Research directed toward optimized implementation of additional risk minimization measures based on drug risk management plan in Japan
概要
【背景・目的】
あらゆる医薬品にはベネフィットとリスクがある。市販後の医薬品の安全性確保においては、医薬品側の要因に加えて、さまざまな医療環境や患者側の要因なども考慮する必要がある。本邦では、2010 年の「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」による最終提言を受けて、 2012 年に厚生労働省から「医薬品リスク管理計画(RMP)指針」が示され、2013 年より実施されている。
RMP に基づくリスク最小化活動には、全ての医薬品で実施される「通常のリスク最小化活動」と、当該医薬品の特性等を踏まえて、必要に応じて通常のリスク最小化活動に追加して行われる「追加のリスク最小化活動」がある。追加のリスク最小化活動は、通常の活動ではリスクの低減効果が不十分であると考えられる場合に実施されるものであり、医療従事者や患者向けの情報資材の作成、医薬品の使用条件の設定(アクセス制限)などが含まれる。これらは当該医薬品のリスクを最小に抑える目的で実施されるが、場合によっては、当該活動による負荷が過大になることも懸念されている。例えば、設定された医薬品の使用条件が厳しすぎるために、個々の患者レベルではリスクよりもベネフィットが上回る場合でも医薬品が使用できない可能性や、伝達する情報が多すぎるために、特に注意が必要な安全性情報が埋もれて伝わらなくなる可能性も想定される。従って、追加のリスク最小化活動は、医薬品の全般的なベネフィット・リスクバランスの向上には有効であるものの、実施による医療システムへの「負荷」に対する考慮も必要と考えられる。
これらの背景を踏まえ、本研究では、先ずは、我が国における追加のリスク最小化活動の実施状況を、先行して同様の制度が導入されている欧米と比較分析し、その特徴を把握した(研究 1)。次いで、本邦で追加のリスク最小化活動として最も多く実施されている医療従事者向け資材に焦点を当て、その作成状況及び内容を調査分析した(研究 2)。これらの結果に基づき、我が国における追加のリスク最小化活動の最適化の方策について考察した。
【方法】
(研究 1)日米欧での追加のリスク最小化活動の実施状況の比較分析
2013 年~2017 年に、日本、米国及び欧州(EU)のいずれの国/地域でも承認された新有効成分含有医薬品(新薬)を研究対象とした。これらの医薬品について、各規制当局のウェブサイトに掲載されている情報に基づき追加のリスク最小化活動の実施の有無及びその内容を確認するとともに*、当該活動の対象とされている安全性検討事項を調査し、1 薬剤あたりの安全性検討事項数の平均を算出した。また、規制や医療環境、文化が異なっていても薬剤側の特徴として追加で安全対策が行われているリスクを確認するため、日米欧で共通して追加のリスク最小化活動の対象とされている安全性検討事項を特定した。
* 日本においては、市販直後調査は、新薬に対して一律に追加のリスク最小化策として実施されるため、除外して集計した。
(研究 2)日本における医療従事者向け情報資材の作成状況及び内容の調査分析
2016 年~2018 年に日本で承認された新薬について、各薬剤の RMP に基づく追加のリスク最小化活動としての医療従事者向け情報資材の作成状況を確認し、薬効分類(WHO の ATC 分類)別に集計した。次いで、各薬剤の RMP に記載されている安全性検討事項、このうち資材の作成対象とされている安全性検討事項を特定し、両者の割合を算出するとともに、資材のページ数、資材に占める対象安全性検討事項に関する情報のページ数の割合を算出した。
資材の内容について、欧州のガイドラインでは、追加のリスク最小化活動として作成される医療従事者向け情報資材は、具体的な安全性に関する懸念に焦点を当て、これらのリスク回避及び最小化に向けて取られる措置を示した明確な説明文と簡潔なメッセージを提供するものとされている。一方、我が国では、資材の内容について具体的な指針は示されていない。そこで、本邦においても望まれる資材の特性として、(1)対象とする安全性検討事項が絞られていること(1 資材あたり 3 個以下)、(2)内容が明確で簡潔であること(資材の作成対象とされている安全性検討事項の内容が資材の表紙から判別できること)を定め、これらの特性を持つ資材を選定し、内容を確認した。
【結果】
(研究 1)日米欧での追加のリスク最小化活動の実施状況の比較分析
2013 年~2017 年に承認された新薬は、米国では 197 剤、欧州では 159 剤、日本では 182 剤(うち 142剤がRMP の作成対象)であり、これらのうち日米欧ともに承認された新薬は 45 剤であった。45 剤における追加のリスク最小化活動の実施状況は、米国では 13.3%(6/45 剤)、欧州では 28.9%(13/45 剤)、日本では 77.8%(35/45 剤)であり、欧米に比べ、日本では実施割合が高いことが確認された(図 1)。追加のリスク最小化活動の対象とされる 1 薬剤あたりの安全性検討事項数は、米国では 1.3 個/剤、欧州では2.8 個/剤、日本は 8.4 個/剤であり、欧米に比べ、日本は 1 薬剤あたりの安全性検討事項数が多いことが日米欧ともに追加のリスク最小化活動を実施している薬剤で、対象とされる安全性検討事項として共通して確認できたものは、マシテンタン(肺動脈性高血圧症)とポマリドミド(多発性骨髄腫)における催奇形性であった。
(研究 2)日本における医療従事者向け情報資材の作成状況
研究対象とした新薬 102 剤のうち、追加のリスク最小化活動として医療従事者向け情報資材を作成していた薬剤は 61 剤(59.8%)、資材数は 70 資材であった。ATC 分類で L. 抗悪性腫瘍薬と免疫調節薬(30/36 剤)、C. 循環器系薬(4/5 剤)に分類される薬剤で資材の作成割合が高かった。
各薬剤の RMP に記載されている安全性検討事項の平均数は 8.3 個(範囲:1~21)、そのうち資材の作成対象とされている安全性検討事項数の割合は平均 71.4%(範囲:0~100、標準偏差:31.2)であり、薬剤によって大きなばらつきがみられた(図 3)。資材のページ数は平均 34.4 ページ(範囲:1~130)、資材に占める対象安全性検討事項に関する情報のページ数の割合は平均 33.7%(範囲:0~100、標準偏差:27.7)であり、資材によって様々であった。
安全性検討事項が 3 個以下、かつ対象とされる安全性検討事項が表紙から分かる資材は、9 剤 10 資材であった。うち 9 資材では、具体的な安全性に関する懸念に焦点を当て、これらのリスク回避及び最小化に向けて取られる措置を示した明確な説明文と簡潔なメッセージを提供していた。一方で、検討を行った 10 資材以外の資材には、「適正使用ガイド」又はそれに準じる名称の資材が多くあった(60 資材のうち 50 資材)。それらの内容は、資材の作成対象とされている安全性検討事項に関する内容に加えて、薬剤の用法用量や投与方法、調整方法、臨床試験の概要なども含まれており、安全性検討事項に特に関連する情報の提供というよりも、薬剤全体の適正使用を促すための情報を提供する資材であった。
【考察】
研究 1 から、日本では、追加のリスク最小化活動の実施割合が欧米に比べて多く、当該活動の対象とされる安全性検討事項の数も多いことが確認された。日本では、対象とされる安全性検討事項がないにも関わらず追加のリスク最小化活動が実施されている薬剤も確認されており、これらを考え合わせると、欧米では薬剤の特定のリスクに対して追加のリスク最小化活動が実施されているのに対し、日本では薬剤自体に対して追加のリスク最小化活動が行われていると解釈できる。
日米欧ともに追加のリスク最小化活動の対象とされている安全性検討事項として「催奇形性」が確認された。これにより、「催奇形性」は、規制や医療環境、文化が異なっていても、薬剤側の特徴としてリスク最小化活動が実施される要因であると考えられた。しかしながら、その際の活動の内容について、欧米では薬剤へのアクセス制限が両剤ともに行われているのに対し、日本では情報提供のみの薬剤もあった。元々追加のリスク最小化活動が多い日本の状況を考えると、医療現場において、特に重要である活動が他の薬剤のリスク最小化活動に埋もれてしまう可能性も懸念された。
研究 2 から、医療従事者向け情報資材の作成対象とされている安全性検討事項の数は薬剤によってばらつきが大きく、資材の内容についても、安全性検討事項に関する内容に特化した資材から、それ以外の内容も多く含まれる資材まで様々である現状が確認された。本来、追加のリスク最小化活動は、通常のリスク活動では対応できない場合に限って行われるべき対策である。医療現場では、当該薬剤のみならず他の薬剤も使用されており、新薬の約 6 割において何らかの注意喚起のための追加の資材が作成・配布されている現状に鑑みると、多忙な医療従事者に対する注意喚起が散漫になり、本来の効果を発揮できない恐れがある。さらに、追加のリスク最小化活動については、その活動が目的とする効果を発揮しているか
どうかの評価を行う必要があるが、対象とされる安全性検討事項の数が多く、該当する薬剤も多い現状では、資材の有効性評価を的確に行うことは困難であると考える。
安全性検討事項以外の内容が記載されている資材には、薬剤の調製方法や投与方法、臨床試験の概要、添付文書の記載を分かりやすく図式化したものなどが含まれていた。これらの資材は、臨床現場で馴染みがあり、薬剤投与時に必要な情報が網羅されていることから利便性も高く、薬剤全体の適正使用のためには必要な資材と考えられる。一方で、本来の追加のリスク最小化活動のための純粋な資材とは言い難い。従って、このような資材は通常のリスク最小化活動の一部と位置付けるなど、特に追加の対策が必要な安全性検討事項について作成される資材とは分ける必要があるのではないかと考える。
今後、医療システムへの負荷も考慮しながら RMP に基づくリスク最小化活動を最適化していくためには、追加のリスク最小化活動を行うべき薬剤を絞るとともに、対象とするリスク(安全性検討事項)をより特定した上で、その最小化のための活動を行っていくべきと考える。また、追加のリスク最小化活動としての医療従事者向けの資材については、具体的なリスクに焦点を当て、その最小化のために必要な情報を的確かつコンパクトに伝えるものとしていくべきであろう。そして、医療の場において、その活動が目的とする効果を発揮しているかどうか、医療システムに過重な負荷をかけていないかどうかを適切にモニタリングしていく必要がある。
以上