、その有効性は十分に吟味されていない。窒素固定や人為活動に由来する窒素は、深層の硝酸塩とは異なる同位体比を持つとされることから、本解析法の外洋生態系への適用は、窒素供給過程とそれらの魚類生産に対する寄与の理解に有効であると考えられる。以上の背景から、本研究では太平洋外洋域漂泳区にて、生態系構成要素の窒素および炭素安定同位体比の分布とその変動要因を海盆スケールで明らかにし、特に海洋の大部分を占める亜熱帯海域において、窒素供給過程の地理的特性と魚類生産との関連を解明することを目的とした。

中部太平洋における窒素および炭素安定同位体比の緯度変化
 深層からの硝酸塩供給は海洋物理構造に大きく支配され、緯度的に変動する一方、窒素固定は貧栄養な亜熱帯海域でしばしば活発になる。こうした窒素供給過程の緯度変化と食物連鎖構造の関係を把握するため、中部太平洋(170ºW)の40°S–68°Nで観測を行い、窒素固定活性や沈降粒子フラックスを含む現場環境データと、一次(懸濁態POM)、二次(ネットプランクトン)、三次生産者(魚類マイクロネクトン)の安定同位体比を得た。表層POMのδ15Nは亜熱帯以外の海域では表面硝酸塩濃度と、亜熱帯海域では窒素固定活性と、いずれも負の相関を示した。またPOMのδ13Cは熱帯、亜熱帯海域で表面水温と正の相関を示した一方、高緯度海域では環境要因との明瞭な関連は認められなかった。一次から三次生産者の同位体比に基づき、亜熱帯の生態系は、①高δ15N(>6‰)で新生産への窒素固定の寄与が小さい(0–16%)5–10°Nおよび10–15°S、②低δ15N(<2‰)で窒素固定の寄与が大きい(40–100%)15–25°Nおよび20–25°S、および③両者が中間的な30–35°Nおよび30–40°Sの3グループに分類できた。生食連鎖に伴うδ13Cの濃縮率は海域によらず一定なため、亜熱帯の3グループおよび赤道湧昇域の生食連鎖系はδ13C-δ15Nダイヤグラム上で、共通の傾きと異なるy切片を持つ回帰線で表せた。ハワイ諸島周辺で漁獲されたキハダの同位体比は、上述のグループ②の回帰線の延長に位置し、他の海域で漁獲されたキハダとは明瞭に異なるため、窒素固定者由来窒素が高次捕食者の生産に寄与していると考えられた。以上の観測結果から、窒素固定が高次捕食者に至るまでの生食連鎖に特に寄与している海域が、亜熱帯循環の中央部15–25°Nおよび20–25°Sに存在することが明らかになった。

北太平洋亜熱帯域における窒素および炭素安定同位体比の経度変化
 前章で窒素固定の寄与が最も大きいことが示された緯度帯において、この寄与の経度変化を検証するため、カリフォルニア海流域および北太平洋亜熱帯循環域23°N線上で夏季に観測を行った。窒素固定活性は亜熱帯循環域で高く、ハワイ諸島周辺をピークに山なりの分布を示した。表層POMのδ15Nは、カリフォルニア海流域では深層硝酸塩δ15Nと同程度であり、硝酸塩への依存度が大きいと考えられた。一方、亜熱帯循環域では深層硝酸塩よりも4–6‰低く、全域で窒素固定の寄与が大きいことが示唆された。また表層POMのδ13Cは、カリフォルニア海流域から亜熱帯循環域中央部では表面水温の上昇に伴い高くなったが、より西部の測点ではこうした関係性はみられなかったことから、亜熱帯域においても水温に加え、栄養塩濃度勾配に起因する一次生産者群集組成の違いなどがδ13C変動に影響すると考えられた。各栄養段階間のδ13Cの濃縮率は前章の結果と一致し、観測海域の生食連鎖構造を示すδ13C-δ15Nダイヤグラムの回帰線は、カリフォルニア海流域と亜熱帯循環域中西部(140°Wから137°E)のそれぞれで、前章における窒素固定の寄与の小さい海域(①)と大きい海域(②)のものに対応した一方、東部(120–140°W)では両者の中間的な位置に現れた。さらに、沈降粒子試料解析から亜熱帯循環域中部(140°W–160°E)では新生産への窒素固定の寄与は42–92%と大きいことが示され、同位体比解析を支持する結果が得られた。
 続いて、大気降下物の寄与が大きいとされる西部北太平洋において、これらが生物中δ15Nに及ぼす影響の検証を、現場POMδ15N、現場乱流観測データ、大気降下物定点観測データを用いて行った。窒素固定、深層からの硝酸塩の拡散および大気降下物を窒素源とした場合、大気降下物由来のδ15Nは0.9から6.3‰と推定され、一次生産者のδ15Nを低下させる可能性はあるものの、供給量あたりの影響は窒素固定由来の窒素(-2‰)と比較して小さいことが示された。さらにこの海域のPOMδ15Nは、人為起源窒素の寄与が相対的に大きくなる冬季と比較し、窒素固定が盛んな夏季で低かった。そのため、当該海域の生物中δ15Nを夏季に低下させる要因としては、陸起源の窒素よりも窒素固定が妥当であると結論した。以上を踏まえると、西部北太平洋は中西部と比較して窒素固定活性は低いが、新生産に占める窒素固定の寄与は大きい海域であると考えられた。

北太平洋亜寒帯域における炭素安定同位体比の変動要因
 高緯度海域では、低次生産者のδ13Cが熱帯、亜熱帯外洋域と比較し大きく変動するが、この変動の原因は明らかではない。そこで北太平洋亜寒帯域で6–7月に観測を行い、環境データと低次生産者の安定同位体比を得た。観測海域の環境は145°Wを境にHNLC海域である西部と、春季ブルーム後の硝酸塩制限海域である東部に分けられた。これまで変動要因として指摘されてきた水温、一次生産者のサイズおよび増殖速度はいずれもPOMδ13Cと相関せず、西部において現場のクロロフィルa濃度とのみ正の相関を示した。このことから一次生産者のδ13Cは、過去に経験した春季ブルームや鉄供給イベント時の高い増殖速度を反映すると考えられた。ネットプランクトン、および懸濁物食性カイアシ類Neocalanus cristatusのδ13Cはいずれも表層POMの値と相関したが、その差は測点ごとに異なり、さらにネットプランクトンのδ13Cは表面水温と重相関を示した。すなわち高緯度海域では、一次から二次生産者へのδ13Cの濃縮率は測点間で一定ではないものの、二次生産者のδ13Cが現場の生産性や物理環境の指標になると考えられた。

安定同位体比地図からみた太平洋外洋域の生物生産構造
 これまで得られたデータに既報値を加え、太平洋全域でPOMおよびネットプランクトンのδ15Nおよびδ13C分布地図を作成した。この地図において、δ15Nは高緯度海域では有光層に供給された硝酸塩の収支を、熱帯、亜熱帯海域ではこれに加え窒素固定や脱窒の影響を反映し、海域間で大きく異なった。そこでこの地図を用い太平洋中西部において高次捕食者(キハダ、メバチ、ビンナガ)の分布を制御する環境要因を調べたところ、いずれの種も表面水温およびクロロフィル濃度と相関したことに加え、メバチおよびビンナガではPOMのδ15Nともそれぞれ正および負の重相関を示した。このことから、窒素循環の海域ごとの違いは一部の高次捕食者の分布に影響を与えている可能性がある。また、一次生産者のδ15Nをもとに亜熱帯海域を窒素固定の寄与が異なる三つの海域に分類し、それらと赤道湧昇域、移行域の間で漁獲量を比較したところ、一次生産に対する努力量あたりの漁獲量は、硝酸塩が枯渇した亜熱帯海域と、窒素固定の寄与が大きい亜熱帯海域で最大となった。以上より、亜熱帯貧栄養海域は一次生産は低いものの、漁業生産効率は高い可能性が示された。一方ネットプランクトンδ13Cの地理分布は、亜熱帯海域で最も高く、移行域および夏季の高緯度硝酸塩制限海域、夏季のHNLC海域の順で低くなった。このような海域間の明瞭な違いは水温に加え、一次生産者の生産性を反映していると考えられるため、今後δ13Cは高次捕食者の移動経路推定や、海域の生産性の評価に利用できる可能性がある。

 以上、本研究は、太平洋外洋域漂泳区生態系における窒素および炭素安定同位体比解析により、亜熱帯外洋域の窒素固定者が生食連鎖の基点として魚類生産に寄与していることを現場調査により初めて明らかにし、その相対的重要性は海域毎に明瞭に異なること、その地理的変動が高次捕食者の分布や生産に影響を及ぼしている可能性を指摘した。一方、高緯度海域では炭素安定同位体比変動が食物連鎖構造解析において重要であることを示し、海域の生産性の指標となることを明らかにした。以上の結果は、太平洋外洋域の窒素供給過程や食物連鎖構造を海盆スケールで理解するための基盤となる知見であり、窒素炭素安定同位体比解析が外洋域生態系変動の把握において有効であることを示している。

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