リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

リケラボ 全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索するならリケラボ論文検索大学・研究所にある論文を検索できる

リケラボ 全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索するならリケラボ論文検索大学・研究所にある論文を検索できる

大学・研究所にある論文を検索できる 「神経膠腫の再発・悪性転化に伴うネオアンチゲン発現変化と免疫応答変動の解析」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

コピーが完了しました

URLをコピーしました

論文の公開元へ論文の公開元へ
書き出し

神経膠腫の再発・悪性転化に伴うネオアンチゲン発現変化と免疫応答変動の解析

根城, 尭英 東京大学 DOI:10.15083/0002002363

2021.10.13

概要

背景
 神経膠腫(glioma)は頭蓋内腫瘍の約27%、悪性脳腫瘍の約80%を占める高頻度の原発性悪性脳腫瘍である。GliomaはWHO分類に基づき、病理組織学的に膠芽腫、星細胞腫、乏突起膠腫に分類され、また悪性度としてグレードII-IVに分類される。このうち最も高頻度かつ最悪性(グレードIV)の膠芽腫は、現在の標準治療の下でも生存期間中央値20ヶ月未満、5年生存率16%と極めて予後不良である。またより低悪性度であるグレードII–IIIのgliomaも数年の後に高率に再発し悪性転化する性格をもつ。そして、2005年に登場したtemozolomideを除いてはgliomaに対する有効な新規治療は開発されず、過去30年間での治療成績向上がわずか数ヶ月程度に留まっている点は重大な問題であり、ブレイクスルーをもたらす新規治療が切望されている。
 近年複数のがん種において、免疫チェックポイント阻害剤などのがん免疫治療が目覚ましい治療成績をあげ注目を集めている。Gliomaにおいてもがん免疫治療への期待は大きく、国内外において研究が盛んに行われている。しかしこれまでのところ、gliomaにおいて既存治療を上回る有効性が証明された免疫治療はまだ存在しない。その要因として、典型的なgliomaでは体細胞遺伝子変異数が数個から数十個程度と少なく、そこから生じる免疫応答の標的となる変異タンパク、がん新生抗原(neoantigen, neoAg)の数が限られることも一因と考えられている。

目的
 本研究ではさらに、gliomaの特徴である著しいクローン進化と免疫応答との関係に着目した。Gliomaでは再発・悪性転化に伴い、著しい枝分かれ状のクローン進化を呈することが知られ、治療感受性の細胞クローンが消失する一方で、治療耐性のクローンが優勢となり、徐々に治療抵抗性を獲得すると考えられている。こうした腫瘍進化の過程で、gliomaのもつneoAgがどのように変動するのか、さらにそれが腫瘍微小環境における免疫応答の経時変化とどのように関係し、治療抵抗性においてどのような意義をもつのかを明らかにすることを本研究の目的とした。

方法
 成人glioma手術症例25患者の臨床情報、初発・再発時の凍結腫瘍検体および血液検体を収集しDNA、RNAを抽出し、全エクソームシークエンス(whole-exome sequencing、WES)およびRNAシークエンス(RNA-sequencing、RNA-seq)を行った。これらのオミクスデータを用いて、neoAgの数・種類や発現の評価、および腫瘍内の免疫関連遺伝子発現に関するトランスクリプトーム解析を行った。まず血液DNAのWESデータに基づき患者毎のHLAクラスIの遺伝子型を同定した。また腫瘍のWESデータから体細胞遺伝子変異を検出し、このうちミスセンス変異をリストアップした。そしてneoAg予測プログラムであるNetMHCpanv2.8を用いて、各腫瘍検体における変異ペプチド配列のHLAクラスIとの親和性(IC50値)を推定し、IC50値≤500nMを満たす変異ペプチドを推定neoAg(predicted neoAg, p-neoAg)として同定した。また各々のp-neoAgの発現状態についてRNA-seqデータでの遺伝子発現量および変異アレル頻度に基づき判定し、発現neoAg(expressed-neoAg, e-neoAg)を絞り込んだ。そしてe-neoAg数/p-neoAg数比を検体毎の“neoAg発現割合”とした。
 NeoAgの性質を評価するため、clonalityおよびdriver/passenger遺伝子のどちらの変異由来であるかを調べた。前者は、WESデータからソフトウェアPyCloneを用いて変異含有腫瘍細胞率(cancer cell fraction, CCF)を推算し判定した。後者は公共データベース参照により判定した。
 患者毎のneoAg発現割合の初発・再発間の変化度を算出し、低下度が大きい患者群1/3を低下群(n=8), 低下度が小さい患者群1/3を非低下群(n=8)と定義した。この2群間で、腫瘍内に浸潤した免疫細胞(tumor-infiltrating leukocyte, TIL)、抗原提示能(antigen presentation machinery, APM)や他に関連する遺伝子発現の経時変化に関する差異を調べるため、RNA-seqデータを用いてgene ontology(GO)解析、gene set enrichement解析(GSEA)を行った。また腫瘍切片を用いてCD8、HLAクラスIに対する免疫組織化学染色を行い、トランスクリプトーム解析の検証に用いた。
 最後にneoAgの発現変化と予後との関係を検討した。上述の低下群・非低下群の計16患者について、無再発生存期間(progression-freesurivival, PFS)、全生存期間(overall survival, OS)、再発後生存期間(survival after the 2nd surgery, 2nd-OS)を2群間でlog-rank検定により比較し、またneoAg発現割合の変化度の予後への影響を、既知の予後因子と共に多変量Cox比例ハザードモデルにより評価した。

結果
 本研究において解析対象とした25患者の内訳は、膠芽腫8例、星細胞腫9例、乏突起膠腫8例であり、年齢中央値は39歳(24–76)、9例が女性であった。初発・再発間に行われた治療は、放射線化学療法併用9例、放射線治療のみ1例、化学療法のみ11例、経過観察4例であり、免疫治療が行われた症例はなかった。
 初発・再発間のミスセンス変異、p-neoAg、e-neoAgの経時変動を比較したところ、初発腫瘍で認めた変異・neoAgのうち半数以上が再発時には喪失しており、顕著なクローン変化が示唆された。また変異数やneoAg数は初発・再発間でいずれも有意差を認めなかった。一方、neoAg発現割合については、再発時に有意な低下傾向を認めた(中央値0.37対0.28、P=0.003)。対照的に、低親和性変異ペプチド(IC50>500nM)では発現割合の低下傾向は認めなかった(P=0.41)。さらに詳細に区分し発現割合を調べたところ、この低下傾向は、HLAクラスIと高親和性、clonal、passenger遺伝子変異に由来、という特徴をもつneoAgで特に認められることが判明した。
 次に、neoAg発現割合の初発・再発間の変化度に基づき低下群(n=8)、非低下群(n=8)の患者群を抽出し、遺伝子発現パターンを比較した。まず経時的な遺伝子発現変動の傾向の差を低下群・非低下群の間で比較し、低下群において特異的に発現上昇を示す128の遺伝子群を同定しGO解析を行ったところ、“炎症反応に関連した白血球遊走”、“CXCRケモカイン受容体結合”等の免疫応答活性化を示す多数のGOtermの有意な増強が示された。さらにGSEAにより各群内での初発・再発腫瘍間のTIL分画の増減を評価したところ、低下群では活性型CD8陽性T細胞などの複数のTIL分画が増加傾向を示したのに対し、非低下群では大部分のTIL分画が減少していた。免疫染色では、低下群においてCD8陽性細胞数が保たれる傾向にあった一方、非低下群においては減少傾向が示唆された。また同じくGSEAによりAPMの経時変化を評価したところ、非低下群においては再発時にAPMが有意に減弱することが示された。免疫染色でも、非低下群症例でHLAクラスIの発現が再発時に減弱する傾向が示された。すなわち、neoAg発現割合が強く低下した患者群において、再発時に免疫応答の増強、TILの増加がみられ、一方対照群においてはneoAg発現割合が保たれる代わりにAPM減弱傾向が明らかとなった。
 予後解析では、低下群・非低下群の2群間で生存期間を比較したところ、PFS、OSについて両群間で差を認めなかった(P=0.37、P=0.22)。2nd-OSについては統計学的に有意でないものの、生存曲線において低下群で予後良好の傾向が示唆された(P=0.14)。NeoAg発現割合低下/非低下と組織型の2つを共変量として多変量解析を行い再発後死亡に関するハザードを比較したところ、neoAg発現割合低下群における調整ハザード比は0.32(95%信頼区間0.08–1.3、P=0.11)であり、予後良好の傾向が示唆されたが統計学的に有意ではなかった。

考察
 本研究においてneoAg発現割合が再発時に有意に低下する傾向が明らかとなり、特にHLAクラスI高親和性、clonal、passenger遺伝子変異由来、という特徴をもつneoAgで発現割合の低下傾向がより顕著であった。これらの特徴はいずれも、従来免疫応答の標的となりやすいとされるneoAgの特徴とよく合致しており、このような経時変化は免疫学的な機序によりもたらされた可能性が高いと考えられた。
 また遺伝子発現変動解析から、特にneoAg発現割合が低下していた患者群(低下群)では対照群と比較し、再発時の免疫応答の活性化、TILの維持または増加がみられ、一方対照群ではAPMの減弱傾向が示された。NeoAg発現割合の低下とAPMの減弱という2つの現象は、いずれも免疫応答の標的であるneoAgが免疫監視機構から認識されにくくなるという点で共通しており、本研究からも相補的な関係が示唆された。そして、APMが維持された患者において、免疫による選択圧が持続し免疫編集が生じた結果、neoAg喪失やneoAg発現低下がもたらされるのではないかと推察された。
 生存解析では、低下群でやや良好の傾向が示唆された。これは対照群に比べ低下群において、免疫応答、TILが再発時の時点でも比較的保持されたことと関係していた可能性が考えられた。NeoAg発現低下と予後との関係については、今後より大きな症例数での検証により明らかにされることを期待する。
 本研究の中では、このようなneoAg発現割合の低下が生じる具体的な分子生物学的機序については明らかとなっていない。今後症例数を増やし、オミクスデータ解析に加え前向きに臨床腫瘍検体を集積・解析することで、neoAgの発現および抗原特異的なT細胞応答との関係についてより詳細に明らかにされることを期待する。

結語
 本研究から、gliomaの再発・悪性転化の過程で生じるクローン進化に伴い、放射線・化学療法の影響も加わり、抗腫瘍免疫応答の標的となるneoAgにも数・種類に著明な変化を来すことが示された。そしてそれとともにneoAgの発現割合が低下し、より免疫応答が働きにくい腫瘍細胞群が優勢となるように進化する可能性が示唆された。今後の治療開発においては、こうしたneoAgの変動とそれを介したgliomaの免疫逃避機構の存在を念頭に、複合的な免疫治療戦略を開発する必要があると考える。

全国の大学の
卒論・修論・学位論文

一発検索!

この論文の関連論文を見る