心臓乳酸代謝の意義についての解析

概要

【序文】
　生体内で最もミトコンドリア呼吸の盛んな心臓にとって、その効率的な好気的代謝を主として支える燃料源は従来、脂肪酸と糖質と考えられてきた。また近年では、病的心筋におけるケトン体代謝の理解が進んできた。一方で、雑食性、柔軟性を特徴とする心臓エネルギー代謝にあって、乳酸のエネルギー基質としての役割はこれまで不明であった。解糖系の最終産物で、一時は代謝老廃物とさえみなされていた乳酸であるが、近年の研究によって、細胞呼吸を支える糖質と相並ぶ主要な燃料源である、との認識が生まれつつある。本研究では心臓乳酸代謝に焦点を当て、乳酸利用を可能にする機構の一端を解明するとともに、多彩な心臓のエネルギー基質利用の中で乳酸がもつ固有の意義が何かを問う。

【方法・結果】
　単離心臓構成細胞を用いた代謝フラックス解析によって、乳酸が心臓エネルギー基質として働くことがわかった。単離心臓構成細胞の遺伝子発現比較解析から標的とする乳酸代謝関連遺伝子を同定し、逆遺伝学的アプローチによって心臓乳酸代謝阻害モデルマウスを樹立した。安定同位体ラベル13C乳酸を用いた代謝動態解析により、同マウスにおいて心臓乳酸代謝が特異的に低下していることが確認された。同マウスの表現型解析の結果からは、心負荷増大に伴う代謝ストレスに耐容するために、乳酸が必須のエネルギー基質であると考えられた。乳酸代謝は、リンゴ酸−アスパラギン酸シャトルとの協調的な作用を介し、ミトコンドリア呼吸を賦活していると考えられた。

【考察】
　心臓乳酸代謝阻害モデルマウスの詳細な代謝プロファイル解析の結果は、「乳酸代謝とリンゴ酸−アスパラギン酸シャトルの協調的な働きが、心臓乳酸代謝を可能にし、心筋ミトコンドリア呼吸を支えている」、という作業仮説を支持していた。心臓病治療の新たな標的として代謝リモデリングが注目を集める中、逆遺伝学的に心臓乳酸代謝に介入し、臓器、個体レベルの表現型を見出した本研究は意義深く、今後はますます心臓乳酸代謝への関心が高まる契機となるだろうと想像する。本研究の知見が、心血管病病態におけるエネルギー基質代謝変容の理解をさらに推し進め、心臓乳酸代謝を標的とした病態理解、治療に貢献することが期待される。