集落営農法人の持続的経営を図るシステム
概要
1本研究における問題意識
1.1研究の背景と問題意識
我が国の地域農業は,集落の過疎化や高齢化による農業従事者の減少と,耕作放棄地の拡大によって集落の存続すら危ぶまれる状況にある。
国は,2007年から品目横断的経営安定対策(以下「品目横断」と記述する。)を開始した。施策上のポイントとして以下の2点が挙げられる。
①施策の対象者を地域農業を担う意欲と能力のある担い手に限定し,その経営の安定化を図ることで農業構造改革の加速化を図った。集落営農と集落営農法人が支援対象となった。
②経営全体に着目した政策に一本化することで,経営者の創意工夫の発揮とニーズに応えた生産の促進を図った。米,麦,大豆等の土地利用型作物に対して助成を実施した。
国に担い手として位置づけられた集落営農は,集落を単位として水稲を主体に農産物等の生産及び販売を,集落の合意の下に共同化する組織である。集落営農の経営が高度化し法人化したものが集落営農法人である。土地利用型作物が品目横断の支援対象となったことから,多くの農業者が該当することとなり,集落営農の組織化と集落営農法人の設立が急速に伸びていき,2020年2月現在で14,832組織及び5,458法人となった。しかし,全国的に構成員の高齢化・後継者不足による農業生産活動及び集落機能の低下に悩む集落営農法人は少なくない。
1.2研究の目的と課題
本研究では,集落営農法人の持続的経営の仕組みに焦点をあて,その実態と論理を明らかにすることを目的とする。経営戦略論における知識創造理論の「見えざる資産」の循環構造モデルを分析フレームワークとして,持続的経営を図るための経営の仕組みについて考察を行う。また,このフレームワークに,合意形成が触媒機能を果すと推測し研究を進める。
本研究は広島県の集落営農法人を中心に事例研究を進める。
2本研究の構成
2.1分析フレームワークの策定に向けてまず始めに,第1章では,水田農業を主体とした集落営農法人の歴史的展開を整理する。戦後の地域農業における水田農業の担い手として集落営農が組織化され,さらなる経営の高度化に向けた法人設立への展開を整理する。続いて,本研究の対象となる集落営農法人の経営状況と課題について,広島県及び広島県集落法人連絡協議会との共同調査データを用いて概説する。
第2章は,集落営農及び集落営農法人に関する既往研究の整理を行い,第3章では,集落営農及び集落営農法人に関する研究領域を中心に,農業経営研究における知識創造の議論と合意形成の議論について理論的整理と検討を進めた。
2.2分析フレームワークの策定と検証
第4章では,本研究における分析フレームワーク「知的創造理論における「見えざる資産」を創造する循環構造に,「合意形成」が触媒として機能するシステム」を提示する。集落営農法人が,①規模の経済,②深さの経済,③範囲の経済,④組織の経済の4つの成長の経済によって自ら学習することで戦略的行動を起こした結果,新たな知識の深化と知識の相互作用のサイクルによって見えざる資産を創出する循環構造が稼働する(図1参照)。
このとき,新たな知識の深化と知識の相互作用のサイクルを回すための触媒として,第3章で整理した合意形成が機能するとの仮説を設定した。
第5章では定性分析と定量分析によって予備的調査を実施し,分析フレームワークの有効性を検証する。定性分析では,円滑な合意形成に向けて活発な会合や親睦活動を実行している集落営農法人には,普遍化することが可能な共通の仕組みが機能しているのではないかとの仮説をたてた。JA滋賀蒲生町集落営農法人連絡協議会主催の「後継者問題を検討するワークショップ」に参加した法人の,人材確保策の検討から実行までの過程を定性的に分析し,円滑な合意形成を可能とする普遍化した共通の仕組みの解明を試みた。
ワークショップでは,法人ごとに10年後の後継者の人材見込みに対して事前に役員会で人材確保策を検討し,発表した。参加した13法人の中で,役員会での検討状況が積極的と分類された5法人に共通する特徴として,「集落内の多様な人員の参加」,「集落内組織の状況」,「運営負担の軽減」の3点を抽出することができた。
定量分析は,定性分析で得られた「円滑な合意形成を行う複数の法人に共通する特徴」と,広島県内の集落営農法人を対象に実施した法人経営に関するアンケート調査結果を用いて共分散構造分析を行う。先述した「知的創造理論における「見えざる資産」を創造する循環構造に,「合意形成」が触媒として機能するシステム」の有効性を検証する。
検証の結果,定性的分析によって得られた持続的な経営に向けた集落営農法人の円滑な合意形成過程の共通な特徴の3点は,定量的な分析からも一部明らかにすることができた。また,合意形成から見えざる資産への因果関係は認められた。企業自ら学習することで見えざる資産を創造し,蓄積するフレームワークについては,見えざる資産を創造する新たな知識の深化と知識の相互作用の循環作用に対して合意形成が触媒として機能していると推察された。
2.3分析フレームワークを用いた事例研究
第6章からと第9章は,第4章で設定し,第5章で有効性を検証した分析フレームワークを用いて,広島県内の集落営農法人の事例研究を行う(表1参照)。対象となる4法人について,法人経営等を概説し,見えざる資産を生む好循環サイクルと円滑な合意形成過程について法人ごとに分析し,集落営農法人の持続的経営の仕組みの実態と課題を解明する。分析フレームワークを用いて広島県内の集落営農法人の事例から集落営農法人の持続的経営に向けた仕組みの実態と課題を分析した。
3本研究の成果と残された課題
3.1分析フレームワーク
当研究では,「見えざる資産」の循環構造モデルを分析フレームワークとして,集落営農法人の持続的経営の仕組みについて検討した。
集落ぐるみ型の集落営農法人の持続的経営に対して,4つの成長の経済による自ら学習するサイクルに合意形成が触媒として機能する新たなモデルを示すことで,事例となった集落営農法人の持続的経営の仕組みをわかりやすく分析することができ,対象法人が持つ知の深化を促す仕組みの理解を深めることを可能とした。
このことから,「見えざる資産」の循環構造モデルに合意形成を触媒として活用した分析フレームワークの有効性が示唆されたと言えるのではないだろうか。
3.2合意形成と営農体制を分析軸とした類型化
事例研究を実施した4法人について,利害関係者との合意形成と営農体制の2軸を分析軸として類型化し,集落営農法人の経営展望の方向性について検討を重ねた(表2,表3参照)。
兼業従事者が主体となって法人経営を進める集落ぐるみ型法人にとって,法人設立後の経営の危機は,構成員の高齢化及び後継者難によるリーダー後継者または営農担当者の人材不足の状況に陥った段階と推測される。このとき,常時雇用者を受入れる意思決定をした「常時従事者受入型」と,兼業従事者主体の現体制を継続する意思決定をした「兼業従事者主体型」への類型化が想定された。
集落ぐるみ型集落営農法人の持続的経営において,構成員の高齢化及び後継者難によるリーダー後継者または営農担当者の人材不足の危機を迎えた時に,以下の2点の意思決定に大別するものと考えられる。
①構成員の法人への参画意識が存続する働きかけが効果を及ぼしている法人は,兼業従事者主体型を継続する意思決定を採択し,経営の存続を図る。
②構成員の法人への参画意識が希薄化した法人は,構成員の協力を得にくいことから,常時雇用者受入型による経営存続を図る。
集落ぐるみ型法人は,設立後の法人経営の存続に向けて,水田規模の拡大による生産性の向上や経営の多角化,垂直統合等によって,知識の相互作用と新たな知の深化の好循環サイクルを生む経営を進めている。しかしながら,構成員の高齢化及び後継者難によるリーダー後継者または営農担当者の人材不足の危機を迎えたときに,全ての法人が常時雇用者受入型へ向けた意思決定を進めるのではなく,構成員と共に兼業従事者主体型による経営の存続を意思決定する法人もあることが,事例研究によって解明できたのではないだろうか。これは新たな知見と考えられる。
3.3残された課題
本研究を進めた結果,以下の2点の課題が残された。
1点目は,集落ぐるみ型の集落営農法人の持続的経営に対して,「見えざる資産」の循環構造モデルに合意形成を触媒として活用した分析フレームワークの有効性が示唆されたと考えられる。集落内の大型農家等の担い手(1戸から数戸))が出資して設立した担い手中心型法人に対しても,この分析フレームワークが有効であるかの検証が残された課題である。
2点目は,事例研究において利害関係者との合意形成と営農体制の2軸を分析軸に類型化を進めた。
研究の結果,集落ぐるみ型集落営農法人の持続的経営において,構成員の高齢化及び後継者不足によるリーダー後継者または営農担当者の人材不足の危機を迎えた時に,常時雇用者を受入れる意思決定をした「常時従事者受入型」と,兼業従事者主体の現体制を継続する意思決定をした「兼業従事者主体型」へ類型化した。
このことは,構成員の高齢化及び後継者難によるリーダー後継者または営農担当者の人材不足の危機を迎えたときに,全ての法人が常時雇用者受入型へ向けた意思決定を進めるのではなく,構成員と共に兼業従事者主体型による経営の存続を意思決定する法人もあることが,論理的にも解明できたのではないかと思われる。
今後も事例研究を重ねることで,さらに精緻な類型化を進めることが残された課題である。