G-quadruplex-forming nucleic acids interact with splicing factor 3B subunit 2 and suppress innate immune gene expression
概要
◆ 序論
連続したグアニンに富む1本鎖DNAおよびRNAは,グアニン四重鎖(G4)と呼ばれる高次構造を形成する.遺伝子内で形成されたG4は転写や翻訳を制御することが報告されている.ゲノム上で最も代表的なG4形成配列として,染色体末端のテロメア繰り返し配列(TTAGGG)nが挙げられる.テロメアは染色体末端を保護するが,この配列は細胞分裂のたびに短縮するため,正常細胞の分裂回数は有限である.がん細胞はテロメラーゼと呼ばれる逆転写酵素を活性化してテロメア長を維持するため,無限増殖が可能である.しかしながら,がん細胞はしばしば正常細胞よりもテロメアを短く維持する(Barthel et al., 2017, Sommerfeld et al., 1996).がん細胞が短いテロメアを保持することの合理性を説明しうる現象として,ヒトがん細胞のテロメアを人工的に伸長させると,免疫不全マウスの皮下に形成させたゼノグラフト腫瘍において,親株細胞由来の腫瘍で見られる自然免疫遺伝子群の発現誘導が生じなくなる(Hirashima et al.,2013).自然免疫応答は本来,生体異物の排除に働くが,がんの予後不良にも繋がることが知られている.上述のテロメアを伸長させたがん細胞株では,TERRAと呼ばれるテロメア転写産物が増加する.腫瘍内微小環境を模倣した3次元(3D)培養法を用いてTERRAを模倣したオリゴ核酸を親株細胞に導入すると,自然免疫遺伝子の発現誘導が抑制される(Hirashima and Seimiya, 2015).これらの結果は,腫瘍内微小環境において,G4が自然免疫遺伝子の発現を制御するトランス因子として機能することを示唆している.しかし,G4がどのような機序で自然免疫遺伝子の発現を制御するのかは不明である.そこで本研究では,これを明らかにすることを目的として以下の研究を行った.
◆ 実験材料と方法
ヒト前立腺がんPC-3細胞を2Dまたは3D培養条件下で播種し,各種オリゴ核酸を導入して72時間培養した.G4安定化物質(G4リガンド)Phen-DC3は1〜3µMで72時間,スプライシング阻害剤pladienolide Bは0.5〜1µMで6〜24時間処理した.遺伝子発現は逆転写-定量PCR法およびRNA-seq法,タンパク質発現はウェスタンブロット法で解析した.細胞抽出液をG4形成オリゴ核酸ビーズと混和し,共沈物をG4結合タンパク質として液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS/MS)で同定した.個別のタンパク質の共沈についてはウェスタンブロット法で評価した.RNAスプライシングはPCR法およびRNA-seq法で解析した.
◆結果
PC-3細胞の3D培養時に観察される,自然免疫遺伝子(ISG15,STAT1,OAS3)の発現誘導に対する様々なオリゴ核酸の影響を調べたところ,テロメア配列(ttaggg)4をはじめとする種々のG4形成1本鎖オリゴ核酸(以下,G4核酸)が抑制効果を示した.2本鎖核酸やG4形成配列を持たない1本鎖オリゴ核酸ではそのような効果は認められなかった.G4核酸は自然免疫応答を媒介するSTAT1の活性化型リン酸化およびISG15タンパク質も減少させた.LC-MS/MS解析で同定した種々のG4結合タンパク質のうち,スプライシング因子であるSF3B2(splicing factor 3b subunit 2)をノックダウンすると,上述のG4核酸と同様の遺伝子・タンパク質発現抑制効果が確認された.G4核酸はSF3B2の発現自体には影響を与えなかった.一方,3D培養下のPC-3細胞にPhen-DC3を処理するとISG15の発現が亢進した.Phen-DC3はさらに,ISG15発現に対するG4核酸の抑制効果を解消した.試験管内プルダウン実験により,Phen-DC3はG4核酸とSF3B2の結合を阻害することが見出された.本研究におけるSF3B2のノックダウン条件では,pre-mRNAのスプライシングに対する影響はほとんど検出されなかったのに対し,陽性対照として用いたスプライシング阻害剤pladienolide Bはスプライシングを顕著に抑制した.SF3B2ノックダウン細胞とpladienolide B処理細胞のRNA-seqデータを取得し,遺伝子オントロジー解析を行ったところ,SF3B2ノックダウン細胞はG4核酸を処理した細胞と同様に自然免疫関連遺伝子群の発現低下を呈した.一方,pladienolide B処理細胞ではそのような遺伝子発現変動は認められなかった.
◆考察
外来性の核酸は本来,STING経路などを介して自然免疫応答を惹起するが,G4核酸はこれとは対照的に,自然免疫遺伝子群の発現抑制に寄与することが示された.一連の実験結果から,腫瘍内微小環境においてSF3B2が自然免疫遺伝子群の発現を促進する一方,G4核酸はSF3B2と結合することでSF3B2の機能を阻害し,自然免疫遺伝子の発現を抑制する可能性が示唆された.今回の発見はスプライシング制御とは異なるSF3B2の新たな機能を提示するものであるが,G4がどのようにSF3B2と結合し,どのようにその機能を修飾するのかについては今後の課題である.先行知見も踏まえると,内因性G4核酸であるTERRAが自然免疫遺伝子の発現を抑制する可能性が推定される.自然免疫遺伝子群の発現はがんの増悪化にも関与しており,がん細胞はテロメアを短く保つことでTERRAすなわちG4核酸のレベルを減少させ,SF3B2による自然免疫遺伝子群の発現を促進しているのかもしれない.