腸管関連リンパ組織共生菌リポオリゴ糖部分構造の合成と機能解析
概要
グラム陰性菌外膜成分であるリポ多糖(LPS)はO抗原とコアオリゴ糖からなる糖鎖部が細菌特有のHepやKdoを介して活性中心リピドAと結合した構造をとり、LPSからO抗原が欠落したものはリポオリゴ糖(LOS)と呼ばれる。これらは受容体TLR4/MD2に認識され、自然免疫を活性化させる。
近年、グラム陰性菌Alcaligenes faecalisがパイエル板などの腸管関連リンパ組織に共生していることが報告された。所属研究室ではこれまでに、A. faecalisから抽出したLOSはヒトに対して毒性を示さないが、効率的に抗体産生を高めることを明らかにしてきた1。それゆえ、A. faecalis LOSやそのリピドAは有望なワクチンアジュバントとして開発が進んでいる。最近、所属研究室はナポリ大学と共同でA. faecalis LOSの化学構造を決定し、リピドAのアシル鎖パターンに多様性があること、報告例が少ないリン酸化されたKdoを含んでいることを報告した3。さらには、二糖62を鍵中間体とした多様性指向型合成戦略により、A. faecalisリピドA 1-3の系統的合成を達成した。合成したリピドA 1-3について活性試験を実施したところ、A. faecalis LOSとリピドA 1はTLR4依存的な免疫刺激活性を示したのに対し、A. faecalis LOSの主成分であるリピドA 2, 3はTLR4アンタゴニストとして作用した3。天然存在比でリピドA 1-3を混合した際、免疫活性化作用は確認できなかった。これまでの先行研究2,4,5からKdo付加によりリピドAの免疫機能が変化することが示唆されているため、リン酸化Kdoの付加によりリピドA 1の活性が向上すると予想された。しかし、A. faecalisに限らず、リン酸化Kdo-リピドAの合成例は皆無であり、新規合成戦略の構築が必要であった。
本研究では、リン酸化Kdo付加がリピドA 1の免疫機能に与える影響の精査、並びにA. faecalis LOSが示した有益なアジュバント作用発現の分子基盤の解明を目的として、A. faecalis Kdo-リピドA 4, 5の化学合成を行った。Kdo-リピドA 4の合成においては、Kdoグリコシル化のα-選択性を高めるために、架橋基を導入することで糖骨格を舟形に固定したKdo供与体86を用いた。7と8をグリコシル化することで構築したKdo-GlcN2三糖体に対して、直交型保護基の選択的除去と脂肪酸の逐次導入を行った後、アノマー位選択的なリン酸化と接触水素化による最終脱保護を経て、A. faecalis Kdo-リピドA 4の初の化学合成を達成した。A. faecalis Kdo-リピドA 5の合成においては、Kdoの5, 7位に導入したベンジリデンアセタール基の立体障害によってβ面をブロックすることでα-選択性を高めた7Kdo供与体9を設計した。7と9のグリコシル化によって三糖体を構築後、A. faecalis Kdo-リピドA 4と同様の合成戦略により、世界初のリン酸化Kdo-リピドA 5の化学合成を達成した。
合成したA. faecalis Kdo-リピドA 4, 5およびリピドA 1について、HEK-BlueTM hTLR4細胞を用いた免疫活性化能評価を実施したところ、予想に反して、Kdo付加により活性が減弱し、Kdoリン酸化は活性を更に減弱させることが確認された。以上の結果から、リピドA 1にHepを含むコアオリゴ糖が付加することで1の活性が増強される、またはKdoを含むコアオリゴ糖の付加が、2,3の活性をアンタゴニストからアゴニストへ転換させる可能性が示唆された。