生体材料設計のためのセルロース合成細菌の改変
概要
セルロースをはじめとする多糖類は、植物や動物の細胞外マトリックスなどにおいて力学的および生理学的に重要な役割を果たしている。本研究では、セルロースナノファイバーを産生する酢酸菌を最小限の遺伝子導入により改変し、生理活性の高い多糖であるヒアルロン酸(HA)とバクテリアセルロースナノファイバー(BNC)からなるナノコンポジット材料を菌体により in vivoで合成・分泌させることを目的とした。
まず、HA の菌体内合成に最低限必要な2つの酵素遺伝子(HA 合成酵素遺伝子 pmhas、 UDP-グルコース脱水素酵素遺伝子 ugd)を遺伝子工学的手法により酢酸菌に導入した。遺伝子導入された酢酸菌は、通常の酢酸菌と同様に、主に BNC ネットワークからなるゲル状膜(ペリクル)を生成した。次いで、酢酸菌単体に注目し、HA に選択的に結合する蛍光色素(ビオチン化 HABPと iFluor546-streptoavidin を用いた二段階染色剤)と BNC の選択的蛍光色素であるカルコフロールとを用いて菌体からの分泌物を二重染色し、共焦点レーザー走査型顕微鏡(CLSM)観察に供した。CLSM 画像により、菌体外に分泌された HA が BNC を被覆し、一本のナノ繊維形態をとることが示された。また、形成された in vivo 複合化 HA/BNC ペリクルでは、通常の酢酸菌の場合に比べ in vivo 複合化ペリクルの架橋密度が 70%程度であることが CLSM 像より示された。さらに電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)観察像により、繊維幅の太いナノコンポジット繊維が網目状に架橋した構造であることが示された。
次に、酢酸菌体内で合成された HA の 13C 核磁気共鳴法による同定およびサイズ排除クロマトグラフィーによる分子量測定を行うとともに、in vivo 複合化ペリクルを精製した後に赤外分光法で分析したところ、酢酸菌が平均重量分子量 5 万 3 千程度の HA を菌体内合成し、分泌された HAがペリクル中に存在することが明らかになった。さらに、イオン液体を用いてペリクル中の HAを抽出し定量を行った。その結果、HA を加えた培地で酢酸菌を培養して BNC と複合化する従来の in situ 複合化法の HA 含有率 300 μg/g と比べ、本 in vivo 複合化では 95 μg/g と約 1/3 ではあるものの、種々の化学処理に対して被覆 HA が安定で強固に吸着しており、より強く HA と BNC とが相互作用しているものと推定された。
そこで、この強固に HA が吸着した複合ナノファイバーを含有するペリクルへの正常ヒト表皮角化細胞(NHEK)の接着・分裂・増殖に関し、細胞接着性の指標として細胞占有面積で評価したところ、in vivo ペリクル表面において、48 時間培養後で in situ ペリクルの 2.3 倍、96 時間培養後で 1.8 倍といずれも 2 倍程度で顕著に向上した。In vivo ペリクルの HA 含有率が in situ ペリクルの約 1/3 にもかかわらず、HA の安定性と細胞適合性で優れた性状を示すことは、菌体から直接分泌される本プロセスに特有の結果と考えられ、生体材料への応用も期待される。
さらに、遺伝子導入酢酸菌がナノコンポジットの分泌の際に、どのようにセルロース合成と HA分泌が連動するか明らかにするため、セルロース合成酵素複合体(TC)のコンポーネントを欠損した変異株に、蛍光タンパク質マーカーを導入した欠損遺伝子を相補的に導入することで TC を可視化した上で、CLSM により HA の分泌挙動を観察した。その結果、コンポジット繊維分泌が酢酸菌のもつ本来の BNC 合成・排出機能と密接に関連するということが示唆された。これらの相補組換え株を用いた実験により、通常の酢酸菌を宿主とした場合に比べてより高収率で HA が合成されることが明らかになり、これをもとに複合材の生産性向上に向けた戦略も提案した。
以上の結果は、遺伝子導入酢酸菌によるナノコンポジット物質生産・構築メカニズムの理解をもとにした工学的応用の可能性を示し、生物材料設計への展開が期待される。