宮城県における東電福島原発事故に係る原子力損害賠償請求の現状と制度的課題
概要
公害研究において重要な論点は,「被害の全容を把握し,実態に即した補償を行うこと」である(注1).しかし公害被害の補償・救済においては「被害規模に応じて賠償額などが計算されるだけではなく,逆に,加害側の条件(支払い可能額など)によって被害が切り捨てられる」(注2)という状況が生じやすい.問題の発生と解決に責任を持つべき主体が,原因物質の排出という「直接的加害」にとどまらず,被害者からの正当な権利回復要求に対して対抗的・否定的にふるまうことや被害の放置といった「追加的加害」は,広義の加害過程の一部として捉えられる.公害問題の解決過程における賠償拒否や賠償格差,それに関わって地域社会に生じる分断等についても,こうした視点から捉えられてきた(注3).
2011年3月の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所事故(以下,「原発事故」)後の対応においては,深刻な被害状況におかれている福島県を中心に,損害賠償及び救済措置が講じられている.しかし現在も数々の訴訟が展開されているように,それらは必ずしも被害者の権利回復や十分な救済とはなっていない.それに加えて福島県以外の地域における損害とその救済状況については,未だ十分な検証もなされていない.
本稿はこうした問題意識を踏まえ,福島県に隣接する宮城県において,広域災害となった原発事故下で生じた損害と賠償の現状を整理し,原発事故後の解決過程がどのように推移しているのか,現時点での問題点や課題を抽出することを第一の目的とする.また原発立地県の周辺地域において抽出しうる問題点を通して,原発事故の解決過程における,原子力損害賠償制度の課題についても考察を加えたい.