CYP3A4誘導能評価マーカー4β-hydroxycholesterolの医薬品開発への活用・実装に向けた研究
概要
論文内容要旨
CYP3A4 誘導能評価マーカー4β-hydroxycholesterol の
医薬品開発への活用・実装に向けた研究
東北大学大学院農学研究科
生物産業創成科学専攻
田谷有妃
指導教員
仲川清隆 教授
緒言
薬物相互作用の原因の 1 つに,主要な薬物代謝酵素である Cytochrome P450 family 3
subfamily A member 4(CYP3A4)の誘導作用が知られている。CYP3A4 は多くの薬剤
の代謝に関与しているため,薬剤が CYP3A4 誘導能を有すると,多くの疾患の治療に
影響を及ぼす。Fig.1[1]に CYP3A4
併用
誘導による薬物相互作用の概略を
記載する。CYP3A4 誘導の機序
は,体内に入った薬剤が異物応答
性の転写因子であるプレグナン X
受容体(PXR)に結合して PXR
を活性化し,レチノイド X 受容体
薬B
薬A
PXR
代謝物
B’
CYP3A4
ハンサー領域に結合して mRNA
の生成を促進することで酵素量が
増加する。その結果,併用薬の代
謝が亢進し,薬効の減弱に繋が
RXR
に移行後,CYP3A4 遺伝子のエン
PXR
(RXR)と二量体を形成して核内
CYP3A4
Fig.1 CYP3A4誘導がかかわる薬物相互作用の概略
吉成浩一. 薬物代謝酵素がかかわる薬物相互作用. ファルマシア.
2014, 50, 654-658 [1]より引用
る。
医療現場では複数の医薬品を併用した治療がしばしば行われ,併用による薬効の減
弱・増強,あるいは副作用の発現等の薬物相互作用が問題となる。そのため医薬品開
発では新薬の薬物相互作用リスクを適切に評価する必要があり,臨床試験時に簡便に
リスク評価できる内因性バイオマーカーが求められている。前述した CYP3A4 の誘導
は,生体内の脂質代謝にも関与しており,体内でコレステロール(Fig.2)が CYP3A4
により特異的に酸化代謝を受けて生成される 4β-hydroxycholesterol(4β-HC, Fig.2)は,
CYP3A4 誘導能を評価するバイオマーカー候補としての利用が期待されている内因性
成分である[2]。過去に,複数の臨床研究が実施されており,CYP3A4 の強い誘導剤
(e.g., リファンピシン)を服用後に血漿中 4β-HC 濃度もしくは 4β-HC の基質である総
コレステロール(total cholesterol, TC)に対する比(4β-HC/TC 比)が増加すると報告
されている[3,4]。しかし,CYP3A4 誘導能が低および中程度の薬剤も多く存在し,臨
床試験で 4β-HC を実用的なバイオマーカーとして利用するためには,弱い CYP3A4 誘
導能であってもそのリスクを評価できることを示す必要があるが,その報告例はほと
んどない。また内因性物質は保存状態による変動が危惧されるが,4β-HC 濃度の安定
性に関する情報も少なく,CYP3A4 誘導のリスク評価には,適切な定量法の設定は必
要不可欠である。
新薬の臨床試験の主な目的は,新薬自体の体内動態や薬効を評価することであるた
め,試料の採取及び保管プロトコルは,試料中の薬物濃度を正確に定量出来るように
設定される。例えば,血漿採取のために様々な抗凝固剤が使用され、また,試料の pH
を酸性に調整する場合もある[5]。過去に 4β-HC 濃度測定法を確立した研究では,主に
抗凝固剤として K2-EDTA を添加した血漿もしくは血清を使用し,4β-HC の安定性が
評価されているが[6,7],それ以外の抗凝固剤を添加した血漿,あるいは酸性に調整し
た血漿を使用した研究は無く,4β-HC の安定性は不明である。加えて,コレステロー
ルの自動酸化により生成することで知られる 4α-hydroxycholesterol(4α-HC, Fig.2)は
測定試料の保管状態を判断する指標となるが,非常に長期間試料が保管されて劣化が
進み,4α-HC がその試料中で非常に高い濃度で存在する場合のみ,試料の保管状態が
不適切であると判断できる[8]。そのため,4α-HC よりも試料の保管状態を鋭敏に検出
できる指標を見出すことで,4β-HC の濃度を正確に測定し,低及び中程度の CYP3A4
誘導を示す薬剤の評価が可能になると考えた。
以上より,本研究では 4β-HC の正確な定量のために臨床試験試料の採取及び保管プ
ロトコルを最適化し,更に,4α-HC 以外に保管状態を判断できる指標の探索を試み
た。その後,CYP3A4 の誘導能を有する新薬候補化合物による臨床試験を実施し,バ
イオマーカーとしての 4β-HC の有用性を評価した。
第 1 章 4β-HC の安定性評価及び試料の保管状態モニタリングのための指標の
確立
第 1 節 複数種類の試料を用いた 4β-HC の安定性試験及び試料の保管状態モニ
タリングのための指標の探索
【目的】臨床試験において新薬の CYP3A4 誘導リスクを適切に評価するためには,ヒ
ト血漿及び血清中の 4β-HC 濃度を正確に定量する必要がある。そのためには,測定法
の開発に加えて,試料中の 4β-HC の安定性を維持するために,測定試料の採取から濃
度測定までの過程を最適化することが重要である。具体的には,臨床試験の実施施設
における試料の採取・保管,分析施設への試料の輸送,濃度測定のための分析試料調
製など一連の作業フローを考慮しなければならない[9]。そのプロトコルを最適化する
ため,複数種のヒト血漿及び血清を用いて,種々の保管条件下で 4β-HC の安定性試験
を実施した。更に,様々な条件で保管した試料を用いて,4α-HC に代わる臨床試料の
保管状態を判断する指標の探索を実施した。
【方法】4 種の健常ヒト血漿(EDTA-2K, Heparin-Na, Heparin-Li 及び citric acid),血
清,酸性に調整した血漿(EDTA-2K, Heparin-Na)を調整した。各試料において保管前
と,長期の凍結保管,融解状態での短期保管及び試料の凍結融解を繰り返した後に 4βHC の濃度を測定し,試料採取直後に対する変化率(相対誤差, RE)を算出した。4βHC の測定は,高速液体クロマトグラフィー(HPLC)とタンデム質量分析(MS/MS)
を組み合わせた装置(LC-MS/MS)を使用し,多重反応モニタリング(MRM)法で
4β-HC を検出した。その分析条件や試料の前処理方法は過去の報告を参照して構築し
た。
【結果と考察】全ての試料において,4β-HC の短期保管及び凍結融解安定性は良好で
RE は±15%以内であった。長期保管安定性に関しては,保管温度−80°C 及び−70°C で
4β-HC は安定だが,保管温度−20°C で 4β-HC 濃度が増加した。その増加の程度は特
に,酸性に調整した血漿で顕著であった(Fig. 3A, B)。本結果より,第 2 章で実施す
る臨床試験において,被験者からの試料採取時は K2-EDTA 血漿を調製し,4β-HC の
濃度測定までは−80°C または−70°C で保管することにした。また,4β-HC 濃度が増加
した試料の MRM クロマトグラム上において(Fig. 4B),コレステロール酸化体
(peak X)と推定される化合物が生成されることを見出した。その peak X の生成量と
4β-HC 濃度の変化率に相関が認められたことから(Fig.4D),試料が不適切な状態で
保管されたことを特定する指標になりうると考えられた。
40
30
20
10
0
(B)2種の生体試料による安定性試験
60
K2-EDTA
*
Heparin-Na
Heparin-Li
Citrate-Na
Acidic K2-EDTA
Acidic Heparin-Na
Serum
RE (%)
50
(A)7種の生体試料による安定性試験
使用保管前に対する保管後の4β-HC濃度変化率
RE (%)
使用保管前に対する保管後の4β-HC濃度変化率
60
*
*RE > 15%
-10
-20
1か月
2か月
*
K2-EDTA
RE > 15%
Heparin-Na
50
**
40
30
20
*
*
10
0
-10
-20
6か月
6か月
9か月
13か月
Fig. 3 −20℃における試料長期保管後の4β-HC濃度変化
(A)採取直後のK2-EDTA血漿
(B)−20℃で13か月保管したK2-EDTA血漿
100
100
m/z 385.4/109.0
4β-HC
m/z 385.4/367.3
0
4α-HC
Peak
X
Relative Intensity (%)
Relative Intensity (%)
4β-HC
Peak X
4β-HC
4α-HC
m/z 385.4/109.0
4β-HC
m/z 385.4/367.3
0
7.0
Time (min)
8.0
9.0
(C)−80℃で13か月保管したK2-EDTA血漿
4β-HC
Relative Intensity (%)
100
0
4α-HC
m/z 385.4/109.0
4α-HC
6.2
7.0
4β-HC
6.2
7.0
Time (min)
8.0
9.0
(D)−20℃で保管した血漿中における
peak Xのレスポンスと4β-HCの変化率(RE%)
The production of peak X
in MRM chromatogram
6.2
m/z 385.4/367.3
Time (min)
8.0
9.0
RE (%) of 4β-HC in long-term stability tests
Fig. 4 採取直後及び長期保管後の血漿のMRMクロマトグラム及び
peak X存在量と4β-HC濃度の変化率の相関
第2節
試料の保管後に検出されたコレステロール酸化体の構造推定
【目的】第一節で示した peak X は,MRM 測定結果から,プリカーサーイオン(Q1 イ
オン)の m/z とプロダクトイオン(Q3 イオン)の m/z の組み合わせについて,
385.4/109.0 及び 385.4/367.3 と検出されたことから,4β-HC と同様,コレステロール酸
化体と推察された。また 4β-HC 濃度の変化率と相関し,4α-HC に比べ検出力が高いこ
とから試料が不適切な状態で保管されたことを特定するより鋭敏な指標になりうる。
そこで peak X についてより詳細に検証するべく,HPLC と高分解能質量分析
(HRMS)を組み合わせた装置(LC-HRMS)を使用し,peak X の構造推定を試みた。
【方法】第 1 節で実施した長期保管安定性試験において,13 か月間,−20°C で保管し
4β-HC 濃度が変化した K2-EDTA 血漿を前処理した。その抽出試料を LC-HRMS を用い
て,Q1 イオンスキャン及び Q3 イオンスキャンを実施しマススペクトルを解析した。
【結果と考察】Peak X の Q1 イオンのマススペクトルを解析した結果,m/z 385.3461 及
び m/z 425.3391 が検出され,それぞれ[M+H−H2O]+ (∆−1.0 ppm)及び[M+Na]+ (∆−1.2
ppm)と考えられた(Fig.5A)。更に,Q1 イオン m/z 385.3461 のフラグメンテーション
により生成した Q3 イオンのマススペクトルを詳細に解析すると,m/z 177.1266 が検出
され,その組成式は C12H17O (Δ−4.5 ppm)と考えられた(Fig. 5B)。その構造について
はステロイド骨格の A または B 環にヒドロキシル基が結合していると考えられた。試
料の長期保管後にコレステロール酸化体と推察される peak X が生成した現象につい
て,試料中に多く存在するコレステロールが自動酸化されることで生成したと推察し
ており,過去の報告から 5 位または 6 位にヒドロキシル基が結合していると考えられ
る(Fig. 5B)。Peak X の構造同定のため,現在も検討を進めている。
(A)−20℃で13か月保管したK2-EDTA血漿の
Q1イオンクロマトグラム及びスペクトル
(B)−20℃で13か月保管したK2-EDTA血漿のQ3イオンスペクトル
100
[M+H−H2O]+
m/z 385.3461
100
Relative intensity (%)
m/z 425.3391
100
m/z
1000
Peak X
2
HO
3
−H2O
1
4
10
5
H
OH 6
8
H
H
m/z 177
m/z 109.1001
23
24
25
[M+H−H2O]+
m/z 385.3456
26
9
2
HO
−H2O
H
19
27
or
7
[M+H−2H2O]+
m/z 367.3351
22
20
13 17
16
14 15
9
Relative intensity (%)
0
12
11
19
[M+Na]+
H
21
18
1
10
3
4
5
H
6
8
7
OH
m/z 177
m/z 177.1266
4β-HC
Time (min)
20.0
0
100
200
m/z
300
Fig. 5 peak Xが存在する長期保管後の血漿のLC-HRMS分析データ
400
第2章
評価
4β-HC の CYP3A4 誘導能を評価するバイオマーカーとしての有用性
【背景と目的】医薬品開発において新薬の CYP3A4 誘導能を臨床試験で評価する場
合,薬剤を反復投与する前後において,CYP3A4 の特異的な基質となる薬剤(e.g. ミ
ダゾラム)を投与し,基質の血漿中濃度を測定し確認する。新薬の反復投与前後で,
CYP3A4 の基質薬剤の血漿中濃度が低下している場合に,その新薬は CYP3A4 誘導能
を有すると判断される。しかし,バイオマーカーが存在すれば,CYP3A4 の基質薬剤
を投与せずに新薬の CYP3A4 誘導能を評価できることから,4β-HC のバイオマーカー
としての実用化が期待されている。医薬品には,CYP3A4 誘導能が低および中程度の
薬剤が多く存在するが,4β-HC の臨床研究において,そのような薬剤を用いた報告例
はほとんどない。4β-HC を実用化するためには,薬剤の CYP3A4 誘導能の強弱を定量
的に評価できる必要がある。そこで本研究では,CYP3A4 誘導能が弱い薬剤を反復投
与した場合に,有意に 4β-HC 濃度が変化し,CYP3A4 の基質薬剤を投与する臨床試験
の代替手法となる可能性を評価した。
【方法】CYP3A4 誘導能が弱い新薬候補化合物である JTE-451 及び JTE-761(日本たば
こ産業(株)にて開発,いずれも当社開発番号)による臨床薬物相互作用試験を実施
した。投与スケジュールを Fig. 6 に記載する。JTE-451 及び JTE-761 の反復投与前後で
血漿を採取し,4β-HC 濃度を測定した。また,ミダゾラムの投与後も血漿を採取して
LC-MS/MS で濃度を測定し血漿中における曝露量(area under the curve,AUC)を算出
した。TC の測定のため,4β-HC 濃度測定用の血漿採取と同じタイミングで血清を採取
し,比色法キットで濃度を測定した。ミダゾラム及び TC の測定は医薬品開発業務受
託機関で実施した。
(A) JTE-451及びミダゾラムの投与スケジュール
ミダゾラム投与
JTE-451 200 or 400 mg
1日2回 反復投与
(各コホート18名ずつ)
ミダゾラム及び
JTE-451投与
14日間
15日目
JTE-761 400 mg
1日1回 反復投与
ミダゾラム及び
JTE-761投与
14日間
15日目
健常人36名
9日間
1日目
(B) JTE-761及びミダゾラムの投与スケジュール
ミダゾラム投与
健常人16名
1日間 1日目
Fig. 6 JTE-451及びJTE-761の臨床薬物相互作用試験の投与スケジュール
【結果と考察】新薬候補化合物の反復投与後における血漿中 4β-HC 濃度及び 4β-HC/TC
比は,反復投与前と比較し増加する傾向が認められ,特に,4β-HC/TC 比が顕著であっ
た(Fig. 7A, B)。また,新薬候補化合物の反復投与後におけるミダゾラムの AUC 低
下率と 4β-HC 濃度または 4β-HC/TC 比に相関が認められ,特に 4β-HC/TC 比について
高い相関が認められた(Fig. 8)。本結果より,血漿中 4β-HC 濃度より 4β-HC/TC 比の
方が CYP3A4 誘導能を評価するバイオマーカーとして有用と考えられた。すなわち,
臨床試験における 4β-HC/TC 比の測定は,CYP3A4 の基質薬剤を投与する試験の代替
手法となる可能性を示すことが出来た。また,4β-HC 濃度測定の際は peak X の有無を
確認し,適切に保管された試料のデータのみを解析に使用した。本結果は,臨床試験
試料の適切な管理と,不適切な条件で保存された血漿を識別するために peak X をモニ
タリングするという新しいアプローチにより実現したと考えている。
(A)JTE-451投与時の
4β-HC及び4β-HC/TC比
(B)JTE-761投与時の
4β-HC及び4β-HC/TC比
200 mg 1日2回投与, n = 16 #
400 mg 1日1回投与,
n = 15##
4β-HC/TC比 (× 10–5)
50
40
30
20
10
3
2
1
投与前
5
*
60
50
40
30
20
10
投与前
投与後
2
1
投与前
50
40
30
20
10
投与前
5
3
0
60
0
投与後
*
4
*
70
400 mg 1日2回投与, n = 18
70
0
*
4
0
投与後
80
4β-HC/TC比 (× 10–5)
80
投与前
4β-HC/TC比 (× 10–5)
4β-HC濃度 (ng/mL)
60
0
4β-HC濃度 (ng/mL)
5
n.s.
70
4β-HC濃度 (ng/mL)
80
投与後
#18名中2名の被験者が臨床試験中に離脱した
投与後
*
4
3
2
1
0
投与前
投与後
##16名中1名の被験者が
臨床試験中に離脱した
Fig. 7 臨床薬物相互作用試験におけるJTE-451または
JTE-761の反復投与前後の4β-HC濃度及び4β-HC/TC比
160
R2 = 0.2297
160
120
120
100
100
4β-HC濃度の変化率 (%)
140
4β-HC濃度の変化率 (%)
140
80
60
40
20
80
60
40
20
0
0
-20
-20
-40
-100
-50
0
ミダゾラムAUCの変化率 (%)
50
R2 = 0.4209
-40
-100
-50
0
ミダゾラムAUCの変化率 (%)
Fig. 8 臨床薬物相互作用試験における4β-HC濃度及び4β-HC/TC比変化率
とミダゾラムAUC変化率との相関
50
総括
本研究では,臨床試験試料中における 4β-HC 濃度の正確な定量を目的として,試料
の採取及び保管プロトコルを最適化し,4β-HC の CYP3A4 誘導能を評価するバイオマ
ーカーとしての有用性を評価した。
第 1 章では,臨床試験の試料採取,保管及び試料前処理の過程を想定して,長期保
管,短期保管及び凍結融解安定性試験を計画した。過去に,複数の抗凝固剤を添加し
た血漿や酸性に調整した血漿を用いて安定性試験を実施した報告は無かったが,本研
究ではこれらの血漿及び血清を用いて 4β-HC の安定性を評価した。この結果から,試
料を−20°C で長期保管した場合に 4β-HC 濃度が増加し,特に酸性に調整した血漿にお
いて顕著に増加することが明らかとなったため,第 2 章の臨床試験で採取する試料は
−70°C 以下で保管し,酸性に調整しないこととした。更に,4β-HC 濃度が増加した試
料を LC-MS/MS 及び LC-HRMS で分析した結果,試料の保管中に生成したと考えられ
るコレステロール酸化体(peak X)が検出された。Peak X の存在量と 4β-HC 濃度の増
加率に高い相関が認められたため,試料が不適切な状態で保管されたことを特定する
指標になり得るという新しい知見を示した。
第 2 章では,4β-HC の CYP3A4 誘導能を評価するバイオマーカーとしての有用性を
評価した。弱い CYP3A4 誘導能を有する新薬候補化合物を用いた臨床試験を実施し,
試料採取や保管条件は第 1 章の結果を基に確立した手順を適用した。新薬候補化合物
の反復投与後に 4β-HC 濃度あるいは 4β-HC/TC 比の上昇が認められ,また,CYP3A4
のプローブ基質であるミダゾラムの AUC 低下との相関も認められた。過去に弱い
CYP3A4 誘導能を有する薬剤で臨床試験を実施した場合に,4β-HC 濃度が有意に上昇
した事例の報告は無い。今回,臨床試験試料の適切な管理と,不適切な条件で保存さ
れた血漿を識別するためにコレステロール酸化体をモニタリングするというアプロー
チを採用したことで,4β-HC 濃度を正確に定量することが可能となり,更には 4β-HC
の有用性を示すことができた。今後,本アプローチを適用することで,新薬の
CYP3A4 誘導能を適切に評価出来ると考えられ,ひいては,CYP3A4 の基質薬剤を使
用する臨床試験の代替法となる可能性が示唆された。それにより,医薬品開発におい
て臨床試験のコスト削減および期間短縮につながり,また,薬物相互作用リスクを定
量的に評価することで医薬品を服用する患者様の安全に大いに貢献出来ると期待され
る。
引用文献
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