Mathematical analysis of evolution equations in curved thin domains or on moving surfaces
概要
本論文は第 1 章が全体の導入, 第 2 章から第 6 章が独立した論文からなる全 7 章で構成されている. 各章で用いる記号が異なるため, 以下では混乱を避けるために文章での説明を行う.
第 2 章から第 5 章では静止または動く超曲面に退化する曲がった薄膜領域上の放物型方程式を考える. 薄膜領域とは空間内のある方向への幅が他の方向に対して非常に小さい領域である. 薄膜領域上の偏微分方程式の研究は Hale–Raugel (1992) の研究に始まり, 以降多くの研究者が低次元領域に退化する平らな薄膜領域上の方程式の適切性や薄膜領域の退化に関する特異極限問題 (退化集合上の極限方程式の導出や元の方程式との比較) について研究を行ってきた. また, 低次元多様体に退化する曲がった薄膜領域については Schatzman (1996) などが超曲面に退化する薄膜領域上のラプラス作用素の固有値の漸近挙動を調査している. しかし, Temam–Ziane (1997)によるナヴィエ・ストークス方程式の研究や Prizzi–Rinaldi–Rybakowski (2002) による反応拡散方程式の研究などを除き, 曲がった薄膜領域上の発展方程式の研究はほとんど行われていない.また動く薄膜領域上の偏微分方程式の研究も少なく, Elliott–Stinner (2009) による動く曲面上の移流拡散方程式の拡散界面近似や Pereira–Silva (2013) による低次元の静止領域に退化する動く薄膜領域上の反応拡散方程式の研究はあるが, 薄膜領域の退化集合が動く場合に未知の極限方程式を導出した例はない. 曲がった薄膜領域や動く薄膜領域上の偏微分方程式の研究が少ない理由は, 薄膜領域の境界と退化集合の形状の複雑さや運動が方程式の解析を困難にしているためである. 本論文の目的はそのような困難を克服する数学的手法を提案し, 曲がった薄膜領域の境界とその退化曲面の形状や運動が薄膜方程式や極限方程式に与える影響を調査することである.
第 6 章では動く曲面上の 1 階ハミルトン・ヤコビ方程式を考える. 動く曲面上の偏微分方程式は流体力学や生物学などへの応用の観点から近年特に注目されている研究対象であり, 様々な研究者が方程式の適切性や数値解析などの研究を行っている. 本論文では動く曲面上の新しい種類の偏微分方程式としてハミルトン・ヤコビ方程式の研究を行い, 方程式に対する粘性解の存在と一意性の証明, 数値計算スキームの導入, および数値解と粘性解の誤差評価を行う.
以下, 第 2 章から第 6 章について個別に説明する.
第 2 章 動く薄膜領域上の熱方程式に関する膜の厚さゼロでの特異極限問題
第 2 章では動く閉超曲面に退化する薄膜領域上の熱方程式のノイマン型初期値境界値問題を考え, 熱方程式の変分解 (L2 弱解) の膜の厚さゼロの極限での挙動を調査する. 具体的には変数変換により薄膜領域上の積分を退化超曲面とその法線方向への重積分に変形し, 熱方程式の変分解に対して積分の変数変換で現れるヤコビアンを重さ関数とする重み付き積分平均を取って解析を行う. その結果, 熱方程式の変分解の積分平均が膜の厚さゼロの極限で退化超曲面上の適切な関数空間内で弱収束し, その弱極限が動く退化超曲面上の極限方程式の唯一の変分解になることを示した. この極限方程式は動く超曲面の平均曲率および法線方向速度を含む線形拡散方程式であり,動く曲面上の局所的な質量保存則に対応している. なお, 本章の結果は薄膜領域の退化集合が時間について動く場合に未知の極限方程式を導出した初めての結果である.
第 3 章 動く薄膜領域上の非線形拡散方程式に対するエネルギー変分的考察
第 3 章では動く閉超曲面に退化する薄膜領域上の多孔質媒体型の非線形拡散方程式を考える.ただし, 境界では領域の内外で物質の出入りがないという状況を表す境界条件を課す. このとき,薄膜領域上の方程式に対して退化超曲面からの符号付き距離に関するテイラー展開を考え, その主要部を取り出すことで退化超曲面上の極限方程式を形式的に導出した. 同様に, 薄膜領域上の方程式に対応するエネルギー等式から退化曲面上の方程式に対応するエネルギー等式を導出した.さらに, エネルギー変分の方法によりエネルギー等式から動く領域および超曲面上の非線形拡散方程式を導出し, 薄膜極限とエネルギー変分の操作が可換であることを観察した.
本章の結果は儀我美一氏 (東京大学) および Chun Liu 氏 (イリノイ工科大学) との共同研究に基づくものである.
第 4 章 動く薄膜領域上の非圧縮流体方程式に対する特異極限方程式の形式的導出
第 4 章では 2 次元の動く閉曲面に退化する 3 次元の薄膜領域上のオイラー方程式とナヴィエ・ストークス (NS) 方程式を考える. ただし, オイラー方程式には領域の内外で流体の出入りがないという不浸透性境界条件を, NS 方程式には流体が境界上で摩擦力を受けずに滑るという (ナヴィエの) 完全滑り境界条件を課す. このとき, 第 3 章と同様に退化曲面からの符号付き距離に関するテイラー展開を考えることで薄膜領域上の方程式から動く退化曲面上の極限方程式を形式的に導出した. その極限方程式は Jankuhn–Olshanskii–Reusken (2017) や Koba–Liu–Giga (2017) が導出した動く曲面上の流体方程式と同じである. また本章では曲面上のベクトル場に対する微分の公式を導出し, 退化曲面が静止している場合には極限方程式が Arnold (1966) や Taylor (1992)の導入した多様体上の流体方程式と同じであることを確認した.
第 5 章 曲がった薄膜領域上のナヴィエ・ストークス方程式の数学解析
第 5 章では静止した 3 次元の曲がった薄膜領域において流体が境界上で摩擦力を受けながら滑るという (完全滑りを含む) 部分滑り境界条件を課したナヴィエ・ストークス (NS) 方程式を考える. 本章で扱う薄膜領域は与えられた 2 次元閉曲面上の関数で媒介変数表示された 2 つの閉曲面の間の領域であり, 膜の厚さゼロの極限で元の閉曲面に退化する.
薄膜領域上の NS 方程式については Ragel–Sell (1993) などによる 2 次元領域に退化する平らな薄膜領域や Temam–Ziane (1997) による 2 次元球面に退化する薄い球殻での研究はあるが, 一般の閉曲面に退化する薄膜領域での研究はない. そのため, 本章では薄膜領域の境界や退化曲面の曲率が方程式に与える影響を明らかにすることを目的として解析を行った.
本章では膜の薄さに応じて初期値と外力が大きい場合に薄膜領域上の NS 方程式の強解の時間大域存在の証明とその時空間ノルムの一様評価を行った. また, 薄膜領域が閉曲面に退化する際の特異極限問題について考察し, NS 方程式の強解の退化曲面の法線方向への積分平均が退化曲面上の適切な関数空間内で弱収束し, その弱極限が退化曲面上の極限方程式の唯一の弱解になることを証明した. この極限方程式は消散項を持ち, かつ粘性項に曲面のガウス曲率と薄膜領域の境界を記述する関数を含むような曲面上の重み付き NS 方程式である. これらの結果の証明において重要な役割を果たすのは, 退化曲面の法線方向への積分平均作用素を用いた薄膜領域上のベクトル場のほぼ 2 次元の平均部分と境界上で法線方向成分がゼロとなる残余部分への分解である.この分解により平均部分には 2 次元領域上のソボレフの不等式を, 残余部分にはポアンカレおよびアグモンの不等式を適用することができ, 薄膜方程式の強解に対する良い評価が得られる.
さらに本章では薄膜領域上で NS 方程式の強解と極限方程式の弱解の差分評価を行い, 特に NS方程式の強解の退化曲面に関する法線方向微分を極限方程式の弱解と退化曲面の第 2 基本形式から構成される退化曲面上のベクトル場と比較した. これは薄膜領域上の方程式の解の挙動に関する初めての結果であり, 薄膜領域やその退化曲面が静止している場合でも薄膜領域上の方程式の解の膜の厚さ方向への依存度は必ずしも無視できないということを示唆している.
第 6 章 動く曲面上のハミルトン・ヤコビ方程式の数学解析および数値解析
第 6 章では動く閉曲面上の 1 階ハミルトン・ヤコビ (HJ) 方程式を考える. このような方程式は例えば動く曲面上で時間発展する曲線を曲面上の関数の等高線として記述する際に現れる.
本章ではまず HJ 方程式の粘性解の一意性を得るために変数倍化法によって比較原理を証明した. 次に, 粘性解の存在証明と数値計算スキームの導入のために粘性消滅法による HJ 方程式の近似を考え, 近似方程式の曲面上での積分を基に三角形分割された動く近似曲面上で有限体積法による方程式の離散化と近似解の構成を行った. このとき, Kim–Li (2015) による静止領域の場合の研究を参考に有限体積を設定することで, 三角形分割の時間一様な正則性のみを仮定して数値計算スキームの単調性と一貫性を証明した. 特に, 動く近似曲面を形成する時間変化する三角形が鋭角である必要はなく, このことは数値計算プログラムの実装の面で重要である. 最後に, 数値計算スキームの単調性と一貫性を基にして近似解の上極限と下極限を取る方法 (half-relaxed limits method) によって HJ 方程式の粘性解の存在を示し, 変数倍化法によって近似解と粘性解の誤差評価を導出した. この誤差評価の精度は Kossioris–Makridakis–Souganidis (1999) などによる静止領域での HJ 方程式の近似解と粘性解の誤差評価の精度と同じである.
本章の結果は Klaus Deckelnick 氏 (オットー・フォン・ゲーリケ大学マクデブルク) およびCharles M. Elliott 氏 (ウォーリック大学) との共同研究に基づくものである.