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分単位の経過時間をエンコードするラット海馬の神経発火の同定

鹿野, 悠 東京大学 DOI:10.15083/0002002528

2021.10.15

概要

【背景・目的】
 海馬は、「いつ・どこで」という時空間情報に基づく内容を含む「エピソード(様)記憶」の形成に関わる。こうした記憶の神経機構を解明するため、単一細胞レベルでの海馬の神経発火パターン解析が盛んに行われてきた。特に、場所細胞の発見によって、海馬が空間情報をエンコード(符号化)するメカニズムの一端が解明された(2014年ノーベル生理学医学賞)。一方、エピソード(様)記憶を構成するもう一つの要素である時間情報の処理を担う神経基盤はほとんど明らかではない。そこで本研究では、海馬の時空間情報処理に関わる神経基盤のうち、特に「時間情報」のエンコーディングの解明を目的とした。モデル動物として用いたラットでは、経過時間の長さ(どれくらい前の出来事であるのか)を認識できることが知られている。これを可能にする神経機構としては、時間軸上で離れた過去の状況の記憶と、現在の状況を関連付けて処理するような複雑な情報処理機構が必要であると考えられる。これまでに、様々な時間長のスケール(数ミリ秒、数秒、数分)のうち、数秒単位の時間経過において、時間選択的に発火する海馬の神経細胞が見出されてきた。一方でそれよりも長い時間、例えば分単位における神経発火と経過時間の相関は明らかになっていない。特に時間計測(ここでは前向き時間計測)を行わせることが出来る分単位の行動課題は従来存在しなかった。そこで本研究では、数分単位で経過時間をエンコードする神経細胞の発見を目的とし、独自の行動実験系の構築を行った。さらに、自由行動下の動物から多数の神経細胞の発火を同時記録する手法を確立し、単一細胞の発火が数分単位の経過時間をエンコードしていることを示した。

【結果と考察】
1. 行動試験の構築と行動解析
 動物に分単位の概念を学習させた先行研究は極めて少なく、適切な行動試験法も存在しない。本研究では、動物でも経過時間の行動相関が観察しやすい「前向き時間計測」を応用した行動課題を設計した。そして、『5分待ち課題』と呼ぶ独自の行動課題を構築した。本課題でラットは5分おきに、特定のエサ場において提示されるエサを報酬として能動的に獲得するように訓練された。この訓練は、18-43日かけて行った。エサは25cm四方の狭い課題部屋の一角にあるエサ場から5分おきに3秒間だけ提示された。十分に訓練を施した個体を観察すると、エサ場をのぞき込む行動(エサ場確認行動)を頻繁に行っていた。エサ場確認行動はエサの提示を期待して生じる行動であるため、動物の時間認知を推定する指標になりうると考えた。そこで、時間情報量という指標を用いて、エサ場確認行動割合の時間変化量を定量的に評価することにした。このデータと、時間情報をシャッフルしたランダムデータ(1000回実施した)とを比較してZ値を求めた。すると、実際のデータはランダムデータと比較して、エサ場確認行動の分布が有意に経過時間に依存していた(有意水準99%として)。このことは、ラットが5分間の経過時間の情報をもとに、経過時間選択的に行動を変化させていることを示唆している。次に、エサ場確認行動に海馬が関与しているかを検証した。両側の海馬にムシモールを投与(0.1mg/ml, 1ul/side, 0.2L/min)して、5分待ち課題を行わせた。すると、経過時間選択的なエサ場確認行動は見られなくなり、時間情報量はコントロール群と比較して有意に低下した。また、エサ場確認行動自体はムシモール投与でも同様に生じており、課題のルールを理解できなくなったわけではないことが示された。したがって5分待ち課題で見られたエサ場確認行動の経過時間選択性に海馬が関与していることが示唆された。

2. 時間経過をエンコードする神経発火の同定
 5分待ち課題を確立した後、十分に訓練されたラットから自由行動下で神経細胞の発火を記録した。これを可能にするために記録電極(テトロード)を装填した電極セット(頭部固定型微小記録装置)を独自に設計・制作し、海馬と線条体にテトロードをそれぞれ8本ずつ刺入した。線条体は秒単位の経過時間の知覚に重要な脳領域として知られているため、先行研究との比較検証を目的として記録した。この技術を駆使し、ラット1匹あたりから、海馬から3-46細胞、線条体から2-16細胞に由来する神経発火を同時記録することに成功した。発火解析の結果、5分間の待ち時間中に、時間経過に伴って発火頻度が徐々に変化していく神経細胞が見られた。そこでエサ場確認行動の例と同じく、時間情報量を計算して経過時間への選択性を定量的に評価したところ、海馬と線条体で共に有意に時間情報をエンコードする神経発火が観察された(海馬では記録細胞のうち17%、線条体では16%の細胞が該当した)。このような分単位の経過時間をエンコードしていると考えられるすべての細胞に関して、個々の発火活動が最大となる時間を求め、その時間が0分に近い順に並べなおして平均発火頻度を解析した。その結果、発火活動が最大となる時間は5分の待ち時間にわたって広く分布しており、領域全体として見た際には発火列が形成されているようであった。すなわち個々の細胞が特定の時間に活動することでネットワークとして5分が表現されている可能性が考えられる。この様な分単位の発火列は世界初の報告である。

3. 経験が時間経過のエンコードに与える影響の解析
 分単位の時間経過のエンコードは、5分待ち課題を学習する前から存在するのだろうか。それとも5分待ち課題を経験して、5分という時間長を繰り返し経験することで初めてエンコードすることが出来るようになるのだろうか。この疑問を検証するために、5分待ち課題に初めて取り組むラットから神経活動を記録することにした。これを5分待ち課題(新奇)と表現する。しかし初めて課題部屋に入れただけではラットはエサが提示されることすらも分からず、適切なエサ場確認行動をとることはしないだろうと考えられる。そこで記録に先立って訓練を行った。その訓練ではエサを提示する待ち時間を4-20秒という極めて短い時間幅にランダムに設定した。こうすることで、5分を事前に経験することなしに、エサ場からエサを獲得することだけを学ばせることが出来た。そしてその個体から5分待ち課題(新奇)の記録を取った。この場合であっても、ラットは80%以上のエサ提示においてエサを獲得することに成功した。しかしながらエサ場確認行動は時間選択的ではなかった。どの時間帯においても一定の割合でエサ場確認行動を行っていた。次に、この時の神経発火を解析した。ここでは、課題を前半と後半のそれぞれのトライアルに分けて解析した。その結果、ある細胞においては、課題の前半では経過時間をエンコードしているような発火は見られず時間情報量もランダムレベルだったものの、課題の後半では3分以降に発火頻度が高くなるという発火様式に変化し有意に経過時間をエンコードした細胞が見られた。このように、時間情報量が課題の後半に行くにしたがって徐々に増加していった細胞が多く見られ、反対に課題の初期に経過時間をエンコードしているような細胞はほとんど見られなかった。すなわち、神経発火レベルにおいては5分待ち課題の途中から経過時間をエンコードするようにその発火様式を変化させていくと考えられる。したがって、5分待ち課題における分単位の経過時間のエンコードは、主に経験を通して形成されていくことを強く示唆した。

【総括】
 本研究は、新規の行動課題「5分待ち課題」の構築と独自の大規模記録法の確立を通して、従来検証されてこなかった数分単位の経過時間をエンコードする神経発火を海馬と線条体で発見するに至った。その発火頻度の最大値をとる時間帯は細胞ごとに異なっていた。そのため5分の待ち時間中には多数の細胞がそれぞれに特有の時間に発火していくことで、数分単位という長い時間をネットワークとしてエンコードすることも可能にしていることが示唆された。さらに、5分待ち課題に初めて取り組んだ場合でも、数トライアルの経験をするだけで一部の細胞は経過時間をエンコードするようになった。このような海馬の時間情報のエンコードによって、個体レベルでも経過時間に基づいた適応的な行動(エサ場確認行動)がもたらされていると考えられる。
 本研究は、外界の認識に不可欠な時間知覚の神経基盤に迫ったという点、そして記憶をつかさどる海馬が、数分単位の時間経過のエンコーディングに関与していることを示唆した点で有意義なものである。

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参考文献

1. Shikano, Y., Ikegaya, Y., Sasaki, T., Monitoring brain neuronal activity with manipulation of cardiac events in a freely moving rat, Neuroscience Research, the Japan Neuroscience Society, volume 136, pp 56-62, 2018

2. Shikano, Y., Sasaki, T., Ikegaya, Simultaneous Recordings of Cortical Local Field Potentials, Electrocardiogram, Electromyogram, and Breathing Rhythm from a Freely Moving Rat, Journal of Visualized Experiments: JoVE, Journal of Visualized Experiments, e56980, 2018

3. Yagi, S., Igata, H., Shikano, Y., Aoki, Y., Sasaki, T., Ikegaya, Y., Time-varying synchronous cell ensembles during consummatory periods correlate with variable numbers of place cell spikes, Hippocampus, John Wiley & Sons, volume 28, issue 7, pp.1–13, 2018

4. Norimoto, H., Makino, K., Gao, M., Shikano, Y., Okamoto, K., Ishikawa, T., Sasaki, T., Hioki, H., Fujisawa, S., Ikegaya, Y., Hippocampal ripples down-regulate synapses, Science, American Association for the Advancement of Science (AAAS), Vol. 359, Issue 6383, pp. 1524-1527, 2018

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