静脈麻酔から覚醒後の悪心・嘔吐におけるラット延髄最後野のドーパミン神経とセロトニン神経の関与 : 行動薬理学実験及び脳マイクロダイアリシス法による検討
概要
全身麻酔薬は,本来の麻酔作用以外に循環抑制,呼吸抑制,肝・腎毒性,術後の悪心・嘔吐 (postoperative nausea and vomiting; PONV)などといった多くの副作用がある.PONV は, 術後 24 時間から 48 時間以内に発生する不快症状であり,最も頻度の高い術後合併症の一つで ある.PONV において麻酔関連要因は非常に重要な因子である.全身麻酔薬の中でも特に揮発 性麻酔薬は PONV 危険因子とされており,PONV リスクの高い患者に対しては静脈麻酔薬の使 用が推奨されている.その一方で,静脈麻酔薬のケタミンやエトミデートにも臨床的に問題とな る副作用として悪心・嘔吐が報告されている.しかし,これらの静脈麻酔薬が引き起こす悪心・ 嘔吐に関してはあまり検討されておらず,その詳しいメカニズムは未だによくわかっていない.
延髄最後野(area postrema; AP)は血液脳関門を欠いているため,常に脳脊髄液と血液中の 催吐物質が直接作用する.AP に存在するドーパミン受容体(DAD2)やセロトニン受容体(5- HT3)は嘔吐に強く関与しているとされる.過去の報告から,悪心・嘔吐の発症に AP と DA 及 び 5-HT との関与が示唆されているが,全身麻酔薬と AP における DA 神経と 5-HT 神経との関 係はよくわかっていない.また,脳マイクロダイアリシス法を用いて経時的に AP の DA 量や 5- HT 量を調べている報告はこれまでに存在しない.
そこで,今回我々は,悪心・嘔吐の発現が高い静脈麻酔薬であるケタミンとエトミデート,悪 心・嘔吐の発現が低いペントバルビタールについて,ラットを使用し,カオリン異食行動実験に よって悪心・嘔吐評価を行い,脳マイクロダイアリシス法を用いて AP における DA 及び 5-HT 量の経時的変化を測定することで,3 つの薬剤が引き起こす悪心・嘔吐反応に AP の DA 受容体 及び 5-HT 受容体が関与しているのかどうか検討した.
今回の研究で,ラットの動物モデルを用いて,静脈麻酔薬であるケタミン及びエトミデート誘 発性 PONV の発現を観察した.ケタミンは麻酔覚醒後早期,エトミデートは覚醒後時間が経っ てから PONV を発現した.ケタミン誘発性嘔吐には延髄最後野での DAD2受容体刺激の関与が 示唆された.エトミデート誘発性嘔吐には AP の 5-HT システムが関与している可能性はある が,それは 5-HT3 や 5-HT4 受容体を介するものではなかった.エトミデート誘発性嘔吐が選択 的 DAD2 受容体拮抗薬により抑制されたことから,AP や末梢神経において,5-HT 神経と相互 作用する DA 神経が存在し,それらの神経刺激がエトミデート誘発性嘔吐に関与している可能 性がある.