肝細胞の細胞質レドックス変化に伴うグリセロールまたは乳酸からの糖新生亢進は運動能を向上させる
概要
(書式18)
学
(
位 論 文 要 約
A b s t r a c t )
博士論文題目 Title of dissertation
肝細胞の細胞質レドックス変化に伴うグリセロールまたは乳酸からの糖新生亢進は運動能を向上させる
東北大学大学院医学系研究科医科学専攻
内科病態学講座 糖尿病代謝内科学分野
氏名 Name
堀内
嵩弘
肝臓の糖新生は様々な基質からグルコースを産生し、全身のエネルギー代謝を支えるシステムである。運動中
は増加したエネルギー需要をまかなうために肝糖新生は亢進する。運動強度が増加するにつれ、主要な基質の
供給はグリセロールから乳酸に移行すると考えられているが、その生理的意義は明らかにされていない。糖新
生経路において、グリセロールはグリセロールキナーゼ(glycerol kinase:Gyk)を介するのに対し、乳酸は
ホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼ 1(phosphoenolpyruvate carboxykinase 1:Pck1)を介する。
本研究では、この代謝経路の違いに着目し、それぞれの基質からの糖新生経路の役割を検討するため、タモキ
シフェン誘導性の肝臓特異的 Gyk ノックアウトマウス(L-GykKO マウス)及び Pck1 ノックアウトマウス
(L-Pck1KO マウス)を作製した。L-GykKO マウスでは低強度の走行運動能が、L-Pck1KO マウスでは高強度の
走行運動能が低下しており、低強度の運動ではグリセロールが、高強度の運動では乳酸がエネルギー産生に重
要な基質であると考えられた。一方で、L-GykKO マウスでは高強度の走行運動能、L-Pck1KO マウスでは低強度
の走行運動能が向上していた。それぞれのマウスにおける運動能向上のメカニズムとして、L-GykKO マウスで
は乳酸から、L-Pck1KO マウスではグリセロールからの糖新生が亢進していることが考えられた。糖新生の代
謝過程におけるニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(nicotinamide adenine dinucleotide:NAD)の酸化
型(NAD+)から還元型(NADH)への変換に伴い、グリセロールと乳酸は細胞質内で酸化される。各ノックアウ
トマウスにおいて肝細胞の細胞質[NADH]/[NAD+]比(レドックス)の指標である[乳酸]/[ピルビン酸]比が低下
していた。この細胞質レッドクスの変化が、それぞれのノックアウトマウスにおいて乳酸またはグリセロール
からの糖新生を亢進している機序と考えられた。さらに、アデノウイルスベクターを用いてマウスの肝特異的
に細菌由来の NADH オキシダーゼである water-forming NADH oxidase from Lactobacillus brevis (LbNOX)
を発現させ、肝細胞の細胞質[NADH]/[NAD+]比を低下させたところ、グリセロール・乳酸を基質として利用す
る糖新生がいずれも亢進し、低強度・高強度運動のいずれにおいても走行距離が向上した。この結果により、
肝細胞における細胞質レドックス変化によるグリセロール・乳酸由来の糖新生亢進は運動能を向上させること
が示唆された。本研究では、低強度走行時はグリセロールから、高強度走行時は乳酸からの糖新生が運動中の
エネルギー代謝を維持するために重要であるということを見出し、Gyk と Pck1 を介する異なる糖新生経路が
存在することの生理的意義の一端を明らかにした。さらに、肝細胞の細胞質[NADH]/[NAD+]比の低下によりグ
リセロール・乳酸からの糖新生を亢進し、運動時のエネルギー代謝を向上させるという新たな知見を示した。
このことは、筋力トレーニングのように筋肉に著明な変化をきたさずとも、肝臓への介入により運動能力を向
上させ得ることを示唆しており、サルコペニアのような運動能が低下する疾患に対する新たな治療戦略に繋が
ることが期待される。 ...