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大学・研究所にある論文を検索できる 「マルファン症候群の大動脈におけるマクロファージの関与、および遺伝子型と臨床像の解析」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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マルファン症候群の大動脈におけるマクロファージの関与、および遺伝子型と臨床像の解析

前村, 園子 東京大学 DOI:10.15083/0002002416

2021.10.13

概要

マルファン症候群は発症者の 90%以上で FBN1 (フィブリリン 1)遺伝子に病的変異が検出される常染色体優性遺伝の症候群であり、大動脈、眼、骨格、肺などに様々な障害を引き起こす。若年期から大動脈瘤をきたしやすく、急性大動脈解離の発症が生命予後を規定する大きな因子となる。薬物療法として β 遮断薬やアンジオテンシン受容体拮抗薬が用いられるが、大動脈瘤の拡大や解離の発症を確実に抑制できる治療方法は確立されていない。患者の管理において定期的に検査を行い手術介入の必要性を判断することが重要であることはさることながら、病態に即した治療薬の開発や幅広いデータに基づいた遺伝カウンセリングの充実が重要な課題である。本研究ではマルファン症候群の疾患モデルマウスを用いた基礎的な検討および FBN1 遺伝子変異を持つ当院患者を対象とした後方視的検討を行った。

1. マルファン症候群の疾患モデルマウスを用いた実験
 フィブリリン 1 タンパクは細胞外基質の弾性線維を構成する microfibrils の主要な構成因子であり、マルファン症候群ではフィブリリン 1 の異常により microfibrils の機能または構造が破綻し、組織脆弱性が惹起されるが、その一方でフィブリリン 1 はトランスフォーミング増殖因子β (TGF-β)の活性度の調整も担っているとされる。通常、TGF-β は不活化型(潜在型)として細胞外基質中に蓄えられているが、マルファン症候群では潜在型タンパク複合体の形成が障害され、TGF-β が恒常的に遊離し活性化状態にあるとされる。既報によると、マルファン症候群の疾患モデルマウスの大動脈瘤や肺気腫の病変ではTGF-β シグナルやそのシグナル伝達経路の下流にある SMAD および ERK のリン酸化が亢進しており、抗TGF-β抗体の投与により病態が軽快することから、これらのシグナルの亢進が病態に関与していると考えられている。
 他に、マルファン症候群の病態を修飾する要素に関しても報告がある。マルファン症候群の患者の大動脈ではマクロファージなどの炎症細胞の浸潤が多く見られ、特に若年の患者で浸潤が強い傾向があるとされている。マウスの大動脈平滑筋細胞とマクロファージの共培養実験では、マルファン症候群の疾患モデルマウス由来の大動脈平滑筋細胞を用いるとマクロファージの遊走能が亢進することが知られている。また、ラットの大動脈平滑筋細胞にTGF-β を負荷するとMCP-1 (単球走化性因子)の発現が増加して単球やマクロファージの遊走能が促進されることや、マルファン症候群の疾患モデルマウスにおいて IL-6 を欠損させると上行大動脈瘤の形成が抑制されることが知られている。以上より、マルファン症候群の大動脈瘤形成に炎症シグナルが関与している可能性が示唆される。
 本研究では「マルファン症候群では、活性化したTGF-β が大動脈に浸潤したマクロファージに作用して病態を増悪させる」という仮説を検証するため、マクロファージ特異的に 2 型 TGF-β 受容体を欠損した Fbn1 C1039G/+ノックインマウス(Fbn1 C1039G/+;LysM-Cre/+;Tgfbr2 flox/flox)の表現型を解析した。マルファンマウス(Fbn1 C1039G/+)はコントロールのマウスと比較して大動脈基部径が大きく、大動脈基部の壁厚が厚く、弾性線維の断裂数が多く、マクロファージの浸潤が多かった。一方、マクロファージ特異的に 2 型TGF-β受容体を欠損した Fbn1 C1039G/+ノックインマウスの大動脈基部径はマルファンマウスより小さく、大動脈基部の壁厚は薄く、弾性線維の断裂数は少なく、マクロファージの浸潤は少なかった。マルファンマウスの大動脈では phospho-Smad2/3 陽性細胞が見られ、抗 phospho-ERK1/2 抗体で染色された。一方、マクロファージ特異的に 2 型TGF-β 受容体を欠損したFbn1 C1039G/+ノックインマウスの大動脈ではphospho-Smad2/3 陽性細胞は検出されず、抗 phospho-ERK1/2 抗体で染色されなかったことから、TGF-β シグナル伝達経路の下流の SMAD 依存性・非依存性シグナルが抑制されていることがわかった。
 以上の結果より、マクロファージでの TGF-β シグナルを治療標的とする戦略が大動脈瘤の進展抑制に有効である可能性が示唆された。既報では MMP9 をノックアウトしたマウスで腹部大動脈瘤の形成が抑制されることや、ヒトの血管平滑筋細胞とマクロファージの共培養実験で MMP9 の発現が増加することがわかっている。これらを踏まえると、大動脈にマクロファージが浸潤すると炎症性サイトカインやMMP9 の発現が増加し、その結果として SMAD や ERK のリン酸化が亢進する可能性が考えられ、更なる検討が必要である。

2. FBN1 遺伝子変異を持つ当院患者の後方視的検討
 近年の遺伝子解析技術の発展とシークエンシングのコスト低下に伴い、FBN1 遺伝子型と表現型の関係に関する報告は増加してきている。患者の遺伝子型は、FBN1 遺伝子変異の種類によりドミナントネガディブ型(DN:機能低下型)とハプロ不全型(HI:発現低下型)に分類されることが多い。DN にはミスセンス変異、インフレーム変異、スプライシング変異、HI にはナンセンス変異とアウト・オブ・フレーム変異が該当する。既報では、DN 群の方が水晶体偏位の有病率が高く、HI 群の方が整形外科的所見の陽性率が高かった。大動脈解離や大動脈手術、死亡のリスクはHI 群の方が高いとされる。変異の位置による表現型の違いも知られており、エクソン 24-32(neonatal region)の変異を持つ患者の一部は 1 歳までに肺気腫や重症房室弁逆流を発症し、若年で心不全に至りやすく、新生児マルファン症候群と呼ばれる。エクソン 1-21 の変異を持つ患者では水晶体偏位の有病率が高いとの報告もある。
 本研究では当院マルファン外来を受診した患者のうち FBN1 遺伝子変異を持つ 248症例(男性 53.3%、DN 群 60.0%)を後方視的に解析し、FBN1 遺伝子型と表現型および大動脈障害のリスクとの関連性について検討した。
 医療機関初回受診時の理由が水晶体偏位や整形外科学的所見である症例は未成年が多く、大動脈病変である症例は成人以降が多かった。既報と同様、水晶体偏位の有病率は DN 群、エクソン 1-21 の変異、システイン残基に関連したミスセンス変異を持つ患者で統計学的に有意に高く、一方で整形外科的所見の陽性率は HI 群で高かった。変異の位置や種類によって表現型が異なるのは、臓器によってフィブリリン 1 タンパクの構造上の重要性やTGF-β シグナル活性化の程度が異なることが一因だと議論されている。
 主要な大動脈イベントをStanford A 型大動脈解離の発症、予防的大動脈基部置換術の施行および大動脈疾患関連死で定義し、イベント回避生存期間をイベント発症時もしくは最終受診時(経過観察群)の年齢で定義した。遺伝子型別の検討ではイベント回避生存期間の中央値は DN 群で 49.0 年、HI 群で 33.0 年であり、DN 群に対するHI 群のハザード比は2.07 (P=0.001, 95%信頼区間 1.36-3.13)であった。男女別の検討ではイベント回避生存期間の中央値は男性で 34.0 年、女性で 49.0 年であり、女性に対する男性のハザード比は 2.32 (P<0.001, 95%信頼区間 1.53-3.52)であった。
 エクソン 24-32 の変異を持つ患者は全年齢層で大動脈イベントのリスクが高いが、その多くは DN 群に該当するとされている。そのため、DN 群とHI 群という 2 群に分類すると軽症群(DN 群)に含まれる症例が多くなってしまう。そこで、DN 群(n=155)の中のハイリスクな集団を抽出する目的で、20 歳以下で主要な大動脈イベントを発症した 7 症例に着目した。そのうち 6 症例の変異はフィブリリン 1 の中央部分に連続して存在する calcium binding epidermal growth factor-like (cb-EGF) domain #11-22, #25-32 にあり、Cysteine 残基に関連する変異もしくは in-frame Deletion (3 の倍数の塩基が欠失する変異、ただし本研究のコホートでは 5 症例全てがエクソンの欠失)であった。フィブリリン 1 の中央部分に連続して存在する EGF ドメインは、細胞外基質である microfibrils の安定性を保つのに重要とされている。DN 群のうち上記 6 症例と同じ特徴を持つ集団を DN-CD 群(n=28)と定義し、それ以外 を DN-nonCD 群(n=127)と定義した。イベント回避生存期間の中央値は DN-CD 群で 30.0 年、 DN-nonCD 群で52.0 年であり、ハザード比は5.50 (P<0.001, 95%信頼区間2.90-10.4)であった。また、DN-CD 群はHI 群と比較してハザード比 1.78 (P=0.080, 95%信頼区間 0.96-3.28)とイベント回避生存期間が短い傾向にあった。DN 群の中から、HI 群と同等以上にハイリスクな DN-CD 群を抽出しえた。エクソン 24-32 はフィブリリン 1 タンパクの中央部分のTGF-β1-binding protein-like domain #3 とそれに連続するcb-EGF domain #11-18 で構成される。本研究でハイリスク群として抽出した DN-CD の変異はエクソン 24-32 よりも広い範囲の変異を含んでいた。また、スプライシング変異やシステイン残基に関連するミスセンス変異は大動脈イベントの発症リスクが高いという報告もあり、本研究の結果と一致していた。マルファン症候群の診断に遺伝子解析は必須ではないが、遺伝子型と表現型に関する情報を活用するために遺伝子解析を推奨してよいと考える。
 最後に、下行大動脈イベント(Stanford B 型大動脈解離の発症もしくは予防的下行大動脈置換術の施行)後の経過について解析した。主要な大動脈イベントに至る前に下行大動脈イベントを発症したのは 30 症例であった。下行大動脈イベント後に予防的大動脈基部置換術を施行したのが 23 症例、Stanford A 型大動脈解離を発症したのが 1 症例、いずれもなかったのは 6 症例であり、下行大動脈イベントから主要な大動脈イベントまでの期間は中央値で 0.5 年(四分位範囲: 0-1.75 年)であった。大動脈基部径の拡大なしに下行大動脈イベントを発症した症例は稀であった。下行大動脈の病変の管理が重要であることは当然だが、上行大動脈の定期的な検査において拡大が見られなければ、上行大動脈と同じ間隔で下行大動脈の検査をする必要性は高くないと結論づけられる。心臓超音波検査で大動脈基部径をフォローすることで、CT や MRI による下行大動脈瘤の検索を省略できる可能性が示唆された。

本研究により、マルファン症候群の疾患モデルマウスにおいて、活性化した TGF-βがマクロファージに作用して病態を増悪させている可能性が示唆された。また、臨床情報および遺伝子変異の解析により、主要な大動脈イベントの発症リスクが比較的低い DN 群の中から、HI 群と同等以上にハイリスクな DN-CD 群を抽出しえた。これらの情報はマルファン症候群の病態解明および日常臨床の双方に対して重要な示唆を与えるものと考える。

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