有機金属イオン液体からなる機能性ソフトマターの開発
概要
Kobe University Repository : Kernel
PDF issue: 2024-05-02
Development of Functional Soft Matter
Containing Organometallic Ionic Liquids
⻆谷, 凌
(Degree)
博士(理学)
(Date of Degree)
2023-03-25
(Date of Publication)
2024-03-01
(Resource Type)
doctoral thesis
(Report Number)
甲第8585号
(URL)
https://hdl.handle.net/20.500.14094/0100482333
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(別紙様式 3
)
論文内容の要旨
氏 名
角 谷 凌
専 攻
化学
論文題目(外国語の場合は,その和訳を併記すること。)
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(有機金属イオン液体からなる機能性ソフトマターの開発)
指導教員
持 田 智 行 教 授
角 谷 凌 : No.1
本論文は、有機金属錯体からなる機能性イオン液体、ソフトマター、およびイオン結晶
に関する研究成果をまとめたものであり、 7章から構成されている。近年、イオン液体はそ
の物性や機能性が注目され、基礎・応用の両面から盛んに研究がなされている。本論文著者
の所属する研究室では、サンドイッチ型錯体をカチオンとするイオン液体が開発されてき
た。なかでも、ルテニウムを中心金属とするイオン液体は、光と熱によって可逆な配位構
造転換を示す。そこで本研究では、これらのイオン液体の機能性拡張およびソフトマター
への展開を目的とした。第2-6章では、ルテニウム錯体をカチオンとするイオン液体の物質
開発および物性制御について検討した。第7章では、ロジウム錯体をカチオンとする動的イ
オン結晶の熱物性および反応性について検討した。
第1
章は、本研究の背景であるイオン液体および関連するソフトマターについて概説して
いる。近年、外場によって物性が変化するイオン液体が注目を集めている。なかでも光刺
激は時空間的に物性を制御できるため、有用である。光応答性基を導入したイオン液体は、
光照射によって色調やイオン伝導度、融点などが変化する。さらに、固体電解質や分離膜
への応用の観点から、高分子イオン液体およびイオン液体ゲルが注目されている。これら
の研究例および研究の動向について解説した。
第2章では、サンドイッチ型ルテニウム錯体をカチオンとする光反応性イオン液体の可逆
なイオン伝導度および粘弾性制御について述べている。第一に、置換基としてシアノアル
コキシ基を 1
本または3本有するイオン液体を合成した。これらは、紫外光照射と加熱によ
ってカチオンに配位構造転換が生じ、それぞれ可逆的にオリゴマー液体およびアモルファ
ス固体に転換した。特に、前者は低粘度であるため、より迅速に光反応が進行した。さら
に、この光熱反応を利用して、イオン伝導度および粘弾性を可逆制御できることを見出し
た。第二に、融点と構造の相関を明らかにするために、短いシアノアルコキシ基を 3本有す
るイオン液体およびチオプチル基を 1
本導入したイオン液体を合成し、構造的特徴および光
反応性を検討した。これらの塩は上述の系と比べて高融点だったが、後者の塩では、非対
称アニオンを用いた場合は、室温で液体となった。このイオン液体は紫外光照射によって、
アニオン配位錯体に構造転換し、より高粘度の液体に変化した。この塩の光反応速度およ
び転換率は、シアノアルコキシ基を有するイオン液体よりも低かった。このように、光反
応性はドナー原子に強く依存することを見出した。
第3章では、サンドイッチ型ルテニウム錯体を含有するイオン液体と架橋配位子からなる
混合液体の光反応性および物性制御について述べている。ここでは、第2章で用いたシアノ
アルコキシ基を 1
本有するルテニウム含有イオン液体に対して、シアノ基を有する三座配位
子または二座配位子を混合した液体を調製した。これらの液体は、紫外光照射によって、
それぞれ三次元アモルファス配位高分子および一次元オリゴマーに転換し、前者はエラス
トマー、後者は高粘度液体だった。光生成物は、加熱するといずれも元の液体に戻った。
このように、異なる架橋配位子を用いることで、光生成物のトポロジーとレオロジーが変
化することを見出した。
•-
角 谷 凌 : No.2
第4章では、サンドイッチ型ルテニウム錯体をカチオンとする高分子イオン液体の光反応
性について述べている。ここでは、第2章で用いたシアノアルコキシ基を 3
本有するカチオ
ンに対して、高分子アニオンを組み合わせた高分子イオン液体を合成した。得られた高粘
度液体に紫外光を照射すると、カチオンが配位高分子に転換し、ゴム状のエラストマーに
変化した。このエラストマーは、カチオン性配位ネットワークとアニオン性共有結合鎖か
らなるユニークなハイプリッド型配位高分子である。光反応生成物は、加熱すると元の液
体に戻った。高分子イオン液体前駆体の重合性イオン液体も同様に、紫外光照射によって
配位ネットワークからなる粘性エラストマーに転換した。この光反応生成物を加熱すると、
カチオンが触媒となって重合反応が進行し、高分子イオン液体が生成した。
第5章では、サンドイッチ型ルテニウム錯体を含有するイオン液体からなる光反応性ゲル
について述べている。ここでは、第2章で用いたイオン液体に低分子ゲル化剤を添加し、ゲ
ルを調製した。これらに紫外光を照射すると、イオン伝導度は低下したが、粘弾性率は増
加した。これは、ゲル中におけるカチオンのオリゴマーまたは配位高分子の形成に起因し
ている。置換基が 1
本の場合、光照射後もゲル状態を保ったが、 3本の場合はゴム状固体に
変化した。これらはいずれも加熱すると元のゲルに戻った。このように、ゲル化した後も
光反応性を保つことを見出した。
第6章では、サンドイッチ型ルテニウム錯体を含む光応答性ゲル化剤について述べている。
ここでは、低分子ゲル化剤が配位したルテニウム錯体を合成した。これらをオニウムカチ
オンからなるイオン液体に少量添加すると、光照射によって低分子ゲル化剤が放出される
ため、全体がゲル化した。また、ルテニウム錯体の対アニオンの種類に応じて、反応性と
ゲル化可能な溶媒を変化させることができた。これらのゲルは加熱すると逆反応が進行し、
元の液体に戻った。イオン液体だけでなく、いくつかの有機溶媒も光でゲル化した。この
ように、光と熱によって可逆にイオン液体ゲルを生成する新しい方法を開発した。
第7章では、環状配位子を有するカチオン性ロジウム cod
錯体からなるイオン結晶の熱物性、
構造、および反応性について述べている。 1
,
5
-シクロオクタジェン (
c
o
d
)を配位子とするカ
チオン性ロジウム錯体は、触媒前駆体として有用な有機金属化合物だが、その熱物性の検
討例はほとんどない。ここでは、カチオン性ロジウム錯体の塩を多数合成し、その相挙動
と結晶構造について検討した。合成した塩の多くは、秩序—無秩序相転移を示し、室温でロ
ーテーター相を発現する塩も見出された。配位性アニオンを有するアレーン配位錯体は、
融解後に配位子交換を起こし、アニオン配位錯体を生成した。さらに、アレーン配位錯体
の固相(エーテル中)での配位子交換反応を検討し、生成物の構造および熱物性を評価した。
以上のように本論文では、有機金属錯体からなる機能性イオン液体、ソフトマター、お
よびイオン結晶の開発について述べている。有機金属錯体はこれまで、固体や溶液状態で
の電子物性、反応性が広く研究されてきた物質群だが、本研究ではそれらをイオン液体化
することにより、物性制御を実現し、さらにポリマーおよびゲルなどのソフトマターに展
開した。さらに、ロジウム cod
錯体の結晶中における動的挙動および反応性を明らかにした。
この結果は、有機金属における結晶相反応の開拓に有用な知見をもたらすものである。
(別紙 1)
氏名
論文審査の結果の要旨
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角谷凌
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員
副査
准教授
高橋一志
副査
准教授
松原亮介
副査
印
要
旨
本論文は、有機金属錯体からなる機能性イオン液体、ソフトマター、およびイオン結晶に
関する研究成果をまとめたものであり、 7章から構成されている。第2
-6章では、ルテニウム
錯体をカチオンとするイオン液体の物質開発および物性制御について検討を行っている。第 7
章では、ロジウム錯体をカチオンとする動的イオン結 晶の熱物性および反応性について検討
を行っている。
第1
章は、本研究の背景であるイオン液体および関連するソフトマターについて概説してい
る。特に、本研究と関連の深い、光応答性イオン液体の性質と応用について詳しく述べてい
る。本論文著者の所属する研究室で開発されてきたサンドイッチ型錯体をカチオンとするイ
オン液体についても概説している。なかでも、ルテニウムを中心金属とするイオン液体の光
と熱による可逆な配位構造転換について、詳細に解説している。さらに、固体電解質や分離
膜への応用が注目されている高分子イオン液体および イオン液体ゲルの性質とその光機能化
の例についても概説している。
第2章では、サンドイッチ型ルテニウム錯体をカチオンとする光反応性イオン液体の可逆な
イオン伝導度および粘弾性制御について述べている。第一に、置換基としてシアノアルコキ
シ基を 1
本または 3本有するイオン液体を合成し、光反応性を比較している。これらは、紫外
光照射と加熱によってカチオンに配位構造転換が生じ 、それぞれ可逆的にオリゴマー液体お
よびアモルファス固体に転換することを見出している。また、置換基の数に応じて異なる光
反応生成物を与えることを明らかにしている。特に、 前者は低粘度であるため、より迅速に
光反応が進行することが示されている。さらに、この光・熱反応を利用して、イオン伝導度お
よび粘弾性を可逆制御できることを見出している。第二に、融点と構造の相関を明らかにす
るために、短いシアノアルコキシ基を 3本有するイオン液体およびチオブチル基を 1
本導入し
たイオン液体を合成し、構造的特徴および光反応性に ついて検討を行っている。高融点の塩
について、単結晶 X線構造解析を行い、パッキング係数と融点の相関について議論している。
さらに、後者の塩では、非対称アニオンを用いた場合は、室温で液体となり、紫外光照射に
よって、アニオン配位錯体に構造転換し、より高粘度の液体に変化することを明らかにして
いる。これらの塩の光反応速度および転換率について検討し、光反応性はドナー原子に強く
依存すると結論している。
第3章では、サンドイッチ型ルテニウム錯体を含有するイオン液体と架橋配位子からなる混
合液体の光反応性および物性制御について述べている。ここでは、第2章で用いたシアノアル
コキシ基を 1
本有するルテニウム含有イオン液体に対して、シアノ基を有する三座配位子また
は二座配位子を混合した液体を調製している。これ らの液体は、紫外光照射によって、
角谷凌
それぞれ三次元アモルファス配位高分子および一次元オリゴマーに転換し、前者はエラスト
マー、後者は高粘度液体に変化することを見出している。また、光生成物は、加熱するとい
氏名
1
ずれも元の液体に戻ることを確認している。このように、光生成物のトポロジーとレオロジ
ーの変化に対する架橋配位子の影響について詳細に検討を行っている。
第4章では、サンドイッチ型ルテニウム錯体をカチオンとする高分子イオン液体の光反応
性について述べている。ここでは、第2章で用いたシアノアルコキシ基を 3本有するカチオン
に対して、高分子アニオンを組み合わせた高分子イオン液体を合成し、光•熱反応性を検討
している。その結果、紫外光照射と加熱によって、高粘度液体からカチオン性配位ネットワ
ークとアニオン性共有結合鎖からなるハイプリッド型配位高分子のエラストマーに可逆転
換することを見出している。さらに、高分子イオン液体前駆体の重合性イオン液体も同様に、
紫外光照射によって配位ネットワークからなる粘性エラストマーに転換し、これを加熱する
と、カチオンが触媒となって重合反応が進行し、高分子イオン液体が生成することを明らか
にしている。
第5章では、サンドイッチ型ルテニウム錯体を含有するイオン液体からなる光反応性ゲル
について述べている。ここでは、第2章で用いたイオン液体に低分子ゲル化剤を添加し、ゲ
ルを調製し、これらに紫外光照射と加熱によるイオン伝導度および粘弾性率の可逆制御につ
いて検討を行っている。これらの物性変化は、ゲル中におけるカチオンの構造変化に起因し、
置換基が 1
本の場合、光照射後もゲル状態を保つが、 3本の場合はゴム状固体に変化すること
が示されている。このように、ゲル化後も光反応性を保つことを見出している。
第6章では、サンドイッチ型ルテニウム錯体を含む光応答性ゲル化剤について述べている。
ここでは、低分子ゲル化剤が配位したルテニウム錯体を合成している。これらをオニウムカ
チオンからなるイオン液体に少量添加すると、光照射によって低分子ゲル化剤が放出される
ため、全体がゲル化することを見出している。また、ルテニウム錯体の対アニオンの種類に
依存した反応性とゲル化可能な溶媒の変化について詳細に検討を行っている。これらのゲル
は加熱すると逆反応が進行し、元の液体に戻る。イオン液体だけでなく、いくつかの有機溶
媒も光でゲル化することも見出している。以上の結果は、光と熱によって可逆にイオン液体
ゲルを生成する新しい方法を示したものである。
第7章では、環状配位子を有するカチオン性ロジウム cod錯体からなるイオン結晶の熱物
性、構造、および反応性について述べている。ここでは、カチオン性ロジウム錯体の塩を多
数合成し、その相挙動と結晶構造について検討を行っている。合成した塩の多くは、秩序—
無秩序相転移を示し、室温でローテーター相を発現する塩も見出している。配位性アニオン
を有するアレーン配位錯体は、融解後に配位子交換を起こし、アニオン配位錯体を生成する
ことを単結晶 X線構造解析によって明らかにしている。さらに、アレーン配位錯体の固相(エ
ーテル中)での配位子交換反応を検討し、生成物の構造および熱物性を評価している。
以上のように本論文では、有機金属錯体からなる機能性イオン液体、ソフトマター、およ
びイオン結晶の開発について述べている。本研究では有機金属錯体をイオン液体化すること
により、物性制御を実現し、さらにポリマーおよびゲルなどのソフトマターに展開している。
さらに、ロジウム cod錯体の結晶中における動的挙動および反応性を明らかにしている。こ
れらの結果は、機能性ソフトマターの開発について重要な知見を得たものとして価値ある集
積であると認める。よって、学位申請者の角谷凌は、博士(理学)の学位を得る資格があ
ると認める。