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脳におけるインプリンティング制御新規メカニズムの解析

今泉, 結 東京大学 DOI:10.15083/0002005155

2022.06.22

概要

【序論】
 哺乳動物の体細胞は父親と母親由来の染色体を持つ二倍体であり、ほとんどの遺伝子はどちらの染色体からも同程度に発現する。一方、およそ150の遺伝子においては、片親由来の常染色体が抑制され発現しなくなる現象、「ゲノムインプリンティング」が知られている。ゲノムインプリンティングは、ICR(Imprinting Control Region)と呼ばれるDNA領域が、アレル特異的にメチル化を受けることによって遺伝子発現抑制が生じると一般的に考えられている。
 これまで、体細胞においてはいったんインプリントが形成されるとインプリントされたアレル(インプリント鎖)からは発現が見られないと考えられてきた。しかし近年の研究により、一部のインプリント遺伝子については、脳において発現の脱抑制(インプリント鎖からの発現)が検出されることが報告された。さらに、母性インプリント遺伝子であるDlk1, Igf2のインプリント鎖は神経幹細胞の維持などに寄与することが示唆されてきた。これらのことから、一部のインプリント鎖は脳発生過程で脱抑制を受け、脳発生に何らかの貢献をする可能性が考えられる。しかしながら、Dlk1, Igf2以外のインプリント遺伝子においてもインプリント鎖に機能があるかは未だ明らかとなっていない。そこで私は、1)父性インプリント遺伝子であるCdkn1cに着目し、そのインプリント鎖が脳発生に寄与するかについて検討を行なった。
 脳においては、インプリント鎖の脱抑制だけでなく、両アレル性発現遺伝子の一部が片アレルの発現抑制を示すことも知られており、特殊なアレル性発現制御メカニズムが存在する可能性が考えられる。しかし、アレル性発現がどのように組織ごとに制御されているかについてはほぼ未解明である。そこでこの点を明らかにするため、2)脳発生の過程で高発現するインプリント制御因子Zfp57が組織ごとのアレル性発現制御に関わるかに着目して解析を行なった。

【実験方法・結果】
1-1.胎生期神経系前駆細胞におけるCdkn1c父方鎖からのmRNAの発現
 Cdkn1cは、Cyclin-dependent kinase阻害タンパク質ファミリーに属する父性インプリント遺伝子である。母方鎖は神経系前駆細胞において発現し脳発生に寄与するが、発現抑制される父方鎖は機能を持たないと考えられており、詳細な解析はなされていなかった。まず、Cdkn1cの父方鎖からそもそもmRNAの発現が検出されるかを検討するため、父方母方各鎖からの転写を区別し定量を行なった。具体的には、Cdkn1c遺伝子座に一塩基多型(Single nucleotide polymorphism, SNP) をを有するC57BL/6J系統(BL6)と定量を行なった。その結果、Cdkn1c父方鎖由来のmRNAは、母方鎖の約1%程度発現することが明らかとなった(図1)。

1-2.Cdkn1c父方鎖KO大脳新皮質では上層ニューロンの減少が見られた
 Cdkn1c父方鎖の脳発生における機能を調べるため、Cdkn1cfloxマウスのオスとNestin-Creマウスのメスを掛け合わせることにより、Cdkn1c父方鎖のみを中枢神経系特異的に遺伝子破壊したマウスを作製した(Cdkn1c父方鎖KO,Cdkn1cpKO)。生後60日目におけるCdkn1c父方鎖KOマウスでは、脳組織全体的な縮小が見られた(図2A)。さらに生後24日目の大脳新皮質においては、下層マーカーであるCtip2陽性細胞の数には大きな変化が見られなかった一方、上層マーカーであるCux1陽性細胞は減少していた(図2B)。このことから、Cdkn1c父方鎖は特定のニューロンサブタイプの数を制御している可能性が示唆された。

1-3.Cdkn1c父方鎖KOにより上層ニューロンを産み出す時期の神経系前駆細胞が減少した
 大脳新皮質において、胎生初期の神経系前駆細胞からは下層ニューロンが産み出され、後期になると上層ニューロンが産生されることが知られている。上記の実験により、Cdkn1c父方鎖KOは層特異的にニューロンの減少が見られたことから、時期特異的に神経系前駆細胞の数が変化する可能性がある。この点を検討するため、胎生初期および後期のCdkn1c父方鎖KOにおいて、神経系前駆細胞マーカーであるPax6による免疫染色を行った。その結果、下層ニューロン産生期である胎生13日目においてはPax6陽性細胞数には大きな変化が見られなかった一方で、上層ニューロンを産生する胎生16日目において、Cdkn1c父方鎖KO脳のPax6陽性細胞数が有意に減少していた(図3)。これらの結果から、Cdkn1父方鎖は胎生後期の神経系前駆細胞の数を制御し正常な数の上層ニューロンの産生に寄与することが示唆された。

2-1.Zfp57は胎生期中枢神経系において高発現する
 Zfp57はKRAB zinc fingerタンパクをコードし、ゲノムインプリンティングの維持を担うことがES細胞の系で知られている。Zfp57はメチル化された一部のICRに結合すると、KAP1複合体をリクルートし、下流の遺伝子発現を抑制する(図4)。生体内においてZfp57は、着床前の初期胚や生殖系列の細胞で高発現するが、興味深いことに、胎生期中枢神経系でも一過的に高発現する。そこで私は、脳発生の過程でZfp57が高発現することにより、脳における特殊なアレル性発現を制御する可能性を考えた。
 まず、それぞれの組織におけるZfp57の発現量を調べるため、胎生16日目における各組織を取り出し、mRNAから定量逆転写PCRを行うことにより検討した。その結果、Zfp57は肝臓などの組織と比較すると、脳において高発現していることが示された(図5)。この結果から、Zfp57が胎生期中枢神経系において何らかの機能を持つ可能性が示唆された。

2-2.Zfp57のノックアウトによりSnrpnは脳においてアレル性発現が変化する
 Zfp57の生体内におけるアレル性発現への関与を調べるためには、Zfp57を破壊しながらアレルを区別する必要がある。そこで私は、近年日本で開発されたiGONAD法(Ohtsuka et al., 2018)を用い、第0世代におけるZfp57の遺伝子破壊を行った。このときJF1とBL6を掛け合わせることによって、その胎仔においてはSNPを用いてアレルを区別することができる(図6)。Zfp57変異体(Mut)および野生型(WT)の胎生16日目胎仔から脳と肝臓を取り出しmRNAから逆転写を行い、それぞれの組織で発現する15個のインプリント遺伝子の父方鎖と母方鎖由来の発現量の比を、MassARRAYプラットフォームを用いることにより解析した(図7A-B)。その結果、Zfp57変異体の脳と肝臓の両方で5個のインプリント遺伝子についてアレル性発現の比率が有意に変化しており、インプリント鎖の脱抑制が生じていることが示唆された。一方で、興味深いことに、父方鎖発現インプリント遺伝子であるSnrpnについては、Zfp57変異体の脳において肝臓よりも顕著にアレル性発現の比率の変化が見られた(図7C)。以上の結果から、Snrpnは脳においてZfp57によるアレル性発現制御を受ける可能性が示唆された。

2-3.インプリント鎖の脱抑制が起きた組織では遺伝子発現量が増加する
 上記の実験により、Zfp57が遺伝子破壊されると、一部のインプリント遺伝子ではインプリント鎖の脱抑制が生じることが示された。そこで、インプリント鎖の脱抑制が実際に発現量の増加を引き起こすかという可能性について検討するため、Zfp57変異体と野生型のそれぞれの組織におけるインプリント遺伝子の発現量を定量逆転写PCRにより比較した。脳と肝臓の両方でアレル性発現の変化が見られたPlagl1は、Zfp57変異体の脳と肝臓の両方で2倍以上の発現が見られる傾向にあった(図8A)。一方、脳のみでアレル性発現に変化の見られたSnrpnは、Zfp57変異体の脳において約1.7倍の発現が検出されたが、肝臓では有意な変化は見られなかった(図8B)。すなわち、Zfp57の遺伝子破壊によりインプリント鎖の脱抑制が起きた組織においては、インプリント遺伝子の発現が上昇する可能性が示唆された。

【まとめと考察】
 本研究により、Cdkn1cのインプリント鎖には機能が存在し、脳発生に必要であることが初めて示された。Cdkn1c父方鎖は、母方鎖と比較し発現レベルが非常に低いにも関わらず、神経系前駆細胞の数を制御し、適切な数のニューロンの産生に貢献すると考えられる。近年の報告で、母体に低タンパク食を与え続けた胎仔では、Cdkn1c父方鎖の脱抑制が特に脳において誘導されること、また別の報告で、Cdkn1cのインプリント鎖を脱抑制させたモデルマウスは行動に異常を示すことが明らかとなった。これらを踏まえると、本研究は脳においてCdkn1c父方鎖が厳密に制御されている可能性をさらに示唆するものであり、興味深い。
 また、本研究では、Zfp57が生体内のインプリント遺伝子のアレル性発現にどのように影響するかについて、脳と肝臓のそれぞれで解析した。Zfp57を破壊すると、Plagl1を含むいくつかのインプリント遺伝子については脳と肝臓の両方でアレル性発現の変化が見られ、Snrpnについては、Zfp57変異体の脳においてアレル性発現の変化が見られた。このことから、脳発生時におけるZfp57高発現が、Snrpnの脳におけるアレル性発現を制御している可能性が示唆された。Snrpnはニューライトの伸長、神経幹細胞の維持などに重要な役割を果たすことが知られている。Zfp57が脳においてアレル性発現を制御することにより、Snrpnの発現量は厳密に制御され、正常なニューロンの成熟に貢献する可能性が考えられる。
 自閉症患者ではアレル性発現の異常が検出される傾向が報告されるなど、脳におけるアレル性発現が正常に制御される必要性が示唆されてきた。本研究を通して、脳における特殊なゲノムインプリンティングの意義の一端を明らかにできる可能性があると考えている。

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