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大学・研究所にある論文を検索できる 「膵管がんの3次元培養下の表現型におけるO-GlcNAc修飾の機能の解析」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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膵管がんの3次元培養下の表現型におけるO-GlcNAc修飾の機能の解析

粂, 優彦 東京大学 DOI:10.15083/0002002513

2021.10.15

概要

【序論】
 膵管がんは5年生存率が10%未満の難治性がんであり、現在の化学療法では根治が期待できない。膵管がんにおいては腫瘍内多様性(intratumoral heterogeneity)が薬剤耐性の主因となることが提唱されている。そのため膵管がんの予後改善に向けて、腫瘍内の異なる特性をもったがん細胞の分子基盤を理解することが重要となる。当グループでは先に、KrasG12DおよびSV40LargeT抗原を膵臓特異的に発現させ、自発的に膵管がんを発症するモデルマウスを作出した(J Pathol., 2014)。このマウス由来の膵管がん細胞はin vitroで継続的に培養でき、コラーゲンゲル内3次元培養下において、球状(Spheroid型)および管状(Tube型)の2種のコロニーを形成した(Fig.1)。また、クローン化された2種の細胞株の観察から、2種の表現型に可塑性があることも判明している。この表現型の違いは膵管がんの腫瘍内多様性を反映すると考えられるが、その違いの意義や制御機構は不明である。本研究では、2種の細胞株が同じ遺伝的背景をもつこと、互いに可塑的であることを踏まえ、翻訳後修飾であるO-GlcNAc(O-linked β-N-acetylglucosamine)修飾に着目した。この修飾は細胞質と核で可逆的に起こる唯一の糖修飾であり、O-GlcNAc転移酵素(OGT)によってタンパク質のSer/Thr残基に付加される。さらに、この修飾は様々ながんで亢進し、がんの予後不良性と相関することが示唆されている。そこで本研究では、膵管がんの2種の表現型の違いにおけるO-GlcNAc修飾の機能解析を通して、膵管がんの腫瘍内多様性に関わる分子基盤の理解を目指した。

【結果】
1.O-GlcNAc修飾の増加はTube型表現型と相関する
Spheroid型とTube型のそれぞれの特性を理解するために、増殖速度、遊走能、薬剤耐性の3点を比較した。まずMTTを用いて増殖速度を比較したところ、両者に顕著な差は見られなかった。一方、創傷治癒アッセイにより遊走能を比較したところ、Tube型細胞はSpheroid型細胞よりも創傷治癒が速く、遊走能が高いことが分かった(Fig.2a)。3つ目に、膵管がんの化学療法剤であるGemcitabineの存在下で3次元培養を行い、薬剤耐性を比較したところ、Tube型細胞はSpheroid型細胞よりもGemcitabine存在下で生存・成長したコロニーが多く、薬剤耐性が強いことが分かった(Fig.2b)。Tube型に悪性がんの特徴が見られたため、次にO-GlcNAc修飾量との相関を調べた。各細胞の細胞質および核画分を抗O-GlcNAc抗体により染色したところ、Tube型は核内のO-GlcNAc修飾量がSphere型よりも高いことが分かった(Fig.2c)。

2.O-GlcNAc修飾はTube型の表現型を促進する
 Tube型においてO-GlcNAc修飾が高いことの意義を調べるため、転移酵素OGTをノックダウンした。OGTを標的とするshRNAを安定発現したTube型細胞を3次元培養に供したところ、管状のコロニーが減少し、逆に球状のコロニーが増加した(Fig.3a)。さらに、OGTのノックダウンはTube型細胞の遊走能と3次元培養下におけるGemcitabine耐性を低下させた(Fig.3b,c)。O-GlcNAc修飾がTube型の形態と遊走能、薬剤耐性に必要であることが示唆されたため、次にSpheroid型細胞で強制的にO-GlcNAc修飾を亢進することで、Tube型と同様の表現型を誘導できるか検討した。O-GlcNAc分解酵素(OGA)の阻害剤Thiamet-Gを3次元培養時のSpheroid型細胞に添加したところ、球状コロニーから管状の構造物が発生した。以上から、O-GlcNAc修飾は3次元培養下におけるTube型表現型を促進することが示唆された。

3.Tube型の表現型に関わるO-GlcNAc修飾の標的タンパク質の同定
 Tube型表現型の促進に関わるO-GlcNAc修飾タンパク質を同定するため、各細胞株のライセートを二次元電気泳動により分離し、抗O-GlcNAc抗体で染色した。その結果、Spheroid型よりもTube型でシグナルが高いスポットが計33個検出された(Fig.4a)。そこで、これらのスポットのタンパク質を質量分析により同定し、FLAG融合体をクローニングして解析を行ったところ、特にNF-κBファミリー転写因子であるc-Relに抗O-GlcNAc抗体が強く反応した。前述の結果から核内のO-GlcNAc修飾が重要と示唆されたことを踏まえ、転写因子c-RelのTube型表現型における意義をより詳細に検討した。Tube型細胞のc-Relをノックダウンしたところ、3次元培養下において管状のコロニーが減少し、逆に球状のコロニーが増加した(Fig.4b)。また、Tube型細胞の遊走能は変化しなかったものの、Gemcitabine感受性を回復させた(Fig.4c)。以上から、c-RelはTube型の形態と薬剤耐性に必要であることが示唆された。NF-κBファミリーはストレス刺激依存的に活性化して核移行し、生存や増殖を促す遺伝子発現を制御することが知られる。そこでc-RelのO-GlcNAc修飾がGemcitabine依存的な活性化に伴い変化するかどうかを免疫沈降により調べた。その結果、Thiamet-G存在下で、c-RelのO-GlcNAc修飾はGemcitabine依存的に増加した(Fig.4d)。また、細胞質・核画分のc-Relを染色すると、Gemcitabine依存的に核内のc-Relが増加することが確認された。以上から、c-RelはGemcitabine依存的活性化に伴いO-GlcNAc修飾を受けることが示唆された。

4.c-RelのO-GlcNAc修飾部位の特定とO-GlcNAc修飾サイト特異的な抗体の作出
 c-RelのO-GlcNAc修飾の機能を解明する上で、修飾サイトのアミノ酸残基の特定が重要となる。さらに、c-RelのO-GlcNAc修飾を特異的に認識する抗体が作出できれば、その機能解明に大きく貢献できる。そこでこれを実施するため、まず質量分析による修飾サイトを解析した。精製したFLAG-c-Rel(マウスc-Relとヒトc-Relの2種類)をETD(電子伝達解離法)-MS/MSを搭載した質量分析計に供し、GlcNAc1個分に相当するm/z=204のシフトの見られるSer/Thr残基を分析した。その結果、c-Relの中央付近のRIDドメインからC末端側のTADドメインにかけて多数のO-GlcNAc修飾サイトが存在することが判明した(Fig.5a)。アラニン置換体を用いた一連の解析から、ヒトc-Relでは特にS379Aが抗O-GlcNAc抗体の反応を顕著に低下させたことから、S379が主要な修飾サイトであると考えられた。そこで、ヒトc-RelのS379-O-GlcNAcを特異的に認識する抗体の作出を試みた。S379-O-GlcNAcの周辺領域の合成ペプチドをウサギに免疫し、その血清をアフィニティ精製した結果、ELISA、ウェスタンブロット、免疫沈降、免疫染色が可能なポリクロ―ナル抗体を取得した(Fig.5b)。興味深い事に、FLAG融合リコンビナント体の免疫染色おいて、抗FLAG抗体で染色されるc-Relの局在は細胞質と核に見られたのに対して、抗S379-O-GlcNAc-c-Rel抗体で染色されるO-GlcNAc化c-Relの局在は核のみに見られた(Fig.5c)。すなわち、O-GlcNAc修飾はc-Relの核内における機能に重要であることが示唆された。

【考察】
 近年、コラーゲン等の細胞外基質を用いたがんの3次元培養が、生体内のがんの特性をより反映することが注目されている。膵管がんでは、3次元培養時にスフィア状コロニーや管状構造物が存在することが報告されているが(Nat Protoc., 2013)、その意義や制御機構については不明だった。本研究より、膵管がんの3次元培養時の表現型の違いが遊走能や薬剤耐性と相関し、O-GlcNAc修飾がTube型表現型の維持・促進に重要であることが示唆された。これまでO-GlcNAc修飾は正常組織とがん組織の比較からよく議論されてきたが、がん組織内にもO-GlcNAc修飾の多様性があり、これが抗がん剤耐性に関わる可能性が提示された。一方、今後はin vivoの系および病理切片等を用いた検証が必要である。
 O-GlcNAc修飾はこれまで検出の困難さから研究が遅れてきたが、最近の質量分析計の進歩により、修飾部位の高感度な検出が可能となってきた。p65とRelBに並び、NF-κBの重要な構成因子であるc-Relは、過去に1ヶ所のO-GlcNAc修飾サイトが発見されているが(Sci. Signal., 2013)、本研究では既知のもの以外にも多数のサイトが存在することを明らかにした。さらに、c-Relの主要なO-GlcNAc修飾部位に特異的な抗体を取得できたことから、修飾の機能や動態をより詳細に解析するためのツールが得られた。一方、c-RelはTube型の遊走能には寄与しなかったことから、他にも重要なO-GlcNAc修飾の標的が存在すると考えられる。より網羅的な探索手法の実践により、この発見に繋がると考えている。