Long-term outcomes in children with and without cleft palate treated with tympanostomy for otitis media with effusion before the age of 2 years
概要
1. 序論
滲出性中耳炎は小児において頻度の高い疾患である.口蓋裂児では口蓋帆帳筋や口蓋帆挙筋の走行異常による耳管機能障害を生じ、滲出性中耳炎は非口蓋裂児より高率に発症する(Heidsieck et al., 2016).滲出性中耳炎が遷延化すると難聴が持続し、小児においては言 語発達障害をきたす可能性がある(Heidsieck et al., 2016; Teele DW et al., 1984).そのため小児の難治性滲出性中耳炎の治療ではすみやかな聴力改善が期待できる鼓膜換気チューブ留置術が施行されることが多い(Heidsieck et al., 2016).口蓋裂児では滲出性中耳炎の再発を繰り返すことが多く、複数回の鼓膜換気チューブ留置術を施行されることが多い(Maheshwar et al.,2002; Valtonen et al., 2005).また口蓋裂児では真珠腫性中耳炎が非口蓋裂児より高率に発生すると報告されている(Valtonen et al., 2005).しかし鼓膜換気チューブ留置術を施行された口蓋裂児と非口蓋裂児を比較した報告は少なく、長期的予後は不明である.本研究では、滲出性中耳炎に対して鼓膜換気チューブ留置術を施行された口蓋裂児と非口蓋裂児において最長 7歳までの異常鼓膜の発生頻度や7歳時点での聴力予後について比較を行った.
2. 方法
本研究は神奈川県立こども医療センターの倫理審査委員会の承認を得ている.(承認番号122-4)
2002 年から2011年まで神奈川県立こども医療センター耳鼻咽喉科にて2歳以下で鼓膜換気チューブ留置術を施行され、最長 7歳時点で経過観察を行っていた滲出性中耳炎症例について診療録を後方視的に比較した.口蓋裂児は神奈川県立こども医療センター形成外科にて口蓋形成術も2歳以下で施行された症例を対象とした.口蓋裂群は124症例、180耳、非口蓋裂群は148例、185耳を対象とした.観察期間中央値は口蓋裂群で5.8年、非口蓋裂群で4.8年であった.
鼓膜換気チューブは脱落がなければ留置 2年後に抜去した.チューブ脱落または抜去後1年以上滲出性中耳炎の再発がなく鼓膜穿孔もなければ、滲出性中耳炎治癒と定義し経過観察を終了とした.また3ヶ月以上改善がない滲出性中耳炎再発耳に鼓膜換気チューブ再留置術を行った.
臨床所見では、7歳未満での滲出性中耳炎治癒率、再留置の有無、最終診察時の鼓膜所見、再留置と鼓膜穿孔との関連について比較した.聴覚所見は7歳時点で経過観察を行っていた症例で比較し、0.5,1,2,4kHの平均気導閾値が25dBHL以下を正常、26dBHL以上を難聴と定義した.
統計学的解析は、臨床所見の比較にFisherの正確検定、聴覚所見の比較にMann- WhitneyのU検定を用い、p値0.05未満を有意差ありとした.
3. 結果
臨床所見では7歳未満での治癒率は口蓋裂群で47.4%、非口蓋裂群で60%であった
(p=0.11).再留置は、口蓋裂群では31.1%、非口蓋裂群では21.6%に施行され、口蓋裂群に再留置が多かった(p=0.04).また再留置耳のうち、口蓋裂群の85.7%、非口蓋裂群の85%は7歳時点で経過観察中であった.最終診察時の鼓膜所見を正常鼓膜と異常鼓膜に分け、異常鼓膜を陥凹鼓膜、滲出性中耳炎、チューブ留置中、鼓膜穿孔、鼓膜穿孔に対する鼓膜形成術施行後に分類した.正常鼓膜は口蓋裂群で71.7%、非口蓋裂群で79.5%であった(p=0.09).(鼓膜形成術施行後を含む)鼓膜穿孔は口蓋裂群では12.2%、非口蓋裂群では11.9%にみられた(p=1).また口蓋裂群では再留置耳の17.6%、非口蓋裂群では再留置耳の12.5%に鼓膜穿孔が生じたが両群において再留置と鼓膜穿孔との関連は認めなかった(口蓋裂群:p=0.14、非口蓋裂群:p=1).両群共に真珠腫性中耳炎の発生はなかった. 聴覚所見では、7歳時の平均気導閾値中央値は口蓋裂群では15.6dBHL、非口蓋裂群では14.3dBHLであった(p=0.07).口蓋裂群の5耳、非口蓋裂群の4耳のみに難聴を認めた.
4. 考察
非口蓋裂児では5~6歳頃から耳管機能は改善するが(Sheahan et al., 2003)、口蓋裂児では耳管機能の改善は遅く10歳頃まで改善しないという報告もある(Gould, 1990)、本研究では、7歳未満での滲出性中耳炎の治癒率において両群に差はなく、口蓋裂児も非口蓋裂児と同様に耳管機能が改善すると考えられた.しかし口蓋裂群では非口蓋裂群より再留置耳が多く、両群ともに再留置耳の85%以上は7歳時点で経過観察中であったことより、口蓋裂児ではより長期的な経過観察が必要となる可能性が推察された.鼓膜換気チューブ留置術の合併症として鼓膜穿孔を生じる可能性があり、再留置はさらに危険因子となるとされている(De Beer et al., 2005; Hong et al., 2014).しかし鼓膜穿孔の発生頻度において両群で差はなく、再留置と鼓膜穿孔との関連もみられなかった.また最終診察時の鼓膜所見では両群ともにほとんどが正常鼓膜であり、真珠腫性中耳炎の発生もなかった.
7歳時の平均気導閾値では、難聴は口蓋裂群の5 耳、非口蓋裂群の4 耳のみであり、両群で良好な聴力を得られていた.しかし滲出性中耳炎再発や鼓膜穿孔では難聴の遷延を生じ、再留置や鼓膜形成術など追加治療を要する可能性があり、長期的な経過観察が重要であると思われた.
最終診察時の臨床所見は相似し、両群ともに聴力予後は良好であった.その理由として、早期の鼓膜換気チューブ留置術や早期の口蓋形成術の寄与が推察された.本研究では口蓋裂児と非口蓋裂児の最長 7歳時までの予後に差はなく、滲出性中耳炎において口蓋裂児も非口蓋裂児と同様の治療方法で良いと考えられた.