A proteome signature of umbilical cord serum associated with congenital diaphragmatic hernia
概要
【緒言】
先天性横隔膜ヘルニア(Congenital Diaphragmatic Hernia, CDH)は横隔膜の欠損により腹部内臓器が胸部に移動し時に肺の圧排と低形成をもたらす、発症率4000分の1の疾患である。CDHの主な特徴である肺低形成は肺血管壁の構造変化を伴い、肺高血圧症(Pulmonary Hypertension, 以下PH)につながると考えられている。CDHは重度の場合高い死亡率(約30%〜40%)と関連しており、PHは新生児期の死亡の主な原因である。一般的なPHの病態として血管内皮機能障害による血管の異常とリモデリングが言われておりPHに対する薬物療法の多くが血管作用性メディエーターを標的とするが、 CDH児におけるPHへの治療の反応は不良である。そのためCDH児におけるPHの病態生理に関する研究は、重度のCDHを有する新生児の将来の治療戦略に重要である。
本研究は、CDH児におけるPHの病態解明を目的として、臍帯血清中のタンパク質を液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析(LC-MS / MS)を用いて同定しデータベースにより解析を行った。
【対象及び方法】
2012年4月から2018年8月まで当院で帝王切開での単胎分娩をした健康な妊婦のうち、合併症のないisolated左側CDH群(n = 4)および健康な対照群(n = 4)を、出生時の妊娠週数、出産経歴、児の性別で一致させ選択、臍帯血サンプルを採取した。
CDHにおけるPHの病態解明のため、プロテオーム解析を行った。液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析(LC-MS / MS)を用いて臍帯血清中の全タンパク質を同定、更に対照群と比較してCDH群で≤0.5または≥2の倍数変化を持つタンパク質(Differently Expressed Protein、以下DEP)を同定した。DEPsの分析にはDAVID(http://david.abcc.ncifcrf. gov version 6.8)を使用し、KEGG(https:www.genome.jp/kegg/kegg_ja.html)、Proteomap (https://www.proteomaps.net/)、Reactome(https://reactome.org/dev/graph-database)、STRING (https://string-db.org/)のデータベースを用いてDEPsにおけるタンパク質間の相互作用を解析した。統計的な解析はMann-Whitney U検定及びχ二乗検定を用いて行い、p値<0.05を有意差ありとした。
【結果】
CDH群は全例高周波振動換気と吸入一酸化窒素でPHの治療を受けていた。内2名は重度のCDHのため、さらに体外膜酸素療法を必要とし1名は重度のPHのために生後7日で死亡した。CDH群と対照群では母体年齢、出生時体重、臍動脈血のpH等、臨床的特徴のほとんどは類似していた(Table.1)がApgar Score1分値(5 [5-6] v.s. 9 [9-9]; p <0.001)および5分値(3.5 [3-8] v.s. 10 [9-10]; p =0.005)が有意にCDH群で低値を示した。
LC-MS / MSでは697個のタンパク質が同定され、そのうち98個が2群間で2倍以上の発現量の差を示すDEPであった。これらのDEPの内、補体C1q(C1q)サブコンポーネント、その後に補体C5(C5)が最も高い倍率変化を示した(Table.2)。
パスウェイ解析では、補体および凝固カスケードが最も強い相関を示した(p = 2.4×10-26; Figure 1A)。さらに、エンリッチメント解析では、古典的経路の補体活性化経路が最も濃縮されたパスウェイであることが示された(p = 1.3×10-29; Figure 1B)。補体活性化、補体活性化古典経路、血小板脱顆粒などの20の経路のうちの9つは、補体と凝固カスケードに関連していた(Figure 1B)。Proteomapは、補体と凝固カスケードの関与を示した(Figure 1C–E)。Reactomeでは、CDHグループの免疫系でいくつかのタンパク質相互作用が発現していた(Figure 1F)。さらに、Reactomeは、CDHに補体および凝固因子が存在することを示した(Figure 1G)。
【考察】
本研究では、C1qサブコンポーネントやC5などの補体および凝固カスケード関連のタンパク質は、CDH症例の臍帯血清で発現が上昇していた。既報ではヒトCDHのプロテオーム解析に関する研究は羊水・呼気凝縮液、動物モデルでは肺組織・気管液で行われているが結果に一貫性がない。ヒトCDH症例の羊水では、CDHに特異的なタンパク質は明らかでなかったが、呼気凝縮液中の多くのタンパク質がCDHのバイオマーカーとして示唆された。ラットCDHモデルでは、Controlで発現していたミオシン軽鎖は CDHモデルの肺組織に存在しなかった。またヒツジの気管液では細胞増殖に関与する経路を含むいくつかの経路が変化していた。これらの要因は、CDHの肺低形成に関連すると考えられている。本研究は、補体および凝固カスケードに関連するタンパクの発現がCDH症例の臍帯血清で上昇している事を明らかにした。さらに、C1qサブコンポーネントとC5を含む補体因子がDEPであると特定した。CDHにおける補体因子の関与についてはまだ報告されていないが、ヒツジCDHモデルを用いた以前の報告では、補体および凝固カスケードが濃縮された経路として示された。さらに、補体経路の活性化はPHに寄与することが知られており小児PHでは、血中の補体因子C3およびC4の評価が推奨されている。ラットPHモデルの肺組織では、補体および凝固カスケードが濃縮され、C1qの発現が増加していた。さらに、C1qは、β-カテニンシグナル伝達を介して高血圧動脈リモデリングおよび平滑筋過形成を引き起こすことが報告されている。補体経路はPHの発症に病理学的役割を有しており、PHの治療標的であることを示している。これらの報告は、補体経路がCDHにおけるPHの病態生理にも関与している可能性を示唆している。
本研究では、すべてのCDH症例がPHを発症し、その半数が重度のPHを示した。また臍帯血清を分析に使用した。羊水および呼気凝縮液の気管支肺胞分泌は胎児の成熟と出生後の治療の影響を受ける可能性があること、また臍帯血が肺血管からの成分を含みかつ非侵襲的に採取可能な事から出生後のPHを予測する際に臍帯血の有用性を提案する。
この研究において、臍帯血は単一施設で得られている事、血中タンパク質は、肺または肺動脈壁でのPH発生機序を反映していない可能性がある事から、より大きなサンプルサイズでのさらなる研究とCDHの重症度に基づく分析が必要である。
【結論】
初めてCDH児の臍帯血プロテオーム解析を行い、補体および凝固カスケードがCDHのPHの病態生理に関連している可能性を示した。この結果はCDHにおけるPHの新しい治療戦略に向けてさらなる研究が必要である。