オルガノイド培養法を用いた消化管内分泌細胞の解析
概要
【諸言】
消化管は食物の吸収のみならず,バリア機能,免疫機能,ホルモン分泌機能など様々な機能を有している重要な臓器である。また腸は,「腸脳相関」という言葉があるように,脳と密接に関わり生体恒常性を維持する重要な役割をしていることが明らかになってきている。一方で,消化管は外界からの異物に常に曝されているだけでなく,精神的ストレスやそれに伴う過剰栄養摂取,栄養摂取不良による代謝異常などで,慢性的な炎症状態に陥りやすい。近年では,機能性胃腸症,クローン病,潰瘍性大腸炎など原因不明な消化管疾患が増加傾向にある。これら消化管の不具合を解消するためには,消化管の幹細胞や,そこから分化した上皮細胞が炎症・食品成分・ストレスなどによりどのような影響を受けるかという基礎的理解が必要である。
消化管は生体内で最大の内分泌器官であり,摂食刺激により様々なホルモンが分泌され,消化の促進,血糖値および摂食のコントロールを行なっている。特に Glucagon-like peptide-1 (GLP-1),Glucose-dependent insulinotropic polypeptide(GIP)はインクレチンと呼ばれ,栄養素の糖や脂肪酸などを感知すると消化管内分泌細胞から分泌される。これらインクレチンは膵臓ランゲルハンス島 β 細胞に作用してインスリン分泌を促進し,食事によって上昇した血糖値を正常値に戻す役割を担っている。2007 年になり Margolskee らが,消化管のインクレチンが発現する細胞に,甘味受容体 T1R2/T1R3 をはじめⅡ型味細胞特有のシグナル伝達分子を発現していることを初めて報告した(Jang HJ et al., Proc Natl Acad Sci U S A, 2007)。味覚を感知しシグナルを伝達する G タンパク質 α-gustducin を欠損したマウスを用いた実験ではインクレチンの分泌が弱くなることから,味覚シグナルはインクレチン分泌に必須であることが分かってきた。現在では,消化管内分泌細胞の中に味細胞様細胞が存在し,それらは甘味刺激によりインクレチンを分泌し血糖値のコントロールに寄与しているとの考えが浸透している。しかしながら,インクレチンの分泌は栄養価のある糖存在下だけでなく,スクラロースなどの非栄養性甘味料の経口摂取によっても観察されるとの報告がある他,血中にスクラロースを投与した際にも分泌が亢進するという現象も報告されており (Saltiel MY et al., Nutrients, 2017),未だインクレチンの分泌機構については明らかとなっていない。これは,内分泌細胞の存在割合が 1%にも満たないことから,解析が困難であることが一因にある。また,非栄養性甘味料の多くは体外に排泄されエネルギーにならないことから,分解されずに残存する人工甘味料は土壌汚染など生物環境に及ぼす影響が懸念されており,人工甘味料の使用が与える影響についての関心は高い。
Margolskee らの報告と前後して,消化管幹細胞が特定され続いて消化管幹細胞の三次元培養系(オルガノイド培養系)が開発された。このことで,これまで困難であったin vitroでの消化管細胞実験が可能となり,各種因子が消化管上皮細胞に与える影響を生体外にて観察できるようになった。長いことインクレチンの分泌メカニズムは不明であったが,この培養系の誕生により細胞レベルでの研究が進むことが多いに期待されている。