幼少期に誤飲し長期間腸管内に停留したスプーンが原因となった小腸穿孔の1例
概要
I はじめに
消化管異物は比較的多く遭遇する疾患であるが,異 物の内容や引き起こされる症状,治療法は多岐にわたる。
今回我々は,精神疾患のない女性が自覚なく幼少期にスプーンを誤飲し,長期間腸管内に停留した後に十二指腸穿通,肝膿瘍,空腸穿孔,穿孔性腹膜炎を発症したと考えられた症例を経験したので報告する。
Ⅱ 症例
患者:37歳,女性。主訴:右下腹部痛。
既往歴:特記事項なし。喫煙歴:なし。
飲酒歴:機会飲酒。
現病歴:数か月前に突然上腹部痛を自覚し,その後慢性的に消長を繰り返していた。受診当日の朝から強い右下腹部が出現したため当院総合診療科を受診した。
初診時現症:身長160 cm,体重42 kg,体温37.9 ℃,血圧112/76 mmHg,脈拍101回/ 分,SpO2 100 %(room air)。右下腹部に強い圧痛および反跳圧痛を認めたが,筋性防御は認めなかった。腹部は全体に膨満していた。
血液検査所見:WBC 22,800/μl,CRP 21.6 mg/dl,プロカルシトニン0.72 ng/ml と炎症反応の上昇を認めたが,肝機能,腎機能を含めて他に異常所見は認めなかった。
腹部エックス線写真:右下腹部に約10 cm 長の異物を認め,左上腹部の小腸ニボー像を認めた(図1)。
腹部造影 CT:胆嚢床に境界不明瞭な低濃度域を認めた(図2A)。近接する十二指腸下行脚に壁の断裂を認 め(図2B),十二指腸の穿通とそれに伴う肝膿瘍が疑われた。また,右下腹部の空腸内にスプーンと思われる異物を認め,異物の先端は腸管壁を貫通しており,小腸全体が拡張して腸閉塞の状態であった(図3A)。しかしながら先端部分が通常よりも鋭利な形状でスプーンとしては非典型的であり,Volume rendering 像 では医療用スポイトも鑑別診断にあがった(図3B)。
初診後経過:画像検査所見から,消化管異物による十二指腸穿通,肝膿瘍,空腸穿孔,穿孔性腹膜炎および麻痺性腸閉塞と診断されて当科へ紹介となり,同日緊急手術を施行した。
手術所見:開腹時,汚染された腹水を認めた。十二指腸と肝下面が強固に癒着して剥離が困難であり十二指腸穿通が疑われた。胆汁や腸液の漏出を認めなかったことから,今回の病態には関与していないと判断しドレーンの留置のみを行った。またトライツ靭帯から 120 cm ほど肛門側の空腸に異物を認め,異物は把手の外れたような長さ10 cm ほどのスプーンであり,柄の部分が腸管壁を貫通していた。腸管壁の一部に血流障害も認めたため空腸部分切除術を施行した後,経鼻イレウス管を留置して手術を終了した。摘出したスプーンは錆びて腐食しており,消化管内に長期間停留していたものと考えられた(図4)。
術後経過:術後6日目にイレウス管を抜去して水分を開始。術後7日目から流動食を開始して順次食上げを行った。 また肝膿瘍に対する加療として Cef- metazole を術後5日間投与した。術後16日目に上部 消化管内視鏡検査を施行したが,幽門前庭部から幽門 にかけて潰瘍の瘢痕を認め,十二指腸には線状潰瘍の 瘢痕と襞の集中像があり穿通部と考えられた(図5)。術後はおおむね順調に経過して17日目に退院となった。その後,外来にて経過観察を行ったが特に問題なく順調に経過し,術後9か月後に撮影した腹部造影 CT では肝膿瘍も消失していた。
Ⅲ 考察
異物誤飲は日常診療でしばしば遭遇する疾患である が,通常嚥下された消化管異物は25 %が食道にとど まり,食道を通過した消化管異物の80~90 %は症状 なく通常1週間以内に自然排泄され,10~20 %が内 視鏡的に摘出され,約1%が外科的処置を要するとさ れている1)-4)。年齢は8歳~80歳までと幅広く5),特に0~4歳までの乳幼児と80歳以上の高齢者に多い6)。異物の種類としては硬貨,指輪,針,釘,碁石,画鋲,ボタン電池,魚骨,義歯,PTP(press through pack- age)などがあり6),長尺異物としてはスプーンの他に箸片,歯ブラシ,フォークなどがある7)。
先端が鋭利な異物は穿孔のおそれがあり,また48~72時間以上停留する大異物は消化管穿孔に至る危険があることから胃内にあるうちに摘出するのが望ましいとされている8)。
医学中央雑誌にて1983年から2019年まで「消化管」「異物」「スプーン」をキーワードに検索を行うと,本邦では会議録を除いて10例の報告例があり,その中に消化管穿孔の報告例はなかった。
本症例では画像検査における異物の陰影が典型的なテーブルスプーンやティースプーンとは異なった形状をしており,またすでに胃から排泄されていたことから,軟らかくて胃や小腸を通過することが可能と考えられるスポイトも鑑別診断として挙げられ,開腹手術で最終的な確定診断が得られた。
スプーンのような長尺異物の場合,大きさや形状から胃や十二指腸内に留まることが多く,内視鏡的に摘出される症例が多い2)5)-11)。本症例では画像検査からスプーンの局在と穿孔部位が下部小腸と診断され,すでに胃からは排泄されていたため内視鏡検査を施行せずに緊急開腹手術を施行した。
消化管異物の合併症として出血,穿孔,閉塞などが挙げられるが,穿孔は slow perforation で汎発性腹膜 炎となることはまれであり,症状の軽い限局性腹膜炎に留まるとされている5)。発生頻度は消化管異物の約1%と報告されており,発生部位としては十二指腸下行脚,トライツ靭帯部,回盲部に多く,十二指腸は屈 曲が強く後腹膜に固定されているため細長い異物によ る出血や穿孔の報告が多い5)。本症例では腹部造影 CT で肝臓に至る十二指腸穿通と肝膿瘍を認めており,当院を受診する数か月前の上腹部痛は十二指腸穿通が 原因と考えられ,その後肝膿瘍を形成した可能性があ る。術後の内視鏡検査で十二指腸壁に襞の集中像を認めており,スプーンが十二指腸壁を貫いたものの肝臓 への穿通の形であったため腹膜炎症状を呈することな く十二指腸から自然に排泄されたものと考えられる。また,小腸の穿孔部位は回腸が最も多いとの報告もあ り12),解剖学的に回腸が空腸に比べて壁が薄く内腔が 狭くいことや,蠕動運動が弱いことが原因とされる13)14)。本症例では穿孔部位を空腸と診断したが,空腸と回腸 の明確な区別は難しく13),また穿孔部位が下部空腸であることから,回腸に類似した腸管構造や蠕動運動の 低下が原因で穿孔をきたしたものと推察される。
スプーンのような長尺異物は通常ならば誤って飲み込むことはないと考えられ,万が一誤飲したとしても故意か過失かに関わらず誤飲したという自覚を伴うものである。スプーン誤飲の報告例は,扁桃腺の白苔を除去しようとして誤飲した症例5),自分の子供がスプーンを誤飲した際の危険性を確認するために飲み込んだ 症例6),嘔吐反射を誘発する目的で誤飲した症例9)などがあり,その他,既往に統合失調症,神経食思不振症,躁鬱病などの精神疾患を有する症例も多い7)11)15)16)。精神疾患の既往がある場合には無意識での誤飲もありうるが,本症例にはそのような既往がなく,スプーンを誤飲する誘因がなかったかを繰り返し本人に確認したが全く自覚がなかった。10数年前,一時的に過食と嘔吐を繰り返すことがあったとのことだが嘔吐の際にスプーンは使用しておらず,また現在はそのような行動はないとのことであった。会話や表情,しぐさに特に異常はみられず,精神科や心療内科の通院歴もなく,また家族の話でも精神疾患を疑わせるような異常行動はなかったとのことであり,誤飲の原因についてはっきりとした原因はつかめていない。
通常消化管異物は誤飲から短時間のうちに診断,摘 出されることが多いが,検索しえた範囲で誤飲から数年あるいは数十年が経過した後に発症した長尺消化管異物の報告例が6例あった17)-22() 表1)。これらの症例は誤飲後に身体に影響を及ぼすことなく長期間にわたって異物が消化管内に停留していたものと考えられ,本症 例も同様の経過をたどったのではないかと推察される。
今回摘出したスプーンの形状や大きさから,もともとはプラスチックや木製の把手がついていたものと推察され,主に幼児や小児の食事の際に使用するタイプのスプーンと考えられる。またスプーン自体が錆びて腐食していたことから,腸管内にかなり長期間にわたって停留していた可能性が高い。
そこで,幼少期に何らかの原因で把手の部分が取れてしまったスプーンの金属部分を誤飲し,身体に影響を及ぼすことなく長期間胃内に停留したまま経過した後,当院受診の数か月前に十二指腸に排泄されて穿通を起こしたため上腹部痛をきたし,さらに空腸に移動して今回の小腸穿孔や腹膜炎を引き起こしたのではないかと推察される。
本症例は生来健康な若年女性に突然発症しており,検診などの受診歴もないことから今回まで異物が発見される機会がなく,さらに誤飲の自覚や精神疾患もなかったことから,病歴聴取や理学所見のみでは不十分であり腹部造影 CT によって確定診断に至った。消化管異物の診断には MDCT による Volume rendering像が有効との報告もあり19),腹部造影 CT などの画像検査を行って確定診断を得る必要がある。
消化管異物による消化管穿孔は比較的まれな疾患であるが,急性腹症症例ではその可能性も念頭に入れ,画像検査から迅速に診断を行い適切な治療法を選択することが重要と考えられた。
Ⅳ 結語
精神疾患のない女性が,通常では誤飲する可能性が少ないスプーンを自覚なく誤飲し,さらに長期間症状を呈することなく腸管内に停留していたと思われた穿孔性腹膜炎の症例を経験した。
なお,本論文の要旨は第77回日本臨床外科学会総会(福岡)で発表した。