Prediction of blood pressure change during surgical incision under opioid analgesia using sympathetic response evoking threshold
概要
麻酔科医は心拍数(HR)や血圧(BP)を中心に脳波や自発呼吸など複数のパラメータを総合的に判断して手術中の痛みの程度を推定している。しかし、侵害受容刺激に対する交感神経応答を抑制するオピオイドの必要量には大きな個人差があるため、過小あるいは過量投与による予期せぬ有害事象をしばしば経験する。ゆえに、個人のオピオイド感受性を定量化できれば、全身麻酔中のオピオイドの調節が簡便になり、より安定した麻酔管理が可能となると言える。
我々の研究グループは、光電容積脈波(PPG)の振幅と観血的動脈圧の信号をインピーダンスモデルにあてはめ、交感神経反応の強さを定量化する独自のモニターである血管剛性値(K値)を先行研究で提案してきた。このK値は同じ侵害刺激下でオピオイド投与量の差異に対して有意な差異を示したが、同時にK値の変化率には個人差が大きく、個人間での比較が困難であることが先行研究で示された。この原因は、仮に中枢神経に入力された侵害受容刺激の情報強度が同程度だとしても、末梢血管といった効果器の応答強度に個人差があるためではないかと我々は予測した。そこで、効果器への入力の有無のみを情報として取り出すことにより、効果器の応答性の違いの排除を試みた。この効果器への入力の有無の指標として、交感神経応答を誘発する最小の刺激強度(Minimum Evoked Current: MEC)という指標を今回新たに提案し、評価を行った。
病院倫理委員会の承認を得たのち、全身麻酔下で開腹手術を受けた20歳以上の患者30例を対象とし研究を行った。なお、全例から試験前にインフォームドコンセントを得た。Mintoの薬物動態モデル(Anesthesiology86:24-33,1997)を用い、超短時間作用型オピオイドであるレミフェンタニルの予測効果部位濃度が2ng/mlとなるような投与計画を立てたのち、生体情報のモニタリング下で麻酔導入を行った。入眠後に右手の前腕尺側に貼付した2極の体表電極にINNERVATOR252(Fisher & Paykel Healthcare)を用いて50Hz、5秒のテタヌス刺激を負荷した。電流値は10mAから開始して、10mAずつ上げていき80mAまで、計8回のテタヌス刺激を行った。K値、HR、BP、PPGが変化し始める最小の電流値をそれぞれMECK、MECHR、MECBP、MECPPGとし、80mAでのテタヌス刺激時のK値の変化率をKR80と定義し測定した。テタヌス刺激に対しては、KとBPは刺激電流の増加に伴って大きくなる傾向があった一方で、PPGは刺激電流を増すごとに値が低下傾向であった。HRは一貫した変化を示さなかった。80mAまでの刺激に対して刺激応答がMECとして測定できた症例はKで27例、HRで7例、BPで20例、PPGで24例だった。MECが測定範囲外だった場合が非常に多いHRを除き、おおむね40~50mA付近にMECの分布のピークがあり、今回の研究のテタヌス刺激の電流強度(10~80mA)は適正であることが示された。
MECの測定後、麻酔条件を変更せずに手術を開始し、外科的皮膚切開時の血圧変化率(ROCBP)を測定し、これを一定のオピオイド投与下での交感神経応答の基準として用いた。ROCBPは18.3±11.8%(平均±SD)だった。MECK,、MECHR、MECBP,、MECPPGとROCBPとのピアソン相関係数はそれぞれ、-0.723(P<0.001),-0.067(P=0.87),-0.565(P=0.009),-0.711(P<0.001)であり、MECK、MECBP、MECPPGの3つは、ROCBPと有意な相関があることが示された。また、MECKの測定で測定範囲外となった症例のROCBPは最大で3.7%だったが、MECPPGの測定範囲外となった症例の最大のROCBPは15.4%であった。ROCBPとの相関の強さ、測定範囲外となる症例の少なさ、測定範囲外の症例でROCBPでのばらつきの少なさなどから、各MECのうち最もROCBPと相関が高い指標はMECKであることが示された。
続いてこのMECKと、侵害刺激に対する効果器応答の強さを示すKR80を用いてROCBPの予測式を作成し、Bland-Altmanプロット分析により性能比較を行った。予測式の作成に用いたデータプールを用いて実測値と比較したため、両者とも固定バイアスはほぼ認めなかったが(-0.166%vs.0.005%)、同意限界はMECKの方が小さかった(±10.17%vs.±16.37%)。また、KR80の散布図には有意な比例バイアスが認められた(P<0.001)。これらの結果より、MECKはKR80よりROCBPの予測性能が高いことが示された。
以上の結果から、KR80、MECHR、MECBP、MECPPGと比較して、MECKはオピオイドを一定量投与した条件下での外科的皮膚切開時の血圧変化率ROCBPを最もよく予測する指標であることが明らかとなった。