Analyses on the stocks and flows of Hokkaido forest based on above-ground biomass estimation and forest ecosystem account [an abstract of entire text]
概要
1. 背景
地球上では、森林資源の過剰利用や土地利用変化により、1990 年以降、約 4 億2千万ヘクタールの森林が消失している(F♙O, 2020)。一方で、日本やフランスを含む先進国では、安価な輸入材や過疎化などを背景に、人工林の管理不足や放棄が起きており(Lassauce et al. 2002, Sitzia et al. 2017 等)、日本では人工林成長量の約 60%が未利用の状態となっている (林野庁, 2017)。これら森林破壊や森林の管理放棄は、生態系の劣化を引き起こす。生態系が劣化すると、生態系機能やサービスが低下し、土砂流出や洪水のリスクが上がるため、人間社会への影響は大きい。このような生態系の劣化や、生態系サービスの低下を適切にモニタリングし、更なる悪化を食い止める一つの方法として生態系勘定(United Nations, 2014)がある。
生態系勘定とは、国連が提唱した生態系のストックとフローを管理する枠組みで、物量と貨幣による評価を行う。生態系ストックの変化は、生態系の量と質(状態)の点から、生態系フローの変化は、生態系サービスの点から評価する。生態系の量や質(状態)が、生態系サービスの状態を決定づけるため、ストックを適切に維持管理することが生態系サービスの維持に繋がる。
北海道は森林率が 71%と高く、林業が基幹産業の一つだが、木材価格の低迷や林業の担い手不足を背景に、人工林の管理不足や放棄による森林の劣化が起きており、生態系サービスの低下も懸念されている。しかしながら、人工林の劣化の実態は未解明な部分が多い。流域レベルでは、荒廃した人工林で、浸透能の低下や土砂浸食量の増加を示す研究結果が出ているが(Onda 2008, Miyata et al. 2019 等)、広域での研究例は少ない。また天然林については研究は無いに等しい。従って、北海道の森林の管理放棄が更に進行する前に、現在の森林ストック・フローを把握し、人工林及び天然林の生態系機能、サービスの実態を少しでも解明することが急務である。また各国が生態系勘定を構築する中で、日本はまだ構築に至っていない。
そこで本研究では、北海道の森林生態系勘定作成のため、北海道全域の森林ストック・フローの物量データを精度高く推定するとともに、森林ストックと生態系サービスの関係を広域で分析することを目的とした。データの作成年は 1987 年と 2016 年とし、地域分析も行った。
2. 調査地・方法
北海道の森林生態系を対象とし、森林ストックの量的評価を、森林面積(ha)と地上部バイオマス(Mg)を用いて行い、森林ストックの質(状態)的評価を樹冠率(%)を用いて行った。これら3つの指標は、リモートセンシングデータで、広域かつ過去に遡って評価できるものを選んだ。森林フローである生態系サービスは、木材関連の供給サービスと、近年日本で増加している水害、土砂災害に関連するサービスを対象とした。
2.1 森林面積
国土交通省の土地利用マップを用い、1987 年から 2016 年までの森林面積の変化を求めた。その際、土地利用マップの分類エラーを小さくするため、土地利用区分の一つである荒地を森林に組み込んで評価した。
2.2 地上部バイオマス
まず2種類の衛星データをもとにモデルを作成し、道北にある天塩研究林の 2014 年の地上部バイオマスを推定した。有償、無償データのバイオマス推定精度を比較し、最適なモデルとセルサイズを選んだ。統計解析にはランダムフォレストを用いた。次にこの最適モデルにさらに3つのリモセンデータを加え、より広域の道北全域での地上部バイオマスを推定した。対象年は、2004 年と 2014 年に拡大し、バイオマス変化も見られるようにした。
2.3 樹冠率
樹冠率の推定は、森林モニタリング用のソフトウェアと衛星画像を用いて行い、1987年と 2016 年の北海道の樹冠率マップを作成した。
2.4 生態系サービス
木材に関連する供給サービスは、北海道林業統計(1987, 2016)から引用した。水供給、水質浄化、土砂流出防止、炭素貯留サービスの推定は、生態系サービス評価モデルを用いて行った。水供給、水質、土砂流出モデルでは、ストックの変化が生態系サービスに与える影響を土地利用マップに組み込んだ。伐採地や管理不足の森林では、保水力や浄水作用、耐侵食性が低下することが先行研究から分かっていることから(Onda 2008, Nanko et al. 2010等)、これらの先行研究に基づき、パラメータ設定を行った。そして 3 つのシナリオ:①土地利用マップに森林ストックの変化を組み込まない場合;②人工林にのみ森林ストックの変化を組み込む場合;③人工林と天然林に森林ストックの変化を組み込む場合、を用意し、各シナリオのモデル結果を北海道のダムの実測値(流入量、総窒素量、土砂堆積量)と比較した。
3. 結果
北海道の森林(荒地を含む)は、1987 年から 2016 年まで一貫して、約 600 万ヘクタールと北海道最大の土地利用であり、全土地利用の約8割を占めていた。森林面積は 29 年間で約 10 万ヘクタール、およそ 2%減少し、道東と宗谷で減少量が大きく(全減少量の約 8割)、主に農用地や都市域に置き変わっていた。
天塩研究林と道北の地上部バイオマス推定は、先行研究と比べて(Saatchi et al., 2011, Zhang et al., 2017, DUE GlobBiomass, 2017)、推定精度が大きく向上した(道北のセルサイズ 9.0 ha の R2=0.80)。道北の 2004 年から 2014 年までの地上部バイオマス変化量は、 14.4Mg/ha/decade と推定された。先行研究の地上部バイオマス変化量は、天塩で 8.8Mg/ha/decade(Takagi et al., 2009)、札幌で 74.8Mg/ha/decade(Yamanoi et al., 2015)であり、今回の道北の値は、両者の間に位置したことから妥当な値と判断した。このモデルを北海道全域に適用した結果、北海道の 2004 年の地上部バイオマスは 11.4 億 Mg、2014 年は 11.6 憶 Mg と推定された。この結果をもとに 1987 年と 2016 年の地上部バイオマスを外挿した結果、1987 年では 10.9 憶 Mg、2016 年では 11.7 億 Mg、過去 29 年間に 8,300 万 Mg(+8%)増加したと推定された。地域別では、人工林の多い道東と上川で地上部バイオマス、その増加率ともに大きかった。
北海道の樹冠率平均値は、1987 年で 80.6%、2016 年で 82.3%と、29 年間で 1.7%増加した。天然林、人工林別に見ると、天然林は 0.7%、人工林は 2.7%の増加で、人工林の増加率が高いことも分かった。また、人工林では樹冠率 80%以上の割合が大きく増加したことから、人工林では樹冠が混んできていることが示された。地域別では道東の樹冠率が高く、特に人工林の多いオホーツクで、1987 年、2016 年ともに樹冠率平均値が 86%を超えていた。
北海道の木材と木炭供給サービスは、1987 から 2016 年までに、それぞれ 39%、55%減少した一方で、木質バイオマスの供給は 2004 年頃に利用が始まって以降、885 千 m3 まで増加した。炭素貯留サービスも、同期間に 4%増加したと推定された。水供給、水質浄化、土砂流出防止サービスでは、森林ストックの変化を天然林、人工林両方に組み込んだシナリオ③の結果が、ダム実測値と最も近いことが分かった。このことから、管理不足が進んでいる人工林のみならず、天然林においても、生態系サービスの低下が起きている可能性が示唆された。地域別では道東で、木材供給を除く生態系サービスの値が低かった。道東は、森林面積が大きく減少した地域であり、樹冠率が 90%を超える林分も多いことから、これらが生態系サービスの低下を引き起こす一因となったことが示唆された。
4. 考察
本研究では、北海道の森林生態系勘定作成のため、森林ストック・フローを総合的に評価し、変化を分析した。地上部バイオマスと樹冠率は、高い精度でデータを作成することができた。分析の結果、1987 年から 2016 年にかけて、森林面積は2%減少し、地上部バイオマスは 8%増加、樹冠率は 2%増加したことが示された。人工林では、樹冠率の増加率が天然林よりも高く、また樹冠率 80%以上の面積割合が大きく増加したことから、密な森林へ移行していると考えられる。これは、主伐や間伐を行わない人工林の管理不足が一因と考えられる。
また、森林ストックの変化を生態系サービス評価に組み込んだ結果、人工林だけでなく天然林でも、生態系サービス低下の可能性が示唆された。天然林では、過去に伐採が広く行われ、過密な二次林や樹木の生育が困難なササ地などが発生していること、また天然林の面積は人工林の 3 倍あることを考えると、森林の変化による生態系サービスへの影響が大きかったと考えられる。今後、広域での生態系サービス評価では、生態系の質や状態を示す何らかの指標を組み込むことが必要と考える。
今後の森林管理として、天然林でも過密な二次林など天然更新が難しいところでは、手入れが必要と考える。また、天然林の生態系機能やサービスの低下については未解明な部分が多いことから、更なる研究が必要である。今後、各地域が主体となって森林のモニタリングを進めることが、生態系の保全、持続可能な利用、生態系サービスの維持につながると考える。