薬物代謝の遺伝子解析に用いるDNAチップシステムの開発に関する研究
概要
薬物代謝の遺伝子解析に用いる
DNA チップシステムの開発に関する研究
2023 年 2 月
岡村 浩
薬物代謝の遺伝子解析に用いる
DNA チップシステムの開発に関する研究
筑波大学大学院
生命環境科学研究科
生物機能科学専攻
博士(生物工学)学位論文
岡村 浩
目次
緒言
P6
第 1 章 遺伝子検査技術の進展と遺伝子解析関連技術の開発
P7
第 1 節 遺伝子解析技術の進展
P7
1
ゲノム解析の歴史
P7
2
遺伝子解析技術の進展
P 11
3
疾患関連遺伝子の探索
P 15
4
DNA チップ技術
P 17
第 2 節 臨床現場における遺伝子解析の現状
P 20
1
臨床現場における遺伝子解析の応用
P 20
2
遺伝子解析の課題
P 23
第 3 節 遺伝子解析関連技術の開発
P 24
1
DNA 保存用担体の開発
P 22
2
マイクロアレイ用基板の開発
P 26
1
3
臨床用途に適した DNA チップの開発
小括
P 28
P 32
2
第 2 章 DNA チップ技術を用いた遺伝子解析装置の開発
p 33
第 1 節 遺伝子解析装置の開発
p 33
1
実験材料ならびに方法
p 35
2
実験結果
p 36
第 2 節 薬物代謝に関する遺伝子の解析評価
p 43
1
実験材料ならびに方法
p 43
2
実験結果
p 49
第 3 節 既存装置との比較
p 61
1
実験材料ならびに方法
p 61
2
実験結果
p 62
小括
p 68
3
第 3 章 新規バイオマーカーの探索と将来に向けた展望
p 69
第 1 節 遺伝子解析装置の医療、食品及び環境分野への応用
p 69
第 2 節 将来展望
p 71
1
全ゲノム解析の取り組み
p 71
2
社会に受容されるための課題
p 73
3
遺伝子情報の活用
p 76
小括
p 79
4
第 4 章 総括
p 80
参考文献
p 81
謝辞
p 92
5
緒言
1953 年にワトソンとクリックにより DNA の構造が解明されて以来、生物科学
は大きく進展し、人々の生活に大きなインパクトを与えている。従来は伝統的な
遺伝学のアプローチと、生物化学的なアプローチがとられていたが、分子生物学
的な第三のアプローチが、近年の生物科学の進展に大きく貢献していると言え
る。これらの進展は一般社会にも大きく影響を与えており、臨床現場においても
遺伝子検査が活用される状況に至っている。第 1 章では遺伝子解析技術の進展
と、遺伝子解析において重要となる生体物質の固相化技術について述べる。第 2
章で固相化技術を活用した DNA チップ遺伝子解析システムの開発と、その有用
性について述べる。第 3 章では、遺伝子解析の今後の展望と、社会に受容され拡
大するための課題と見通しについて言及する。
6
第 1 章 遺伝子検査技術の進展と遺伝子解析関連技術の開発
第 1 節 遺伝子解析技術の進展
1
ゲノム解析の歴史
1953 年にワトソンとクリックにより DNA の構造が解明されて以来、生
物科学は大きく進展し、人々の生活に大きなインパクトを与えている。分子生物
学は遺伝学と生物化学を繋ぐ新たな分野であり、たんぱく質の多様性から生み
出されるメカニズムが解明されてきた。遺伝学においては、個人の形質がどのよ
うに遺伝するのか、統計的なアプローチから明らかになった。分子生物学では、
そのメカニズムに踏み込んで解析することが可能になった。
生命現象は予想以上に複雑でかつ精密なメカニズムであり、遺伝子から
mRNA を経てたんぱく質に翻訳される過程であるセントラルドグマが、生命の
根幹を担うものであることが明らかになった。核酸やタンパク質の構造が明ら
かになることにより、情報の保存や複製に関する根本的なメカニズムの解明に
繋がった。
その後の遺伝子解析技術の目覚ましい進展により、2003 年にはヒトゲノ
ムのドラフト解析が完了した。日本は第 21 番染色体および第 22 番染色体の解
析を担当し、最終的に全体の約 6%の遺伝子の解読を行い、プロジェクトに大き
く貢献する結果となった。遺伝子解析に用いるシーケンサーの開発においても
大きな役割を果たした。
全ゲノム解析が完了した後の 2000 年代においては、数多くの疾患の原
因と発症メカニズムが明らかになるのではという楽観的な予測もなされていた
が、実際に患者に対して検査や治療に対するメリットが得られる状況になるに
7
は、それから更に時間が必要であった。例えば、遺伝子を網羅解析する方法とし
て、DNA チップ法が広く利用されたが、実際にはクラスター解析等によって得
られたデータから、臨床的な意義を明らかにするまでには多くの時間を要した。
これらの状況を大きく変える出来事として、2015 年 1 月 20 日にオバマ
米国大統領が発表した「プレシジョン・メディシン・イニシアティブ」が挙げら
れる。患者の遺伝子を解析して個人に最適な治療を行うという、大きな方針を打
ち出したことにより、癌領域を中心として、臨床現場に遺伝子解析を応用する取
り組みが本格化した。
従来の医療は、個人差を強く意識するものではなく、なるべく多くの患
者に有効な治療法を提供することを目指したものであるが、プレシジョン・メデ
ィシンは、ゲノム情報や臨床情報をもとに、個人に適した医療を提供するもので
ある。例えば、がん治療を行うにあたり、ゲノム情報をもとに治療方針を決定す
ることで、化学療法に使用される抗がん剤の副作用や薬効を予測することが可
能になる。近年では特定の遺伝子型を有する患者に対して有効な分子標的薬の
開発も進んでおり、ゲノム情報をもとに治療方針を決定し、個人に最適な治療を
提供するプレシジョン・メディシンが着実に広がりつつある。ゲノム解析とゲノ
ム医療の歴史的変遷を表 1 に示す。
プレシジョン・メディシンが広く社会に適用されるには、疾患と遺伝子
の関係についてエビデンスを明確にすることや、遺伝子解析技術の正確性、臨床
現場で広く適用する際の経済的合理性、倫理面をクリアする必要があり、現在に
至るまで議論されてきた。
創薬の世界においてもゲノム情報をベースとする開発の流れが広がっ
ている。従来は化合物ライブラリーをスクリーニングして効果のある化合物候
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補を絞り込むというプロセスであったが、ゲノム情報を基盤にすることで、より
効果的で成功確率の高い開発が可能になると期待されている。
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表 1 ゲノム解析とゲノム医療の歴史的変遷
1953 年
ワトソン、クリックによる DNA2 重らせん構造の発見
1980 年
フレデリック・サンガーが DNA シーケンシングによりノーベル賞受賞
1990 年
米国が 30 億ドルを投じヒトゲノム計画スタート。2003 年に米、英、日
の国際プロジェクトとしてヒトゲノム計画完了
2003 年
SNP(一塩基多型)をマーカーとして疾病罹患性/薬剤感受性との相関性研
究が活性化。Personalized Medicine(個別化医療)の実現に期待が高まる
2008 年
1000 人ゲノムプロジェクトがスタート、2012 年に完了。個人間の塩基
配列の相違(SNV)は想定を超えて複雑・多様であることが判明
2012 年
米、英、サウジなどの国家レベル、製薬バイオ、ゲノム解析、情報ビジ
ネス、医療機関などの民間レベルで 10 万人ゲノムプロジェクト(コホ
ート研究)がスタート
2014 年
Illumina 社が HiSeq X Ten を発売し、1000 ドル・ゲノムシーケンスが実
現
2015 年
米国、オバマ大統領が、215 百万ドルを 100 万人コホートに投入する
Precision Medicine Initiative を発表。
10
2
遺伝子解析技術の進展
1860 年代にメンデルが形質遺伝の研究を行って以来、遺伝学の分野は進
展を続けてきた。エンドウ豆を研究対象として、その形質がどのように遺伝され
るかという研究がなされ、遺伝における分離や独立、優性の法則が解明された。
その後、1900 年代は、成長が早く複雑な形質を持つショウジョウバエが研究対
象とされ、遺伝と染色体の関係について研究がなされた。
一方で、生物化学のアプローチとしては、生体物質としてのたんぱく質
が着目され、生体物質の単離と分析について研究が行われてきた。生体物質の研
究は大きく進展したが、遺伝プロセスとの関連については、十分な説明ができな
い状況であった。
DNA の二重らせん構造が 1953 年に発見され、研究の状況は大きく変化
した。DNA 構造が発見されて以降、mRNA が発見され、セントラルドグマが提
唱された。1960 年代にはたんぱく質への翻訳機構が研究され、暗号コドンが解
明された。分子生物のアプローチによって、古典的な遺伝学と生物化学がつなが
ったといえる。
ゲノムの構造を図 1 に示す。ヒトゲノムは全長約 30 億塩基対で構成さ
れている。そのうち遺伝情報がコードされているエクソンを含む領域は約 2 万
か所存在し、全体の 25.5%を占める。遺伝子領域のうち、タンパク質をコードす
るエクソン領域は 1.5%を占めている。ゲノムの多様性を示す一塩基多型は約 300
万か所存在する。これらの構造は、遺伝子解析手法の進展によって明らかになっ
てきた。
11
図 1 ゲノムの構造
12
遺伝解析の手法として、1930 年代から電気泳動が大きな役割を果たして
きた。電気泳動は、生体物質が正または負の荷電を有することを利用した手法で
ある。電解質を保持した濾紙やゲルなどの多孔構造体または繊維状構造体を、荷
電された生体物質が移動する際、ふるい効果によって分子量の異なる物質が分
離する。この特性を利用したのが電気泳動法であるが、当初は濾紙などを利用し
ていたが、1960 年代からはアガロースゲルが活用されるようになった。核酸は
負の荷電を有するため、アガロースゲルに DNA サンプルをアプライし、荷電す
ることによって分子量による分離が可能になる。この原理は遺伝子解析の基礎
となる手法であり、遺伝子配列を解読するために開発されたシーケンサーは、電
気泳動の原理を活用して開発されたものである。
遺伝子解析においては、PCR 反応の発見も大きなインパクトを与えてい
る。遺伝子解析を行う際には、解析対象を複製、増幅することができれば、検体
量が微量であっても解析が可能となる、PCR 反応は 1980 年代に発想されたが、
好熱性細菌から抽出した DNA ポリメラーゼを活用することで実現した。
解析対象の検体と DNA ポリメラーゼ、プライマーおよび 4 種類のデオ
キシヌクレオチドを混合し、①対象 DNA の変性、②プライマーとのアニーリン
グ、③DNA ポリメラーゼによる伸長反応、を繰り返すことにより、対象配列を
百万倍以上増幅することが可能になる。PCR 反応と蛍光物質による検出を組み
合わせて、リアルタイムで蛍光強度を測定することによって、DNA を定量する
方法も開発された。
DNA シーケンシング法については 1977 年にサンガーらによって開発さ
れた。酵素を用いた相補鎖断片の合成により生成した DNA 断片を電気泳動法で
解析し、得られた情報から配列を決定する方法である。
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DNA シーケンシング解析を効率的に行うことを目的として、キャピラ
リー型の自動シーケンス装置が開発され、大規模な遺伝子解析に使用された。本
邦においては、日立製作所が高密度タイプのキャピラリー型シーケンサーを開
発した。
その後、次世代シーケンサーといわれる遺伝子解析装置が多く開発され、
解析能力が指数関数的に向上している。遺伝子解析技術の進展は半導体の高密
度化に伴い、過去 50 年に大幅に進展している。測定技術の進展によって蓄積さ
れたゲノム情報や、検体を集めたバイオバンクをどのように活用するかという、
新たなフェーズに移行したといえる。
14
3. 疾患関連遺伝子の探索
遺伝子解析技術の進展に伴い、疾患と遺伝子の関係を明らかにすること
を目的とする疾患関連遺伝子の探索が行われている。癌や希少疾患など、多くの
疾患に関連する遺伝子を特定することで、新たな遺伝子検査や、治療薬の開発が
期待できる。
疾患関連遺伝子の探索には、単一遺伝子を原因遺伝子とする疾患に罹患
した患者の検体や、治療薬を投与した際の副作用の発生頻度の異なる患者から
の検体が必要となる。その際、それら検体の臨床情報も併せて入手する必要があ
る。これらは、患者に同意を得て、更に機関内における倫理委員会で承認を取得
した後に、研究に使用することが可能になる。
対象とする疾患を保有する患者の生殖細胞や、癌組織から得られた体細
胞などを解析する場合、研究段階においては、なるべく網羅的な情報を得ること
が重要である。近年は、遺伝子解析を網羅的に行う手法として、次世代シーケン
サーが使用されるケースが多い。次世代シーケンサーを用いて生殖細胞の全ゲ
ノム解析や、mRNA の発現解析を行う。得られた結果と臨床情報を併せて解析
することで、疾患や病態に特異的な変異を特定することができる。
遺伝性腫瘍や単一遺伝子に起因する希少疾患については検体の収集が
難航することもあり、国家プロジェクトとして長期間取り組む必要がある。本邦
においては、国立研究開発法人日本医療研究開発機構の難病克服プロジェクト
において研究開発が進められ、令和元年までの第一期では、29 件の新規原因遺
伝子が発見された。今後、検査薬や治療薬の開発が期待される。
遺伝子要因と環境要因の両面が発病に影響する癌の発症に関わる遺伝
子の特定についても、次世代シーケンサーによる全ゲノム解析や mRNA 解析が
15
行われている。癌細胞に特異的な変異や、発現量が多い、または少ない遺伝子が
観測されれば、それが癌の発症メカニズムに関連していると推定される。
薬剤の副作用に関しては、薬剤の代謝に関わる遺伝子が大きく関わって
いる。本学位論文で対象とした UGT1A1 遺伝子は UDP グルクロン酸転移酵素
(UGT:uridine diphosphate glucuronosyltransferase)の 1 つである。UGT1A1 にお
いて、UGT1A1*28 および UGT1A1*6 に塩基置換が認められる場合、UGT1A1 酵
素の活性が低下し、抗がん剤として世界で広く使用されているイリノテカン塩
酸塩水和物の重篤な副作用の発現率が高くなることが報告されている。現在は、
薬剤投与前に UGT1A1 遺伝子の解析を行うことが広く行われている。
遺伝子解析検査キットを開発する場合、①疾患関連遺伝子の探索、②臨
床試験による対象遺伝子と疾患の関連の確定、③遺伝子領域におけるプライマ
ー、プローブ等の設計、④プラスミドを用いた基礎試験、⑤実検体を用いた検証、
⑥製品化、という流れで行われる。
①の基礎試験によって疾患との関連が疑われた遺伝子は、②の臨床試験
によって、その関連性を確定する必要がある。臨床試験においては、既に保有し
ている検体による後ろ向き試験や、新たな患者に対する前向き試験などが行わ
れる。疾患と対象遺伝子の関連が明確なった後に、③と④の基礎試験を実施し、
⑤の検証を行って、最終的な製品として臨床現場に実装される。
16
4
DNA チップ技術
DNA チップは 1990 年代に米国で開発された技術であり、遺伝子発現や
遺伝子多型を網羅的に解析する手法として、広く研究に使用された。代表的なシ
ステムとしてはアフィメトリクス社の「Gene Chip」やアジレント社の「CGH+
SNP マイクロアレイ」が挙げられるが、いずれも網羅解析用のシステムである。
網羅的な DNA チップは、基板上に数千~数百万種類の DNA 断片が固
定化されており、そこに解析対象の DNA を反応させることで、ゲノム由来 DNA
やメッセンジャーRNA 由来の cDNA を高感度で検出することができる。
DNA チップ基板上に DNA 断片を固定化する手法としては、基板上に直
接 in situ 合成する方法と、予め合成したオリゴ DNA を固定化する方法がある。
特に、予め合成したオリゴ DNA を固定化する場合には、DNA を固定化するチ
ップ基板の性能が最終的な判別性能に大きく影響する。また、DNA を選択的に
捕捉するプローブ DNA の配列や、解析対象の配列を事前に PCR 法により増幅
する場合においては、増幅用のプライマーDNA の配列の選択が、判別性能を決
定づける大きな要因となる。
DNA チップの検出原理を図 2 に示す。DNA チップは相補的ハイブリダ
イゼーションという、基板上に予め固定化された DNA 断片と解析対象の目的遺
伝子が二本鎖を形成する原理を用いる。検出方法には、蛍光検出によるものやイ
ンターカレーターを用いた電気的信号によるものなどがある。蛍光物質を使用
する場合においては、ハイブリダイゼーション後の DNA チップの蛍光画像を検
出装置で読み取り、その蛍光パターンおよび蛍光強度によって、解析対象の遺伝
子発現や遺伝子型に関する情報を得る。
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図2
DNA チップの検出原理
18
例えば、ある個人の遺伝子型を分類する場合、DNA チップ基板上に予め
野生型と変異型の DNA プローブを固定化する。そこに解析対象の DNA を反応
させると、解析対象の DNA が野生型であれば野生型に対応するスポットから蛍
光が観察され、変異型であれば変異型、ヘテロ型であれば両方のスポットから蛍
光が検出されることになる。
本邦においては、DNA チップ技術を臨床現場に適用するために、平成 18
年度から経済産業省の委託事業である「医療機器開発ガイドライン策定事業」が、
独立行政法人産業技術総合研究所において開始された。学会や企業、大学・公的
研究機関を代表する委員による検討の成果として開発ガイドライン案が策定さ
れ、平成 19 年 5 月には「DNA チップ開発ガイドライン 2007−遺伝子型(ジェノ
タイピング)検定用 DNA チップに関して−」が公表された。
上述のように、DNA チップは比較的古い技術であり、その信頼性につい
ては多くのノウハウも蓄積され、体外診断用医薬品として使用するためのガイ
ドラインも策定されている。最新のゲノム研究の成果を臨床現場に適用するた
めのシステムとしては、歴史があり信頼性も高い DNA チップシステムが有力な
候補となる。
19
第 2 節 臨床現場における遺伝子解析の現状
1
臨床現場における遺伝子解析の応用
臨床現場における遺伝子解析は、着実に浸透しつつある。臨床検査には、
尿や便などの一般検査、赤血球や白血球の定量する血液学検査、たんぱく質等を
分析する生化学的検査、免疫機能を検査する免疫血清学検査、検体に含まれる微
生物を検査する微生物学的検査、生体適合性を検査する輸血及び臓器移植関連
検査、組織に含まれる悪性細胞等を顕微鏡で観察する病理学検査などに加えて、
遺伝子検査がある。
臨床検査は病院の検査部において実施されるか、検査受託会社で実施さ
れる。本邦においては、大規模な検査受託会社が三社あり、検査の利便性や経済
合理性を考慮し、検査受託会社を利用するケースも多い。特に遺伝子検査におい
ては、個別の医療機関で測定するには専門性が高く、一般検査と比較すると頻度
が少ないため、大規模病院以外では受託検査会社で実施されることが多い。
臨床検査に使用される遺伝子解析試薬には、体外診断薬と研究用試薬が
ある。体外診断薬は、厚生労働省により承認された遺伝子解析試薬であり、保険
適用申請が承認されれば、保険適用することができる。保険適用されることによ
り、患者は 3 割負担となるため、より検査を受けやすくなる。
一方で、研究用試薬の場合、自由診療となるため、原則は保険適用する
ことはできない。患者の治療方針の決定において、遺伝子解析の結果は重要であ
るが、保険制度を含めた経済合理性を考慮することが重要である。例えば、ある
疾患の遺伝子解析を行う場合には、その疾患に特異的であり、かつ治療と直結す
るエビデンスが明確な遺伝子を解析する必要がある。実際に治療を行う医師や、
20
それを支える学会のガイドラインに沿った遺伝子解析試薬の社会実装が望まれ
ている。
一方で、癌領域においては、癌が発生した部位毎の薬剤選択から、遺伝
子変異毎の薬剤選択という大きな転換が図られている。この考え方に基づけば、
癌に罹患した際に、生殖細胞および体細胞の遺伝子変異を網羅的に測定し、治療
方針を決定するのが合理的という考え方にもなる。
本邦においては次世代シーケンサーを用いた数百種類の遺伝子変異を
測定する所謂「がんパネル」が 2019 年に保険適用を受けた。しかしながら、そ
の範囲は希少癌もしくは治療選択の余地が無くなった患者に限定されており、
罹患した当初に行うという状況には至っていない。現状では保険点数 5 万 6 千
点と高額であるという点と、解析対象が限定的であることにも留意が必要であ
る。現状では限定的に使用される状況であるが、技術革新が進むことによって、
将来的には、罹患当初に遺伝子解析を網羅的に行う方向に向かうと推定される。
また、現在の遺伝子解析は罹患した際や治療方針を決定する際に一回の
み行う検査が多くを占めている。しかし、現在多くの研究者が取り組んでいる循
環腫瘍細胞やセルフリーDNA、エクソソームなどについては、再発予測や薬剤
の治療効果をリアルタイムで見積もることができるため、モニタリング用途と
して繰り返し行われるようになると予想される。これらが実用化すれば、従来よ
りも大幅に多い検査需要が予想されるため、世界中の企業が試薬や機器の開発
を行っている。
将来の遺伝子解析については、現在よりも多くの場面で使用されると予
想されるが、例えば、出生時に全ゲノム解析がなされることになる可能性もある。
また、現在は疾患になってから遺伝子解析を行うが、予防医療に活用するために
使用されることも考えられる。予防医療には、血液を検体として遺伝子解析をす
21
ることが可能であるリキッドバイオプシーが使用されるようになり、血液中の
マーカー検出が、癌の早期発見に寄与すると推測される。罹患が確定した際には、
体細胞の全ゲノム解析やメチル化の解析が行われ、適切な治療が選択されるよ
うになる。更に、治療後のモニタリングについてもリキッドバイオプシーが活用
されるようになり、再発や予後予測に活用されることになる。
ゲノム研究が進展すれば、これまでにはない遺伝子情報を基準とした、
パーソナライズされた治療が可能となるため、患者や社会的な負担が軽減する
と考えられる。
22
2
遺伝子解析の課題
ゲノム医療が広く普及するために解決が必要な遺伝子解析の課題とし
ては、遺伝子に関する正確な知識が社会全体に浸透する必要性が挙げられる。近
年のコロナウイルスの蔓延により、遺伝子や PCR 検査に対する知識は広がって
きたものの、未だに充分とはいえず、啓蒙活動が必要な状況にある。 ...