Erianthus arundinaceus遺伝資源のサトウキビ育種への利用
概要
サトウキビ(Saccharum L.)は、C4 型光合成をすることから、高温・強日射条件下において効率的な光合成を行うことが可能であり、水利用効率も優れるため、物質生産の面で優れた特性を持つ。現在、世界で生産される砂糖の約 70 %、バイオエタノール約 40 %がサトウキビから生産されており、世界の食料、エネルギー生産にとって重要な作物である。世界人口の増加に対応するために大幅な食料およびエネルギーの増産が必要とされており、気候変動等に起因する栽培環境の悪化による農業生産への悪影響も懸念されている。そのような中、サトウキビには、干ばつ等の不良環境条件への適応性の飛躍的な向上と、それによる生産性が低い圃場における糖質・繊維質の多収生産を実現し、世界の食料、エネルギーの増産へ貢献することが求められている。
サトウキビの不良環境適応性や糖質および繊維質生産性の飛躍的な向上には、育種による遺伝的な改良が重要であるが、既存品種や育種素材の遺伝的多様性の低さに起因する遺伝的改良の停滞が指摘されている。そのため、不良環境適応性や生産性の改良に向け、遺伝的多様性の拡大や既存品種にはない新たな有用特性の付与が求められている。
サトウキビの近縁属遺伝資源である E. arundinaceus は、複数年の株出し栽培におけるバイオマス生産性が高く、深根性で乾燥等の不良な環境条件への適応性が優れることから、サトウキビの遺伝的多様性の拡大に加え、新たな有用特性の付与による不良環境条件下で の糖質・繊維質生産性の向上に向けた育種素材として大きな可能性を具えている。しかし、今のところ効果的にサトウキビの改良に利用できていないのが現状である。その要因として、1)E. arundinaceus 遺伝資源の農業関連特性に関する情報が少なく、育種目標に合う遺伝資源を選定して育種に利用できていないこと、2)多様な E. arundinaceus 遺伝資源とサトウキビ近代品種との交配を実現するための出穂同期化技術の開発が不十分であること、 3 )現在世界で利用されているサトウキビ近代品種( Saccharum spp. hybrid)と E. arundinaceus との属間雑種の作出が難しいこと、4)属間雑種 F1 や F1 をサトウキビ近代品種に戻し交雑した集団の細胞遺伝学的特性や形態特性、農業特性に関する情報が蓄積さ れていないこと、5)深根性等の E. arundinaceus が具える有用特性のサトウキビ近代品種 への導入可能性に関する知見が不十分であること、が挙げられる。そこで本研究では、日本およびタイにおいて上記 1)~5)の課題を解決する技術開発や知見の獲得を行い、今後のサトウキビ育種における E. arundinaceus 利用上の課題および利用戦略や可能性について考察した。