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国酒酵母の分類学的研究

森谷 千星 東京農業大学

2021.09.22

概要

清酒,泡盛,焼酎は日本の「國酒」に位置付けられ,国酒醸造に用いられる酵母や国酒醸造工程などで分離された酵母をまとめて国酒酵母(清酒酵母,泡盛酵母,焼酎酵母)と呼んでいる。これらの酵母は,世界標準の酵母分類学書である The yeasts, a taxonomic studyでは Saccharomyces cerevisiae に分類されている。S. cerevisiae はパンやビール,ワインなどのヒト関連環境から花や樹木,土壌,虫などの自然環境に至る広範な環境に生息していることから,世界中の各環境から分離された,他の種では類をみない数千以上の株の複合群となっている。最近は S. cerevisiae の多様性の解明のために,各国が自国の産業および生態学的に重要な酵母を,表現性状を合わせたゲノム情報に基づく系統解析により,集団レベルで特徴付けている。しかし,日本の産業および生態的に重要な国酒酵母については,全国の蔵で利用されている協会酵母など系統的に限られた数株による検討に留まっていることから,国酒酵母の分類学的位置は不明瞭となっている。従って,国酒酵母を集団レベルで生理・生化学・系統学的に特徴付け,日本の醸造酵母の分類学的位置を明確にすることで,時代とともに変わる産業のニーズに左右されることのない微生物資源としての価値を国内外に示す必要がある。そして,これらの情報を基に同種内でも限られている国酒醸造に適した酵母の識別を可能にすることで,様々な菌株を用いた国酒醸造の実現を可能にし,多様化するニーズに応えることにより醸造業に貢献できるものと考えられる。

本研究では,国酒醸造工程から分離された株や,分離当時に国酒酵母に関連した学名の記載のある株,全国の蔵で利用されている協会酵母の株など,多様な国酒酵母 96 株(清酒酵母 43 株,泡盛酵母,19 株,焼酎酵母 43 株)を用いて,現在の分類基準に則して生理・生化学および系統学的に新たな解析を行い,国酒酵母の分類学的特徴を明確にした。

1. The yeasts, a taxonomic study 第 5 版の Key to species による国酒酵母の分類学的特徴付け
第 1 章では,現在酵母の同定が The yeasts 第 5 版に基づいた配列解析により行われているのに対して,国酒醸造では酵母の表現性状が重要であることから,The yeasts 第 5 版の Saccharomyces 属の種の同定指標である Key to species 7 項目の試験を用いて,国酒酵母の表現性状による分類を行った。7 項目のうち,ビタミン欠如培地での生育試験において,S. cerevisiae は生育しないとされているのに対し,国酒由来の酵母の 90 株は生育した。この性質を The yeasts 第 5 版における Saccharomyces 属の 7 種のstandard description と比較したところ,Saccharomyces 属のいずれの種の性質にも一致しなかった。これらのことから,国酒酵母は典型的な S. cerevisiae,およびその他の Saccharomyces 属の各種と比較しても,表現性質上特異な一群を形成していることを新たに明らかにした。また,この性質から,The yeasts 第 5 版で再同定すると,ビタミン非要求であることにより国酒由来の酵母 90 株がTorulaspola 属や Lachancea 属とも類似していることを見出した。これらの属は,表現性状が分類基準の The yeasts 初版でSaccharomyces 属に分類された背景を有し,発酵環境でもよく分離されていることから国酒酵母との関連性が示唆された。

2. 国酒酵母の特性と Saccharomyces 属酵母の分類への応用
第 1 章では,分類学に基づいて Saccharomyces 属の中で,国酒酵母一群の表現型による識別が可能であることを明らかにした。国酒醸造では,それぞれの酒類の醸造に適した酵母を清酒酵母,泡盛酵母,焼酎酵母に区別して利用している。清酒酵母については以前より特徴付けがなされ,その識別手法が確立されている一方で,泡盛および焼酎酵母はその段階に至っていない。そこで第 2 章では,この国酒酵母群内の細分化とその実用的な識別法を確立することを目的に,清酒酵母の分類指標 15 の指標を用いて各酒類の酵母の特徴付けを行った。SSU rRNA のITS 領域の 301 番目の塩基,Glyceraldehyde 3-phosphate dehydrogenaseによるアイソザイムパターンの 2 項目では,国酒酵母が一群として S. cerevisiae と区別され,イーストサイジン耐性,AWA1 遺伝子断片の検出の 2 項目では,その群内が実用的なグループに細分化された。そのため,第 1 章の結果と合わせた 11 項目の指標により, Saccharomyces 属の中で,国酒酵母を実用に合理的な清酒酵母,泡盛酵母,焼酎酵母 1,焼酎酵母 2 の 4 グループに分けられることを新たに見出し,新しい実用的な識別法を確立した。

3. The yeasts 第 5 版に基づく国酒酵母の系統分類
最新版の The yeasts 第 5 版では,複数の遺伝子領域を組み合わせた多重遺伝子解析により分類体系の再構築がなされているが,それに基づく国酒酵母の検討は行われていない。そこで第 3 章では,The yeasts 第 5 版の系統分類に採用されている 5 つの遺伝子を用いて,国酒酵母の系統解析を行った。Saccharomyces 属の系統分類に採用されている 26S rRNA遺伝子の D1/D2 領域および ITS 領域を用いて,国酒酵母 96 株に,データベース上の株も含めた S. cerevisiae 116 株,Saccharomyces 属のその他の種 10 株を加えた計 222 株による系統解析を行った。S. cerevisiae クレードの中で,国酒酵母 96 株および S. cerevisiae 36株(樹木や果実などの自然環境由来の株,西アフリカの酒類の株)と基準株を含む S. cerevisiae 75 株(パン,ワイン,ビール,実験室,臨床由来の株)が分岐した。第 1 章の The yeasts 第 5 版の Key to species の結果を併せると,分類学的には国酒酵母が,S. cerevisiae の基準株を含む主要な産業酵母とは異なる一群を形成していることを新たに明確にした。一方,S. cerevisiae の野生酵母や西アフリカの酒類酵母は,系統的に国酒酵母に近いことが示唆された。また,The yeasts 第 5 版の系統分類に採用されているその他の遺伝子の中でも,COX2 は国酒酵母内を協会清酒酵母,その他の清酒酵母,泡盛および焼酎酵母の 3 つに区別可能であり,国酒酵母の実用の識別に有用な遺伝子を見出した。


4. ゲノム情報に基づく国酒酵母の系統学的検討
現在はゲノムによる解像度の高い系統解析が一般となっているが,国酒酵母の集団レベルでの位置付けは示されていない。そこで第 4 章では,これまでに解析した国酒酵母のうち系統的な特徴を有する代表株 27 株の De novo シーケンス解析を行い,パンやワイン,ビールなどの主要な産業酵母,樹皮や土壌,果実などの野生酵母,西アフリカの酒類関連酵母,分離源および地理的起源の類似した中国の酒類酵母など,多様な起源の S. cerevisiae 73 株を加えた系統解析を行った。2910 遺伝子の系統解析により,国酒酵母が,S. cerevisiae の一般的な 5 つのクレード(Wine/European,West African,North American,Malaysian, Sake/Asian)とは異なる,1 つの独立したクレードを形成した。これまでアジアの酒類の株は Sake/Asian に位置することが一般的とされてきた中で,独立した国酒酵母の集団としての系統学的な位置付けを新たに示し,国酒酵母がコアゲノム領域で固有の系統学的特性を有することが示唆された。分岐に寄与した遺伝子は,幅広い生物種が保持し,DNA 複製ストレス時に発現が増加するような重要な機能の遺伝子や,醸造特性に関与する機能の遺伝子であった。また,国酒酵母クレード内の分岐は分離源を反映し,実用に合理的であったことから,これらの遺伝子は各酒類醸造に適した酵母の識別に有用であると考えられた。

5. ゲノム情報に基づく国酒酵母の特徴付け
第 5 章では,第 4 章で解析した多様な国酒酵母のゲノム情報を利用して国酒酵母の遺伝的特徴を検討した。S. cerevisiae のゲノムリファレンス株である実験室酵母 S288c に対して,国酒酵母が特異に有する 7 遺伝子(BIO1,BIO6,EHL2,KHR1,機能未知 3 遺伝子)を抽出した。データベース上の S. cerevisiae 772 株の中で,国酒酵母の他に 7 遺伝子を有する株は,主に中国や韓国の,穀物と麹を原料に造られる伝統的な醸造酒から分離された株であった。BIO1,BIO6,EHL2 はビオチン生合成に関与する遺伝子であることが報告されていることから,第 1 章で明らかにした国酒酵母の特徴的な表現性状であるビタミン要求性が,ゲノムの特徴からも裏付けられた。また,他の生物種を含めたビオチン生合成関連遺伝子の系統解析により,醸造に関連する細菌や糸状菌がそれらの遺伝子を有し,加えて第 1章で国酒酵母と表現性質上類似した Torulaspola 属や Lachancea 属も有していることを明らかにした。これらから,国酒酵母の表現型-遺伝子型の特徴であるビオチン要求性は,麹や乳酸菌など多様な微生物の相互作用を利用して造られる特有の醸造環境下で,環境への適応として,関連する微生物とともに独自に進化した可能性が推察された。

6. マッコリ酵母の分離と特性
第 5 章では,中国と韓国の伝統的な醸造酒から分離された酵母が,国酒酵母と類似した遺 伝的特徴を有することを明らかにした。中国の酒類酵母が集団で解析されているのに対して,韓国の代表的な醸造酒であるマッコリの酵母は,ゲノム公開株が 2 株のみであることに加え て,性質などの情報も不足している。そこで第 6 章では,4 種類の韓国産生マッコリから酵 母を分離し,第 2 章の 11 項目に基づいて性質を検討した。分離した 12 株は 11 項目の試験 で,9 株が典型的な S. cerevisiae と同様の性質を示し,3 株は泡盛および焼酎酵母に類似し た性質を示した。この 3 株は同じ韓国産生マッコリから分離されたことから,マッコリ醸造 が主に典型的な S. cerevisiae によって行われ,国酒酵母に類似した性質を示す酵母が混在 することを明らかにした。

7. 総括
本研究では, 生理・生化学的性状による分類において, The yeasts 第 5 版の Saccharomyces 属Key to species に基づき,国酒酵母が典型的な S. cerevisiae およびその他の Saccharomyces 属の種に対して,表現性質上特異な一群を形成していることを明らかにした。また,清酒酵母の分類指標 4 項目を合わせた 11 項目により,国酒酵母内を実用に合理的な 4 グループに区別し,実用的な識別法を確立したとともに,系統分類に有用なデータを提供した。系統分類においては,ゲノム情報に基づいて国酒酵母が S. cerevisiae の中で,独立した 1 つのクレードを形成することを明らかにし,国酒酵母がコアゲノム領域で固有の系統学的特性を有することが示唆された。また,国酒酵母クレード内の分岐は分離源を反映したことから,これらの遺伝子が各酒類醸造に適した酵母識別マーカーとして有用であることを示した。一方,サブテロメア領域の遺伝的特徴は,東アジア特有の醸造環境において,環境への適応として独自の進化を成したことが推察された。以上より,本研究は酵母分類学に基づく新たな観点から国酒酵母を生理・生化学・系統学的に特徴付けたことにより,日本の産業および生態的にも重要な国酒酵母の特性を明確にし,国酒酵母の分類体系における特徴的な位置付けを新たに確立した。これは,国酒酵母の微生物資源としての価値を確立し,今後の国酒酵母の研究の基盤となるとともに,多様な菌株を用いた国酒醸造への応用により,醸造業の発展に寄与するものと考えられる。また,産業的に重要な S. cerevisiae の細分化を標準化することにより,国酒酵母をモデルに複雑な種に対する新たな概念を提供できるものと考えられる。

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