光学活性な三重ねじれメビウス共役系の選択的合成
概要
環状共役分子のうち、一周したときにπ電子の位相が反転するようにねじれて接続されたメビウス共役系は、 π電子の数が4n+2のときに安定となるヒュッケル則に反し、4n個のときに安定となる。メビウス共役系の構造や物性の興味から、合成標的分子として注目を集めている。しかしながら、メビウス共役系のうち、三重ねじれメビウス共役系の不斉合成は達成されていない。
1,1’-ビナフチル骨格は軸性キラリティーを有するキラルユニットである。二つのナフタレンの二面角が小さいときπ軌道が重なり、共役することができるようになる。そこで私は、1,1’-ビナフチル骨格の間にフェニレンのようなリンカーを持たせた環状三量体は1,1’-ビナフチル骨格の二面角が小さくなり、その結果分子全体で共役してメビウス芳香族となるのではないかと考えた。さらに、1,1’-ビナフチル骨格の軸性キラリティーを制御することで光学活性な三重ねじれメビウス共役系を合成できると考え、検討を行った。
鈴木・宮浦カップリングを利用した三重ねじれメビウス芳香族の合成 (第二章)
初めに標的分子を1に設定し、合成が容易なラセミ体の合成を検討した。ラセミ体の2とジアステレオマー混合物 3の鈴木宮浦カップリングを検討したところ、得られた化合物の1H NMRチャートは複雑で解析が困難であったものの、質量分析の結果、想定される1の分子量に一致するピークが観測され、1が得られていることが示唆された。次に、光学純粋な(S)-2と(S,S)-3を調製し鈴木宮浦カップリングを行ったところ、4%収率で (S,S,S)-1を合成することに成功した。
バナジウム錯体触媒による分子内酸化カップリングを利用した三重ねじれメビウス芳香族の合成 (第三章)
第二章で光学純粋なメビウス共役系分子の合成に成功したものの、反応条件を変更しても収率の改善には至らなかった。そこで、収率改善の目的のもとに合成ルートの変更を行った。当研究室では2-ナフトール誘導体の不斉酸化カップリングによるBINOL誘導体のエナンチオ選択的合成に効果的な二核バナジウム錯体触媒(Ra,S,S)-16を開発している1)。そこで、(Ra,S,S)-16による(S,S)-20の分子内酸化カップリングを鍵反応として利用することにした。
(S,S)-20に対し30 mol%の(Ra,S,S)-16を用い、空気雰囲気下、50℃、(S,S)-20に対し2 mMの濃度で120時間撹拌することで目的物19を65%収率で合成することに成功した。19の二つのヒドロキシ基のメチル化を行い、第二章で合成された(S,S,S)-1と比較したところ、1H NMRチャートが一致した。よって、(Ra,S,S)-16による(S,S)-20の分子内酸化カップリングはジアステレオ選択的に(S,S,S)-19を与える反応であることがわかり、光学活性な三重ねじれメビウス芳香族の選択的合成に成功した。(S,S,S)-1の単結晶を調製してX線結晶解析を行い、1,1’-ビナフチルのキラリティーが全てSであることを確認した。(S,S,S)-1の紫外可視吸収スペクトルとCDスペクトルを測定し、物性を評価した。