The effect of scan methods by intraoral scanner on trueness and precision of scanning data
概要
近年,デジタル技術を用いた歯科医療,いわゆるデジタルデンティストリーが飛躍的に進歩し,インプラント手術支援システムや歯科用CAD/CAMの普及など歯科治療や歯科技工作業の工程に大きな変革を与えてきた。さらに,最近では様々な口腔内スキャナー(IntraoralScanner)が開発され,口腔内スキャナーを用いた光学印象法による補綴物の製作が普及し徐々に臨床応用されつつある。口腔内スキャナーによる光学印象の精確さは従来のシリコーン印象法と同等であり,単独歯や少数歯欠損のインプラント症例においても高い位置再現性を有すると報告されている。
しかしその一方で,多数歯欠損に関する報告は少なく,さらに,口腔内スキャナーによる光学印象法は撮影画像をパノラマ写真のようにつなげてデータを作成しているため,印象範囲が広範囲になると再現性が低下するという報告もある。
そこで本研究では,口蓋部や欠損歯部にガイドラインを設け,それを指標としてスキャンし,スキャンの始点と終点をつなげることで,データの重ね合わせによる誤差を取り除くことができるのではないかと考えた。本研究は上顎右側臼歯部2歯欠損の全顎印象と上顎右側臼歯部4歯ブリッジの全顎印象において,この口腔内スキャナーによる新しい印象法がスキャンデータの真度と精度に与える影響を明らかにすることを目的とした。
本実験で用いた模型は,右側第二小臼歯と第一大臼歯が欠損した2色レジン製上顎模型(以下,模型Ⅰ)と,模型Ⅰの右側第一小臼歯と第二大臼歯が支台歯形成された模型歯に置き換えられた模型(以下,模型Ⅱ)である。模型Ⅰの両側中切歯正中部,両側の犬歯尖頭,両側第一小臼歯頬側咬頭頂,両側第二大臼歯遠心頬側咬頭頂と,模型Ⅱの右側第一小臼歯支台歯の両咬頭頂部,右側第二大臼歯支台歯の遠心両咬頭頂部,両支台歯の近遠心面に0.6mmのリテンションビーズを付与した。
模型Ⅰの口蓋部に,両側の第二小臼歯同士と第一大臼歯同士を結ぶようにスキンマーカーとボールペン型修正液を用いて左右に2本の線を引いた模型と,スキンマーカーとボールペン型修正液を用いて両側の中切歯と側切歯の歯間部から咽頭方向に向かって前後に2本の線を引いた模型の4種類を用意した。それらに通常の未処理の模型を加えた合計5種類に分け,それぞれの条件下で口腔内スキャナーによる全顎印象を10回ずつ行い,得られたデータをSTL形式で出力した。その後,両側犬歯尖頭,両側第一小臼歯の頬側咬頭頂,両側第二大臼歯の遠心頬側咬頭頂,両側中切歯正中部と右側第二大臼歯,両側中切歯正中部と左側第二大臼歯のリテンションビーズの中心間距離を3D設計ソフトウェア3-maticを用いて20回ずつ測定し,その平均を測定値として10個の測定値を算出した。模型Ⅱでは,欠損歯部にスキンマーカーとボールペン型修正液で近遠心的または頬舌的に2本の線を引いた模型4種類と未処理の模型の合計5種類に分け,同じくそれぞれの条件下で口腔内スキャナーによる全顎印象を10回ずつ行った。その後,両支台歯の舌側咬頭頂同士,頬側咬頭頂同士,第一小臼歯支台歯遠心面と第二大臼歯支台歯近心面,第一小臼歯支台歯近心面と第二大臼歯支台歯遠心面の4箇所のリテンションビーズの中心間距離を模型Ⅰと同様の方法で20回ずつ測定し,その平均を測定値として10個の測定値を算出した。
本実験ではレーザー光デスクトップ型スキャナーAadvaScanD810にて未処理の模型Ⅰ・Ⅱをスキャンしたデータを「基準データ」とした。基準データにおいても同様に10回のスキャンを行い,同様の方法で二点間距離を測定することで基準データの各距離の平均値を算出し,それらを本実験の「基準値」とした。なお本実験では,各印象法で得た各距離の平均値を基準値と比較した時の一致度を「真度」,各距離の平均値と得られた10個の測定値を比較した時の誤差のばらつきを「精度」とした。口腔内スキャナーによる各スキャンデータから算出したそれぞれの距離を比較することで,模型Ⅰ,Ⅱにおいてそれぞれの印象法が真度と精度に与える影響を検討した。また,3D測定データ評価ソフトウェアGOMinspect2020を用いて,基準データとの三次元的な比較も行った。口腔内スキャナーにはTrophy3DIPROを使用し,統計分析は二元配置分散分析を行い,Scheffeの多重比較法による下位検定を行った。
模型Ⅰにおいて,各印象法により口腔内スキャナーで得たデータは基準データに比べ全体的に歯列の左右幅が大きくなる傾向を示し,計測幅が大きくなるにつれて基準値からの誤差も大きくなる傾向にあった。それに反し,前後的な歯列幅は基準値に比べて小さくなる傾向を示し,GOMinspect2020による三次元的な比較においても同様の傾向が確認できた。また,スキンマーカーで口蓋に左右,前後に2本の線を引いた印象法において基準値との誤差が比較的小さくなり,グラフ上でも真度が高くなる傾向が見られたが,二元配置分散分析の結果スキンマーカーで前後に2本の線を引いた印象法においてのみ他の方法に比べ統計学的に有意に真度が高くなった。精度においては,計測箇所によって未処理よりも比較的ばらつきが少なく精度が高くなる印象法が確認できたが,二元配置分散分析の結果,スキンマーカーで前後に2本の線を引く印象法においてのみ統計学的に有意な差を認めた。
模型Ⅱでは,近遠心的にスキンマーカーで2本の線を引いた印象法のみが全ての距離において未処理に比べ平均値が基準値に近い値を示した。また,模型Ⅱでは各測定距離が全体的に基準値よりも短くなる傾向が見られ,この傾向は三次元的な比較においても確認できた。また,二元配置分散分析の結果,欠損歯部にスキンマーカーで近遠心的に2本の線を引く印象法において,真度と精度が高くなる傾向を示した。
以上の結果より,模型Ⅰにおいて口蓋部に両側の中切歯と側切歯の歯間部から咽頭方向に向かって前後に2本の線を引いて口腔内スキャナーで口蓋部を含めて全顎印象を行い,スキャンの始点と終点をつなげることでスキャン真度と精度を向上させる可能性が示唆された。また,模型Ⅱにおいて欠損歯部に近遠心的にスキンマーカーで2本の線を引いて口腔内スキャナーにより全顎印象をすることで,支台歯間のスキャン真度と精度を向上させる可能性が示唆された。