PLCζ-mRNA同時注入による円形精子細胞または体細胞由来産仔の作出
概要
卵子の人為的な活性化は円形精子細胞との受精や、体細胞核移植等の卵子活性化能を持たない細胞に必要とされている。現在、家畜であるブタやウシ卵子の活性化には薬品や電気刺激が主に卵子の活性化に使われている。しかしこれらの活性化は通常受精よりも発生率や産仔率が低下する。そのため、より自然な方法として、精子頭部に存在するフォスフォリパーゼ Cζ(PLCζ)をコードする mRNA を卵子内へ注入して卵子を活性化させる方法も開発されている。だがこの方法で円形精子細胞からの産仔作出の報告があるものの、卵子に 2 回の注入作業を要することから卵子への負荷も多く実用化までに問題を抱えている。そこで、第 1 章では哺乳類の中で現在最も高い活性化能力を持つとされているウマ PLCζ-mRNA を採用し、発生向上を目指した。加えて注入方法の改良により卵子への負荷と作業効率の改善を図った。
まずマウスPLCζ-mRNA とウマPLCζ-mRNA を卵子に注入する際の最適濃度を定めるための濃度検討を行った。その結果、マウス PLCζ-mRNA において 0.1ng/µl 区で 18.5%と低い活性化率を示し、1ng/µl、10ng/µl では 93.8%、96.0%をそれぞれ示した。一方で、ウマ PLCζ-mRNA では 0.01ng/µl で 21.5%の活性化率を示し、0.1ng/µl と 1ng/µl において、88.5%と 97.9%と高い活性化率を示した。
その後胚盤胞までの発生率を調べた結果、マウス PLCζ-mRNA において、0.1 ng/µl および 10 ng/µl 区で胚盤胞発生率の低下が示された。また、ウマ PLCζ-mRNA において、0.01 ng/µl と 1ng/µl の両区において、どの段階においても低い発生率を示した。これらの結果から、マウスPLCζ-mRNA の最適濃度を 1 ng/µl、ウマ PLCζ-mRNA の最適濃度を 0.1 ng/µlとして今後の実験を行うことにした。
次に最適な不活性化処理精子の注入タイミングを調べた。マウス PLCζ-mRNA およびウマ PLCζ-mRNA を注入後それぞれ 115-160 分後に観察を行った。そしてこれらの胚を MⅡ、A/TⅡ、PB の3つに分類し活性化開始時間を調べた。その結果極体の放出は 120-145分後に行われていることが明らかとなった。したがって、不活性化精子の注入は mRNA の注入後に行うことにした。2細胞期胚をレシピエントマウスに移植を行い産仔率の検討を行った。移植の結果、マウス PLCζ-mRNA およびウマ PLCζ-mRNA で活性化された卵子から正常な産仔が得られたが、ウマ PLCζ-mRNA の産仔率は 24%となり他の区と比較して有意に産仔率が減少した。
第 2 章では最初に PLCζ-mRNA の注入方法の検討を行った。細胞と同時に注入される
PVP 溶液は、単独で注入する場合よりもおよそ 27 分の 1 であることがフィコエステリンの注入量の計算により明らかとなった。実際にマウス卵子へ 2, 20, 100 ng/µl の mRNA を注入した後に活性化率と発生率を観察した結果、20, 100 ng/µl 区において高い活性化率を示した。その後発生率を観察した結果 20 ng/µl 区と 100 ng/µl と比較して 20 ng/µl の方が高い胚盤胞発生率を示した。
本実験の活性化法が従来法である塩化ストロンチウムによる活性化と比べてどの程度活性化に遅延が見られるのかを調べるために、円形精子細胞を注入してから経時的に核相を観察した。精子細胞の核相は、染色体凝縮、染色体脱凝縮、前核形成の 3 つに分類した。結果として、同時注入を行った場合、活性化がМⅡ中期まで進行していることが明らかとなった。次に卵子の活性化方法の違いによって卵子のエピジェネティクス修飾が変化するかどうかを調べるために、円形精子細胞と正常受精胚と比較してすでに異常があることが知られている H3K9me3 の蛍光強度を調べた。その結果、正常受精胚と PLCζ-mRNA を比較して塩化ストロンチウムと活性化した場合と同様の高メチル化が観察された。PLCζ-mRNA を単体で注入して活性化した場合においても同様の結果が得られた。
実際に円形精子細胞とPLCζ-mRNA を同時に注入した際の胚盤胞発生率および胚盤胞の質を調べた結果、塩化ストロンチウムで活性化した場合と同等の発生率を示した(65-64%)。一方で PLCζ-mRNA を単体で注入した場合胚盤胞発生率は低下した(55%)。そして胚盤胞の ICM および TE の細胞数を比較した結果、PLCζ-mRNA と円形精子細胞を同時に注入した場合と塩化ストロンチウムにより活性化した場合で差はみられなかった。第 3 章では、円形精子細胞による受精卵、および体細胞からクローン胚を作り産仔への発生率を調べた。まず、円形精子細胞と PLCζ-mRNA を同時注入する活性化を繁殖技術に応用することが可能か調べるために、2 細胞期のROSI 胚を偽妊娠雌に移植することで産仔率を調査した。その結果、従来法での生存卵子は 74%、円形精子細胞とPLCζ-mRNA を同時に注入した区では 77%と有意な差はみられなかった。活性化率においても、2PN の割合が従来法では 49%、同時注入法では 31%と低くなる傾向はみられたが、有意な差はみられなかった。その後2細胞期に発生する割合は従来法で 62%、同時注入法では 56%であった。その胚を偽妊娠雌に移植した結果、従来法では 30%、同時注入法では 31%と差はみられなかった。そして得られた産仔に異常はみられなかった。
PLCζ-mRNA を用いて再構築胚を活性化させた場合において、再構築胚に対してエピジェネティクス修飾に変化を及ぼすかどうかを調べた。再構築胚において H3K9me3、 H3k4me3、H3K27me3 が体細胞の初期化に大きくかかわると考えられていることからこの 3 つの蛍光強度を観察した。その結果、PLCζ-mRNA と塩化ストロンチウムで活性化させた場合を比較したが、有意な差はみられなかった。
最後に、PLCζ-mRNA を用いて体細胞核移植を行い、卵丘細胞から正常な産仔を得ることに成功した。この成功率は同時注入による活性化と塩化ストロンチウムによる活性化は同等の産仔率であった(2.3-1.8%)。一方で、PLCζ-mRNA を単体で注入した場合では他の実験区と比較して産仔率は低下した(0.5%)。また、胎児の重量および胎盤重量に関してすべての区において差は見られなかった。以上より、本研究は新規活性化方法の開発を試みた結果、高い活性化能をもつウマ PLCζ-mRNA を用いても産仔率を向上させることができなかった。一方で、PLCζ-mRNA と細胞を同時に注入する方法は作業効率の改善と卵子への負荷の減少に成功した。