Transient expansion of the expression region of Hsd11b1, encoding 11β-hydroxysteroid dehydrogenase type 1, in the developing mouse neocortex
概要
〔目的(Purpose)〕
近年、ストレスは発達段階の脳に多くの影響をもたらすということが報吿されているが、その分子基盤は十分には明らかになっておらず、詳細の解明が待たれている。特に、ストレスホルモンの活性制御に関わる遺伝子の脳内での発現動態に関しては不明な点が多い。そこで我々は、局所においてストレスホルモンを活性化する酵素である 11β -hydroxy steroid dehydrogenase type1(11β -HSD1)をコードする遺伝子・ Hsd11b1に着目し、その大脳皮質における発現動態を明らかにすることを試みた。
〔方法ならびに成績(Methods/Results)〕
定型発達過程の大脳皮質におけるHsd11b1陽性細胞の分布領域を調べるため、生後の各発達段階(生後0, 3, 4, 6, 8,14,17,26, 56日)のマウスの脳を用いて冠状断の凍結切片を作成し、in situ hybridization法を用いて Hsd11b1陽性細胞を検出した。その結果、発達の過程においてHsd11b1陽性細胞の分布領域は一時的に拡大し、生後 26 日以降になると一次体性感覚野の第5層付近に収束するということが明らかとなった。Hsd11b1陽性細胞の分布に影響を及ぼす因子について検討するため、発達後期である生後21日目から生後31日目までの10日間、飲水を介してCORTを投与した。CORTの経口投与によりCORTの血中濃度が上昇することは確認されたが、Hsd11b1陽性細胞の分布領域についてはコントロール群と比較しても顕著な差は見られなかった。次に、幼少期におけるCORT投与が Hsd11b1の発現に影響を及ぼすかどうかを調べるため、生後1日目から11日目までの10日間CORTの投与を行なった。 その際、授乳中の母親のストレスが、発達段階の大脳皮質におけるHsd11b1の発現にもたらす影響について検討するため、CORTは母親マウスの飲水に混ぜ、母親経由で仔マウスに投与した。その結果、仔マウスの血中CORT濃度が上昇することが確認され、その脳内におけるHsd11b1陽性細胞の数はコントロール群と比較して優位に減少することを発見した。
〔総括(Conclusion)〕
実験の結果より、発達段階の特定の時期の大脳皮質において、11β HSD1による局所的なCORTレベルの増加が示唆された。また、幼少期におけるCORT投与により、大脳皮質におけるHsd11b1陽性細胞数が顕著に減少していたことから、Hsd11b1の発現レベルが血中CORT濃度に応じて変化することで局所のCORTレベルが調節されている可能性が考えられた。本研究では、授乳中の母親マウスのストレスが、その子どもの大脳皮質におけるストレスホルモンの活性を制御し得る可能性を示した。この発見を一端とし、ストレスが発達段階の脳にもたらす様々な影響の根本的な理解が大きく進むことが期待される。